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2- 手
次の車両には誰もいないようだった。
照明がチカチカ、と不規則に点滅していて、全体的に少し薄暗い。
(やっぱり何か変)
少年はそう思いながら、更に前の車両へと向かう。心なしか少しばかり足早になっている。
―――ふと、冷たい風が車内に流れ込んできた。少年は思わずくしゅっ、とくしゃみをする。
風の吹いてくる場所を探せば、車両の端の方の窓が小さく開いていた。小さな隙間だからか、風の吹く音が人の唸り声のように聞こえてくる。
「……気味が悪い」
開いた窓を眺めながら、少年はぽつりと呟いた。強風の日によく建物の中で聞くこの音が、少年はとても嫌いだった。
得体のしれない何かが、自分の大事な物を奪いに来たような、そんな予感がしてしまうから。
そう、今目の前から自分に向かって伸びてきているこの黒い手とか、まさにその予感を視覚化したような……
「え……」
少年は咄嗟に一歩後ろに下がる。今まさに少年に触れようとしていたその手はブンッと大きく空を切った。
そのまま何かを探すかのように蠢くソレは窓の外から伸びてきているようだった。
―――走行中の電車の外から。
少年は猛烈に胸騒ぎを感じた。
(―――触られたらダメな奴だ)
その思考の間にドッと窓枠から溢れんばかりに増えた黒い手の数を見て顔を引き攣らせる。
開きかけだった窓は一気に押し開けられ、何かの金具がバキンッと弾け飛んだ。その周りの窓にもダンッと音を立てて手形がみるみる張りついていき、その手の圧力によるものか窓に無数の罅が走る。
少年はそのまま後ずさるが、ここは狭い電車の中。すぐに反対側の座席にぶつかる。
―――そして後ろからも同じ、強くガラスを叩く音が響いた。
「……あ」
反射的に後ろを振り向いてしまった少年の目には、窓に張り付く無数の赤い手形が写った。
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