2- 手

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「……え」 少年は茫然と、目の前のそれを見ていた。 窓にさっきまであった手形が消えている。跡形もなく。 横から伸びてきた白い拳の、軽いノック一つ。 それだけで、目の前の手形の集合体は霧散するように消えていた。 「窓には近寄らない方が良い。―――無人の車両は特に」 声が聞こえる。誰も居なかった筈のすぐ隣から。 その方へと顔を向けると、そこには黒いコートを着た人影が一つ。 少年と同じくらいの背丈で、左手には黒く細長い棒を持っている。杖……というよりは、棍という方が近いだろうか。 かぶっているフードの隙間から銀糸のような髪が胸元近くまで垂れていた。 フードを深くかぶっているせいか顔には暗い影が落ちており人相はよく見えない。聞こえてきた声は男性のものの様だった。 顔が見えない、というのはそれだけで不安を覚えるものだったが、少年はその男に対してはどうしてかそれが無かった。 どこか、初めて会ったような気がしない、不思議な安心感があった。 その男性は窓に添えていた右手を離す。そしてもう片側の窓際、―――黒い手がひしめくその方を見る。 少年もつられてそれを見る。それらはさっきまでのように少年の方へと伸びてくる様子はなくなっていた。動きも大人しいものになっている。 ……それはまるで何かに怯えているかのように見えた。 「……これは何?」 少年は男に問いかける。 それに対し男は無言で、コートの内ポケットから何かを取り出す。 くるりと回して掴み直したそれは、金属製のボールペンのように見えた。 そしてそれをポイッと軽く、黒い手がひしめく窓の方へ放り投げた。 小さな放物線を描き落ちていくボールペンを、その近くにいた一本の黒い手が掴んだ。そして、 バキンッ、と 音を立ててボールペンは文字通り木っ端みじんになった。 パラパラと落ちてくる破片はそのまま更に細かい粒子になって、仕舞には砂のようになったソレもきれいさっぱりと消えていく。 「……こういうモノだ」 唖然としてそれを見ている少年に対して、男は一言そう答えた。 ―――そしてそのまま、左手に持っていた棒を一閃する。 その軌跡に触れた傍から、霞のように消えた黒い手の群れ。そしてその周辺の手形も同時に消えていく。 少年がその様子に目を取られていると、すぐ傍で男が囁いた。 「思い出せ。彼等のことを」 少年が振り向いた時には、その男の姿は何処にもなかった。
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