カクテルとチーク

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
カクテルとチーク ヨシ(ママ)32歳。バーのママ。ヤスのことを密かに好いている。 ヤス    31歳。化粧品会社の凄腕営業マン。       普段はオネエであることを周囲に隠しているが…  小さなバーにて。 ヨシ いらっしゃ~い。…あらぁ、ヤスじゃないのぉ! ヤス こんばんはぁ、ママぁ。 ヨシ 仕事帰り? ヤス そうなの~。あれ、ママ、今日もなんだかきれいじゃなぁい? ヨシ またぁ、そうやって人をおだてて~。何も出ないわよ! ヤス いやいや、癒しオーラ、ムンムンよ。 ヨシ やだぁ、この子ったらぁ。一杯目サービスしてあげる!いつものよね? ヤス うん。 ヨシ ……はぁい!ママ特性ジンライムよ。 ヤス ありがとう。 ヨシ じっくり味わいなさい。 ヤス ……ぷはぁ。うまいわぁ~。 ヨシ 今日はどうしたのよ。平日のこんな遅い時間に飲みに来るなんて。 ヤス ん? ヨシ 何か引っかかることでもあったのかしら? ヤス ん~、どうかしら。 ヨシ ……はい、つまみ。あまりハイペースで飲むものじゃないわよ。 ヤス そういえばママ、そろそろファンデなくなるところでしょ? ヨシ あら、わかる?そうなのよ。    あと3、4回でなくなるかなって思ってたところなのよ。 ヤス やっぱり?また明日新しいの持ってきてあげるから。色は……。 ヨシ ナチュラルだけど……。    今度はちゃんと自分で買うわよ?毎回悪いじゃない。 ヤス いいのよ。今日の一杯目のお返しだと思って。 ヨシ そう?じゃあ甘えちゃおうかしら。 ヤス ついでに秋のチークの新色も出たから、それも持ってくるわ。 ヨシ あらいいの?秋っていったらオレンジ系かしら? ヤス そうそう。オレンジだけど、頬の印象を落ち着かせてくれるのよ。 男性にも使ってもらえるようなお色だから。 ヨシ 本当?なんだかうれしいわ。お金も後で渡すわね。 ヤス いらないよ。私がママに使ってほしいんだから。 ヨシ ……どうしたの、ヤス。恋人にでも振られたの? ヤス そんなんじゃないよ。 ヨシ ……。 ヤス ママ、2杯目もらえる?何でもいいから。 ヨシ わかったわ。 ヤス ありがとう。 ヨシ それで、何かあったの? ヤス ……ママ、私、会社でオネエなのばれたかもしれない! ヨシ え。 ヤス しかも!一人や二人じゃないの! ヨシ ……。 ヤス 一昨日、会社のトイレで白髪の眉毛を見つけちゃって、    持ち歩いていた毛抜きで抜いたの。    そしたら、自分がとってもきれいに見えたから、    「うーん、今日も私、かっこいいわ。」って鏡に向かって    呟いちゃったの。そしたら、後ろから「えっ。」って    聞こえてきたから振り向いたら歩君がいたのぉ! ヨシ よ、よりにもよって歩君に聞かれたのね。 ヤス そうなのよぉ。    あの子に聞かれたからきっと社内のおしゃべりのネタにされるわぁ! ヨシ ……それはまぁ。 ヤス それだけじゃないの!    今日お客さんの対応で、リップのお試しをオススメ してたんだけど、お客さんのきれいな唇を見て、 「うるつやリップすてきよ♡」って    オカマ全開で言ってしまって ……。それを女性社員に聞かれたの。 ヨシ あら、まぁ……。 ヤス まだあるの!今日お店から会社に帰ったら、    お偉いさんが来ていたから挨拶するためにお辞儀したら……    ポケットから名刺を落としてしまったの。 ヨシ それくらいならいいんじゃないの? ヤス それが……。 ヨシ それが? ヤス ここのバーの名刺だったの。 ヨシ なんてこったい。 ヤス 優しいお偉いさんが名刺を拾ってくれて、   「今度どんなお店か連れて行ってくれよ。」って言われてしまったの。 ヨシ おしゃべりな同僚と女性社員、まさかお偉いさんにまでオカマ要素を    嗅ぎ付けられるとは……。完全に社内の噂爆弾に火を    つけてしまったのね……。 ヤス そうなのよぉ!明日爆心地に出勤するなんて私嫌よ~!! ヨシ ……まぁ、せっかくだからいい機会じゃない?カミングアウトする。 ヤス そんなぁ。    生まれてこの方隠し続けてきたオカマ心を今さらさらけ出すなんて    できないわよ。 ヨシ そんなこと言ったって、全体にばれるのは時間の問題なんでしょ? ヤス そうだけど……。 ヨシ そもそも、大卒で入社して10年近くバレなかっただけでも    大したもんよ。あたしなんか専門学校出てバーテンダーになるために    上京して銀座のマスターに弟子入りした当日にバレたわよ。 ヤス ママはいいわよねぇ。そうやってオープンにできるんだから。 ヨシ ……。 ヤス 明日からどうすればいいのよぉ……。 ヨシ ……つまらないことで悩むんじゃないわよ。 ヤス え。 ヨシ 自分がオカマであることに誇りをもてないんだったらオカマなんて    やめてしまいなさい。 そもそも、あんたはなんでオカマになりたいと思ったのよ。 ヤス それは……。 ヨシ 爆心地に行くのが怖い?オカマだってだけで降格したり    左遷するような会社、こっちからお断りだって言ってやりな! ヤス え、それじゃあ収入が……。 ヨシ そんときゃ、あたしの店で働きな! ヤス ……。 ヨシ ……。 ヤス ……思い出した。私、なんでオカマになろうと思ったのか。 ヨシ ……。 ヤス かっこよかったんだ。    男なのにメイクや女装を誇らしげにする人々を見て、    自分もなりたいって思った。 ヨシ ヤス、あんたは、今の自分がかっこいいって思う? ヤス ……思わない。 ヨシ そうね。    あたしも今のあんたは、ちょっとストライクゾーンから    外れているわね。 ヤス えっ。 ヨシ ……ちょっと待ってて。いいカクテルがあるから。 ヤス ……? ヨシ はい、お待たせ。 ヤス これは、なんていうカクテルなの? ヨシ これはね、ニコラシカっていっていう、グラスの上にレモンと    砂糖を乗せた、ユニークなカクテルで、レモンと砂糖を先に口に    入れてから、グラスのブランデーを一気に流し込む のよ。 ヤス ニコラシカ……。 ヨシ 「決心、覚悟を決めて」っていうカクテル言葉のお酒よ。 ヤス ……覚悟。 ヨシ 大丈夫よ、あんたはかっこいい男よ。あたしが証明するわ。 ヤス ヨシさん……。 ヨシ 気合い入れて明日は行ってきな。 ヤス はい。  間 ヤス ママ?いる? ヨシ あぁ、いらっしゃ~い、ヤス。 ヤス いつものもらっていい? ヨシ いいわよ。 ヤス ……はぁ。 ヨシ なんだか浮かない顔ね。 ヤス ……ちょっと疲れちゃって。 ヨシ そう。はい、ジンライム。 ヤス ありがとう。 ヨシ それで、今日はどうだったのよ。 ヤス ……はぁ。それが……いろいろあって。 ヨシ いろいろ? ヤス うん。 ヨシ とりあえず聞かせて。 ヤス ……お偉いさん、ここの常連だった! ヨシ え。 ヤス 毎週木曜日にそこの隅の席で飲んでるって言ってたのよ。    前田さんって人なんだけど。 ママわかるわよね? ヨシ あぁ、わかるわぁ!結構背が高くて、強面な方よね? ヤス そう。今度一緒に飲みに行こうって言われたわぁ。 ヨシ こっちとしてはうれしいわ。 ヤス 私も。前田さんからも声をかけてもらえてラッキーだったわ。 ヨシ 3人で飲める日も楽しみにしているわね。 ヤス あ、ママ、次お酒もらっていいかしら。 ヨシ いいわよ。同じものでいい? ヤス うん。 ヨシ ……それで? ヤス えっと、昨日オカマ口調を聞いた女性社員なんだけど……。 ヨシ あぁ、ヤスとお客さんとのやり取りを聞いた女性社員ね。 ヤス そう。その女性社員が……。   「ヤスさん、オネエだったんですね!素敵!私のメイク見てください!」    って大興奮で私に言ってきたのぉ。 ヨシ それってどういうこと? ヤス 彼女の話によれば、「男性目線でメイクを見てくれる上に、    女心もわかってくれる人だと思うから」だそうよ。 ヨシ へえ~、そんなこともあるのねぇ。 ヤス オカマってこんなに女性ウケがいいなんて知らなかったわぁ。 ヨシ そうねぇ。 ヤス それと……、ママ。 ヨシ ん?なに? ヤス 歩君のことだけど……。 ヨシ 歩君が、どうしたの? ヤス ……歩君から告白された。 ヨシ ええええええええ!? ヤス ……。 ヨシ え、そ、それで、あんたは何て答えたのよ!? ヤス ……す、好きな人がいるからって、こ、断りました……。 ヨシ あ、そうなの……。 ヤス もう、いろんなことが一気に起きて、ちょっと混乱して、    ママに会いたくなったから……。 ヨシ そうなのね。 ヤス ……。 ヨシ ヤス、聞いてもいいかしら? ヤス ん? ヨシ あんたの好きな人って、誰なの? ヤス え……、えっと……。 ヨシ あ、言いずらいならいいわよ。 ヤス いや、そんなことないわ。……その人は、いつも優しくて、    時には叱ってくれて、私の背中を押してくれてノリもよくて、    一緒にいると安心するの。 ヨシ ……それはいい人ね。歳は近いの? ヤス うん。私の一つ年上で、お店を経営しているのよ。 ヨシ ……ん? ヤス そしてその人は、昨日、特別な魔法のカクテルで、    私の背中を押してくれたのよ。 ヨシ ヤス、それって……。 ヤス ヨシさん、これ、昨日言ってたファンデーションとチーク。    私の好きな色。 ヨシ ……。 ヤス これから、ずっと一緒に出掛ける時は、    私にメイクをさせてくれるかしら? ヨシ ……参ったわ。せっかく養ってあげようと思ったのに、    まさかの大逆転よ。 ヤス 私はちゃんと好きな仕事で好きな人を養っていくわよ! ヨシ 私の金銭管理は厳しいからね。 ヤス …ふふっ…ヨシさん、せっかくだし今日は私が奢るから、    一緒に飲みましょ? ヨシ あら、いいの?じゃあ、ヤスの好きなジンライムをいただこうかしら。 ヤス いいわね……じゃあ、これからにかんぱいね。 ヨシ ……乾杯。 END
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!