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「……どこ、ここ?」
大晦日。俺は友達と夕方から酒を飲んで食べてと年の瀬を謳歌しまくって、年越し蕎麦まで食べてから地元で一番大きな神社に初詣にきた。
除夜の鐘が鳴る中で、昔からの友達が俺に「誕生日おめでとう!」とクラッカーを鳴らす。そう、俺の誕生日は1月1日。記念すべく20歳の誕生日だった。
そういうお祝いもあって、俺達は寒い中での初詣。でも俺はなんだか、ここの神社が怖い。何か怖い事があったわけじゃない。でも……俺はここに来ちゃいけない気がしてよりつかなかった。
それでも祝ってくれる友達の気遣いとかに水を差すのは申し訳なく、怖いって言ったって感覚的なものでしかないから説明もできず、結局来る事になった。
人が多くて列を作っている。俺達は大人しく列に並んで石段前の鳥居を潜った…………まではよかったんだ。
気がつくと俺はたった一人で、あれだけいた人は誰もいない。それどころか友達の姿すらない。
「うっ」
突然こみ上げる酷い吐き気に思わず口に手を置く。飲み過ぎたか。人酔いか。分からないけれど、酷い気分に蹲ってしまいそうで、胃の辺りを押さえて少し前屈みになっていた。
「どうした?」
不意にかけられた声に目だけを上げる。するとそこに、息を飲むような男の人が立っていた。
一言で言えば神秘的。腰まであるような銀色の髪が月に照らされて青白くキラキラ光って、金の目が俺を見下ろしていて。目尻に入っている朱色のアイシャドーがまた似合っているというか。
「具合が悪いか?」
「あ……気持ち、悪くて」
「ふむ」
着物を着たその人は俺にそっと近づいて顔色を見て、懐から何かを取り出した。昔、祖父ちゃんが見ていた時代劇にこんなの出てきた。「頭が高い! 控えろ!」というあれだ。
その人はそいつの中から何やら赤い丸い実のようなものを取り出して、俺に渡してくる。疑問符が浮かぶ俺に、とても優しい顔で笑って。
「薬だ、胃痛や吐き気に利く」
「あ、りがとう」
何でもいいから縋りたい。このままだと頭痛もしてきそうだ。
俺は多少疑いながらもそれを飲み込んだ。男は竹筒も差し出してくれて、それも飲み込む。さっぱりと美味しい水に気分も少し良くなってきて、ちょっと息が吐ける。
そうなるとやはり、ここはどこだろうという疑問が湧いてくる。
見た目は俺がいたあの神社で間違いない。石段の前にある鳥居は俺の後ろにある。朱色の灯籠に明かりも灯っているし、登り切った所にも鳥居があった。
「具合は落ち着いたか?」
「あぁ、はい。おかげさまで」
「だが、まだ顔色が良くないな。良ければ休んで行くとよい。我の住まいがこの上にある」
この上? 俺は見上げてみるが、この上は神社しかない。もしかして宮司さんの関係者とか?
この人は見た目にも俺より2~3歳年上にしか見えない。こんな若い宮司さんなんていないだろう。だがこのセリフなんだから、考えられるのは家族くらいなもんだ。
「でも、今お忙しいんじゃ」
「なに、大した事はない。騒がしくなるのはもう少し後のことでな」
「はぁ……」
まぁ、少し落ち着いたとはいえまだ胃の辺りがムカムカするし、頭痛も僅かに残っている。ここはお言葉に甘えてしまおうかと一歩踏み出した俺は回るような目眩に思わず倒れそうになって、支えられた。
「大丈夫か」
「あっ、なんか目眩がして」
「思ったよりも重症だな。だが、この石段は自分で登らねばならない。我も側にいる、上れるか?」
「あっ、はい……」
確かに石段を抱えてとか、危険だよな。神社の石段って、無駄に上りづらいし角度急だし。
「あっ、えっと。俺、榊凉眞といいます」
そういえば名乗っていなかったな。そう思って名乗ったら、その男はふと優しく俺に笑いかけてくる。イケメン……といか、美形の笑顔って男でも女でも破壊力高い気がする。こんなに具合悪いのに動悸まで加わった。
「丁寧にすまない。我は環という」
「環さん。あの、色々面倒をかけてすみません」
そうか、環さんか。何か、中性的だな。
暢気に考えていると、環さんは僅かに目を細めて寂しそうな顔をした。でも俺は、そんな顔をされる覚えがないから首を傾げてしまった。
「では、ゆるりと行こうか」
支えられて立ち上がり、自分の足で一歩ずつ階段を登っていく。手すりにも掴まって。それでもまだ目眩がした。なんだか、登ってはいけないような気がする。帰れなくなりそうな。
「あの、やっぱり俺今日は帰ります」
登るよりも降りる方がまだ早い。蹲って伝えて、俺は鳥居の方を見た。そして、愕然とした。
鳥居の先は何も見えなかった。でも、そんなはずはないんだ。神社の前の通りは仲店もあるし、そこに交わる大きな通りだってある。町の明かりもあるはずなのに。
途端に、ここが現実なのか夢なのか、はたまた何かヤバイ場所なのか分からなくなる。少なくとも俺は今、あの鳥居の先に行きたいとは思わない。震えていると、気遣わしく環さんが頭を撫でた。
「また迷い込んだのだよ、少年」
「え?」
「覚えていないのも仕方がない。だが、今はあの鳥居の先は行けぬ。今宵は新年、神に混じって鬼も通るからな」
「…………あ」
鳥居の先、僅かな闇の切れ間から、何やら足が見えた。草履を履いた白い人の足。そしてその足に纏わり付くように歩く異形だった。
「行くしかない。しばし休めば落ち着くものだ」
「あの……」
「…………大丈夫、取って食ったりはしない。我はそのような存在ではないのでな」
諦めなのか、寂しさなのか分からない表情を浮かべた環さんが俺の手を引く。俺は頷いてゆっくりと、自分の足で石段を登っていった。
そうして辿り着いた神社前は、ふんわりと明るい行灯が灯る露天が並んでいる。中には人の形をした何かがいて、頭に布のようなものをつけて顔が見えないようにしている。とにかくいい匂いもして、俺は誘惑されそうになった。
「いけない、ここのは食すな」
「え?」
「黄泉の物を食らえば現世に帰れない。我の手から与えられる物以外を口にしてはならぬ」
手を引かれ、俺は真っ直ぐに神社へと連れていかれる。俺が通るのを、露天の人達は見送っているが声はかからない。そのまま、俺は神社の鳥居を潜った。
「……あ、あれ?」
神社の直前の鳥居を潜った瞬間、俺の具合の悪さは嘘のように消えた。頭痛も、吐き気もない。目眩もなくなって真っ直ぐに立てた。
「あの、具合良くなりました」
「だろうな。お前は妖気に当てられていただけだ」
「妖気?」
「……守りがまだ効いているか。まぁ、よい。少し休んで行け」
そう言うと環さんがズンズンと奥へと入っていく。誰もいないような、少し寂しい感じのするお社。そのずっと奥にある座敷に、俺は通された。
不思議と、怖いと思わない。部屋から見える冬の庭は凍てついて見える。寒椿が植わるその直ぐ側にある木を見て、俺は何故か懐かしい思いがした。
「桜」
ぽつりと呟く言葉に、環さんはつられるように庭を見た。そして、ふと目を細めた。
「桜が、咲きませんか?」
「咲くな」
「庭に……鯉が?」
「あぁ」
「星屑のような餌を欲しがる」
既視感というのだろうか。俺はここを知っている気がする。何年も暮らしたような感覚があるんだ。
「うっ!」
ズキリと頭が痛んだ。まるで頭に輪っかでも嵌められていて、それがギリギリ締まるような。
「……我の呪いが解けようとしている。お前の本能が、それを拒むのだ」
「環、さんっ」
ふわりと温かな手が俺の頭を撫でた。途端、痛みは引いてそのかわり強い眠気に襲われて、俺はそのまま眠ってしまった。
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