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私は天使。
仕事は死んだ魂をあの世に連れていくことだ。
なぜこの仕事を始めたのかというと、単純にこれしか仕事がないからだ。
ずっと前から仕事内容は変わらない。
だが最近起こりはじめたことがあって、
それは「自殺した人間の体に新たな魂が宿る」
という現象だ。
人はそれを「憑依」と呼ぶ。
最近のフィクションでよく見られる展開らしい。
自殺した人間の魂は、自分の体に新たな魂が憑りついたことを
知ると、その体から離れなくなる。
自分以外の人間が憑りついた体がどんな行動をするのか見たいがためだ。
今日あの世についていく魂は、高校の同級生からのいじめを受け、
自殺した魂である。
その魂はすぐ近くで自分の体を見ている。
その体は学校の教室で、
四人の不良のような男子たちに囲まれている。
「中島~財布出せよ」
「やだね」
中島は不良たちを睨みつけた。
「はあん?今日はずいぶん生意気だなあ」
不良たちは中島の顔を覗き込む
「おめーこそ調子乗ってんじゃねーぞ」
その言葉に額に青筋をたてる不良たち。
「はあ、ぶっころす!」
不良の一人が中島に飛びかかる。
中島はその不良の腕を掴むと、後ろの机に投げ飛ばした。
「が!」
その様子に不良たちと周りの生徒が目をひらく。
中島は机の上で気絶している不良を見ると、ため息をついた。
「弱すぎだろ、ほかの奴らもそうなのか?」
その言葉に呆然としていた不良たちの顔が赤くなる。
「「「うっせえ!!!」」
不良たちが一斉に飛びかかる。
中島はまず一人の不良の腹を蹴り、もう一人の不良の顎を殴り、
そして最後の一人の膝を蹴ると、顔を殴った。
三人は倒れた。
その光景に教室にいた皆が息をのんだ。
誰一人しゃべろうとしない中、中島がポツリとつぶやく。
「せっかくの命をこんな奴らのために捨てるなんて・・・
ほんとうにもったいないことをしたな」
本物の中島の魂は両眉を寄せ目を閉じ、自分の拳を握っていた。
小刻みに震えている。
顔が下に向けられる。
「俺だって苦しかったんだよ・・・あんたみたいに倒せたら
死んでなんかいないよ・・・」
今中島の体に入っているのは自分の魂ではない。
志半ばで事故死したボクサーの魂だ。
神さまの計らいによって中島の体に入ることになった。
しかし自殺した中島は、もう元の体には戻れない。
自分の体に別の魂が入ると知ったときは驚き、
そして自分のいじめを誰かが受けるのかと不憫に思った。
しかしその魂は自分の体のまま、いじめっこたちを簡単に倒してしまった。
その光景はスカッとすると共に、自分では決して成しえなかったことを
した人物への嫉妬、自分でできなかった悔しさを感じさせた。
俯いた中島の肩に私は手を置く。
そして言った。
「これであなたの未練はなくなりましたか?」
中島は言った。
「本当は生きたかった・・・でももうできない。
このままこの体を見ていても自分が惨めになるだけだし、
これからあの世に行きます」
私は頷いた。
そして二人の姿は光につつまれた。
これからあの世に行くのだ。
中島はつぶやいた。
「俺は、この世に生まれてこないほうがよかったのでしょうか?」
私は言った。
「そんな魂はありません。生き方に正解はないのですから。
どう生きてもあなたの自由です」
二人を包んだ光はこの世から消えた。
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