第1小節:はじまりのうた

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夕紀は黙ったまま、涙目で翔を見つめる。 そんな静寂を遮ったのは… ブーーーッ、ブーーーッ。 夕紀の携帯の着信だった。 翔「……お頭?」 夕紀「………うん。」 夕紀は悲しそうな顔をして、電話に出る。 夕紀「はい。 ……はい。………はい。 ……今から向かいます。」 夕紀のその言葉に、イラついているのは 翔は自分の髪を雑にかいた。 翔「呼び出し?」 夕紀「……ごめん。」 翔「気にすんな。 片付けはやるから、早く行け。」 夕紀「……ごめんね。」 夕紀は荷物をまとめる。 翔はお茶を飲もうとしたが 空になっていたため、冷蔵庫からもう1本取り出しに向かう。 夕紀「あっ、翔……これ。」 夕紀は、翔のマンションの鍵を手のひらに乗せ 翔へ渡そうとする。 翔「………」 夕紀「ごめん、こうやって応じちゃう私にはやっぱり……」 翔「………」 翔は夕紀の目の前まで行って、優しい手つきで鍵を受け取った。 翔「………気をつけてな。」 夕紀「……うん、ありがと。 …翔!!」 夕紀はリビングから出そうとしたが 勢いよく振り返って声をかける。 長い髪がなびく程に。 翔「んっ?」 夕紀「私の曲で…翔の2回目…取り戻させるからね。」 夕紀はそう言って家を出ていった。 翔「………そりゃ無理だ。」 翔は自分自身のためでも、楽曲依頼を出しているミュージシャンのためでもない。 ただ、宗介の金儲けのために、作る曲に心底反吐が出る想いをしていた。 そう思いながら、曲を作っていたら いつしか、どんな曲でも二度目を聴くことが泥を飲むような想いをすることと同義になっていた。 それに翔は気付いているからこそ… 夕紀が望むことは無理だと分かっていたのだった。
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