癒しにスパイス

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 コーヒーの香りが好きだ。鼻の奥の方にキュッと張り付くような、それでいてホッとするような心地よい香り。刺激と癒しの融合。 実千果(みちか)は、祖父から受け継いだ喫茶店『珈琲楼(こーひーろう)』を、もっと言えばコーヒー自体をこよなく愛している。  九年前、実千果が大学三年生の時に祖父が亡くなった。素敵な祖父であった。孫の贔屓目にとどまらない、知的で優雅な魅力に溢れた男性であった。 背の高い祖父は、いつも白いパリッとしたシャツに三つボタンのベストを身につけていた。ベストの右ポケットには金の鎖の懐中時計。黒のスラックスに白いサロンを腰に巻いても足の長さが歴然とわかった。 おだやかな執事のような口調の中に時折、『これ飲んであったまっていけ』というぶっきらぼうさも魅力で祖父のファンは多かった。   実千果は、両親と折り合いが悪い時は、この『珈琲楼』と近所の祖父の家に入り浸っていた。
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