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卒業式
風の音も聞こえない、静かな教室。馴染み親しんだ木製の廊下。窓から見える校庭の木々。黒板には、下級生が描いたチョークアートと、クラス全員の名前と、卒業を祝う言葉。
そこに一人、椅子に座り、机に向かっている髪の長い子が居る。
廊下を歩く音が、静まりかえった空間に響きわたる。
足音が近くなり、教卓の前に立つ生徒が目に入り、教室に足を向かわせ、入ってくる。
「まだ残っていたのか?」
「あ、あの………」
先生が来るとは思って居なかっただけに、咄嗟に言葉が出てこない。
二年間、憧れて、大好きな、担任だった先生。明日から、もう、会えなくなる先生。
『好きです。大好きです』私の心の中の声は、そう叫ぶけど、声に出してなんて言えない。
予想外の事に驚いて、心臓がばくばくして、どうしようもない。
先生から見たら私なんて、どうせ子どもでしょ。先生として、仕事をしている人から見たら、女子高生なんて……ね…… 。恋愛の対象になんて、ならないよね。
だって、空大、学校終わったら、先生じゃない顔をして、彼女に会いに行くんでしょ。私の知らない、見た事の無い、顔をして。
桜の花と共に来た、新卒の爽やかイケメン先生は、学校中の女子に、あっと言う間に大人気になって、いっぱいモテているんだもの。本気で告白した生徒が居るって、噂で聞いた事もある人だもの。
まさか、私が、恋愛とか、彼氏がとか、正直興味無かったのに、気がついたら、目で追っていて、空大の視野に入ると、嬉しくて、そんなのが…『好き』なんだって、知って……それで、それで……
今日しか、もう、会えないのに。誰も居ない、二人だけなのに、言葉が出てこない。
今なら、自分の気持ちを言っても、何を言われても、もう、会わないのだから、大丈夫なのに。声に出せない。
心の中の私は、今がチャンスだと、しきりにせかす。けど、声に出せない。そんな勇気、持っていない。
真っ直ぐ向かって来る顔を見るのが、見られるのが、恥ずかしくて、とても、正面を向けなくて、うつむいた。
頭にぽんと、大きくて、優しい手が乗せられた。
乗せられた頭が、じんじんする………
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