海トキドキ、テトラポット

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 街の様子を見るために、大学の敷地の外まで走った。  遠い空めがけて、地上の側から大小様々な宝石のようなものが飛翔し、それがある一定の高さまで到達すると、空に吸い込まれ、水飛沫(みずしぶき)を立てて落ちていく。  雨の正体だ。  それが、街中で際限なく繰り返されていた。  どうやら宝石は、人々の口から出ているらしい。 「ど、どうなってるんだ……!?」  俺は、取り合えず先輩の元に行こうと、カフェのある方向へ走り出す。  その時、だった。  空から落ちる水飛沫がピタリと止む。周りを見ると、異様なほど落ち着ている人々の口からは、まだ宝石が飛び出している。  それらが、空の水面に上がった(落ちた)途端、街に空の海が落ちてきた。  世界を、大海が包み込む。  手を滅茶苦茶に動かして慌てる俺は、誤って息をしようと鼻から水を吸いこんでしまった。  ああ、死ぬのかと思い、鼻腔に水が詰まる不快感を身構えたが、一向にやって来る気配がない。 「……息、出来る」  身体も驚くほど軽く、この海と自分が同化してしまったような感覚だった。  冴え、透き通る視界の向こう側で、空――海が落ちてきた天井の方で飛び回る宝石たちが身を寄せ合い、煌めくテトラポットをいくつも作っていく。  一匹だけ色が違う魚が群れで作った魚影の目になる、小学生の頃の教科書の物語を思い出した。宝石で作られた大きなテトラポットの影は、魚のような素早い身のこなしで、地面……海底か。  いずれにせよ、めがけて降ってくる。  それを、逃げようともせず受け入れる街の人々は、魚のようなぎょろりとした目を恍惚(こうこつ)や恐怖、不安や憤怒。様々な色に染め、アスファルトの地面にはりつけにされていった。  それは、昆虫の標本みたいだった。 「……先輩、待っていて――!!」  その異様さを前に、俺はきっといつものカフェにいるであろう先輩を想う。    (たち)の悪い白昼夢のような世界を、無我夢中で、俺は泳いで行った。
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