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俺から先輩にあげられるのは、仲がいい女の子の友達という存在だ。
それはあるいは、先輩にとってはやり直しのような、代わりのような、そんな立ち位置かもしれなかった。
本当は、毎日お昼ご飯を共にするのが、面倒かもしれない。
それに、仮に面倒じゃなくても、先輩に自分の性の事、話さなければ、嘘をつき続ける事に、なるような気がした。
言葉の雨が降る世界で、俺は先輩に伝えなくてはいけない気がした。
「あっ……先、輩……?」
いつものカフェの店先のベンチに、先輩はいた。
けれど、その身体の周りには、無数の小さなテトラポットが舞っていて、容易には近づけなかった。
さらに、その中で座る先輩は、青ざめた表情で、じっと、身を縮めて座っているのだ――瞳を閉じて。その様子は、物言わぬ骸のように見えてしまって、血の気が引くのを感じた。
先輩を中心に回る小さなテトラポットが惑星に見えて、先輩が恒星に見えて、それが宇宙に見えた。
昨日見た夢を思い出す。
テトラポットに囲まれるカモメ。私は、そこへ行きたかった。
そこへ――先輩の元へ。
「先輩っ!!」
気が付けば、俺は先輩の名を呼びながらベンチに駆け寄っていた。腕が、身体が、小さな言葉の刃に切り刻まれるのにも構わず、鋭利な痛みを叫ぶ声で掻き消して、眠りにつく先輩へ手を伸ばす。
私の血が、透明な海の水に溶けて、赤い水晶みたいだった。
「くっ……!」
ズタズタに引き裂かれた身体を、先輩とテトラポットの間にねじ込んで、ついに先輩の冷たい手を掴んだ。先輩、先輩、と呼びながら、その身体を抱きしめる。
俺の血で、先輩の冷え切った身体が熱くなればいいと、思った。
――先輩っ!
しばらく先輩を抱きしめてみたが、目覚める気配はない。
頬を伝う雫が涙なのか自分の血液なのか海の水なのか、分からなかった。
その雫が、顎を伝って、先輩の肩に落ちる前に、俺は最後の望みをかけて――。
先輩に、口づけをした。
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