聖夜は甘く濃蜜に

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 玲司はコインパーキングに車を停めたのち、指定された場所へ向かい腕時計を確認する。  時刻は約束の時間とほぼぴったりだ。そろそろ向こうから何らかの接触があるだろう。  すると見計らったかのように、スマホのバイブが鳴って画面に番号非通知と表示された。 「俺だ」  玲司は淡々とした口調で電話に出る。 『久しぶりだな、レイ』  電話の相手は組織にいた頃の仲間で、自分と同じくボスに気に入られていた男である。  スピーカーから彼の声に混じって、クリスマスソングが微かに聞こえてきた。  流れているのは玲司が今いる場所と同じメロディだ。この近くにいるのは間違いない。  相手の居場所を探そうと周囲を見渡していると、電話口から笑い声が聞こえてくる。 「何が可笑しい?」 『もう組織の人間でもないのに、警戒心の強さが全く抜けていないところが可笑しくてつい』 「あんなことがあったばかりなんだ、警戒するのは当然だろう」  玲司の脳裏に浮かぶのは、日菜子が元部下のニックに拉致された日のことである。  無事に助け出せたから良かったものの、頭に銃を突きつけられて怯える彼女を思い出すたびに、未然に防げなかった自分に対する怒りが湧いてくる。  日菜子に嫌な記憶を思い出させたくなくて、あの日のことは話題にしないようにしているが、内心では恐ろしいトラウマを植え付けてしまったのではと不安でならなかった。  その矢先にかつての仲間から電話がかかってきて、今日こうして会って話をすることになった。  もっとも、電話での会話なので相手の顔は見えないが。 「それで、今日は一体どういう用件だ?」  相変わらず相手の姿は確認できないが、恐らく向こうはどこかで玲司を見ているだろう。  そのことも気に入らないが、昨夜自分達の甘い時間を邪魔されたこともあって、余計に苛立っていた。 『そういきり立つな、すぐに終わる』  男はやんわりとした口調で宥めてくると、声のトーンを低くして本題に入る。 『話はニックのことだ』 「奴がどうかしたのか?」  もう二度と聞きたくない人物の名前が出て、玲司は思い切り不快感を露わにして顔をしかめた。 『ニックへの粛清命令が出た。お前が組織を抜けた後、あの方はお前とお前の恋人に危害を加えるなと全員に命じたが、奴はそれを破ったからな』 「だったら、さっさとやればいいじゃないか。奴がどうなろうと俺には関係ない」  今の玲司にとって、ニックは日菜子を危険に晒した憎むべき敵である。昔、どん底から救って面倒を見てやったからといって、ニックのしたことを許すつもりなど毛頭なかった。 「……まさか、俺がこの手で奴をやれと?」 『いや、粛清は我々がやる。ニックが命令を無視したのは、自分の責任だと言ってあの方は悔やんでいたからな。ただ、奴がもう一度お前と話がしたいと言っているんだ。もちろん、話すかどうかはお前が決めることだが、どうする?』 「愚問だな。今更、奴と話すことなど何もない」  玲司がきっぱりとした口調で告げると、少し間が空いたのち相手は電話の向こうでクスッと笑う。 『最愛の女を危険に晒した相手が、かつて自分を慕っていた男であっても容赦はなしか。組織を抜けてもその冷酷さは変わらないな』 「そんなことで褒められても、少しも嬉しくないんだが。それより、こんなところで無駄話する暇があるなら、さっさと奴の粛清でもしろ」  玲司が嫌味を込めて言葉を返すも、男は可笑しそうに笑うばかりである。 『わかった、奴にはしっかり落とし前をつけさせるよ。あと、我々がこうしてお前と接触するのはこれで最後だ。彼女といつまでも幸せにな』  それから一方的に電話は切れて、スピーカーからは規則的な電子音のみが流れてくる。  ――これで本当に、組織との縁は完全に切れた。  玲司は安堵のため息をつくと、疲れた様子でベンチに腰を下ろす。  日菜子の前では平静を装っていたが、昨夜電話がかかってきてからずっと緊迫していたのだ。 (日菜子、もう俺達の幸せな暮らしを邪魔する奴はいないから安心しろ)  何があっても日菜子を離さず、彼女のためだけに生きるのだと、玲司は改めて心に誓った。
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