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対談
「こんにちは遠藤麻理子先生、本日は、『散らかしの魔法』を体現される、遠藤先生のお部屋でお話をお伺いしています。とても貴重な機会に恵まれた訳ですが……」
「あなたの目から見て、どうかしら? 散らかしとあらぶりを感じ取ってもらえているかしら?」
「酒の空き缶と空瓶の量がすごいですね」
「そうなの。散らかしのマストアイテムよね、酒の瓶カン類は」
「酒のアルミ缶も、350mlのと500mlのとが、不規則に積まれているのが、神経を苛立たせますね」
「よく気づいたわね。それと、ポイントがひとつ。1/3くらいは、瓶や缶の口の向きが下向きに置いてあることね!」
「ああーなるほど、めちゃくちゃ変な匂いがすると思っていたら、じゅうたんにまでいっちゃってたんですね」
「『きれいに並べよう』とか、そういうものを持っていたら駄目ね。やっぱり人生は、あらぶってなんぼなのよ! こじんまりと、まとまるのって、『生きてる!』って、実感が薄くなるんじゃないかしら」
「やはり、『生きる実感』が大切、と」
「そう。男だって、毎朝出勤して……毎月ちゃんとお給料を運んでくれて……土日には家事も手伝ってくれて、なんて、無難な男なんて、つまらないと思うでしょう?」
「思いません」
「あらそう。それはまだ、『あらぶり』の本当の境地に達していないからかも知れないわね。ひとと違う生き方は、あなた自身の財産なのよ。いつか思い出すから、きっとこの言葉は忘れないでいてね」
「先生の左目が腫れていますが……」
「おととい殴られたわね。週に2・3度は拳を交える、とても素敵な関係なのよ」
「やはり部屋があらぶっていると、ひととの関係もあらぶるものなのですか?」
「それはそうよ。愚問と言ってもいいわね。きれいに整った、素敵な家具や観葉植物の飾られた部屋で、財布から2千円抜いたか抜かないかで恋人と全力で殴り合いをするのって、想像できるかしら?」
「出来ませんね」
「そうよねぇ。本当の人生は、『散らかした後に始まる』と言っても過言ではないわよね。せっかく人として生まれたのだから、どんどんあらぶって、傷つきながら生きていかないと! って私は思うのね」
「そうなんですね」
「あなたがお土産に持ってきてくれた……これは、お上品な和菓子ね。こういうのもね、こう……ドーン! って!」
「先生! 壁に! 水羊羹が張り付いています!」
「かの岡本太郎先生はこう言ったわね。美しい絵を飾っただけでは、誰も見向きもしてくれない。変な絵を飾ると、『気持ち悪いからこの絵を外せ!』って、見ている人にアクションを起こさせる。この『人を動かすもの』こそが芸術である、と」
「つまりは、この水羊羹も、たった今芸術に昇華したと」
「これも『片付け』の概念の型にはまってしまっていたら、出来ないことよね。散らかしとは、こんなにも自由で、力強いものだってことを、少しでも多くの人に理解してもらえたら、と思っているの」
「そうなんですね」
「私が見たいちばんのあらぶりは、そうねえ。レッスンの時に見た、とある生徒さんの部屋。10年前くらいに見たかしらねぇ。それは今の私の部屋なんて比べものにならないくらい、あらぶった部屋でね、しかもどう考えても、普通じゃない匂いがしていたのね」
「遠藤先生からしても、あまりにあらぶっていたと」
「そうなの。私なんてまだまだだって思わされて、そしてこのあらぶり方は、一体どこから来ているのだろう、って、柄にもなく調べたわよね」
「何か分かったのですか?」
「それが分かったのよ。部屋の隅から、半分干からびた嬰児が……」
「先生、本日は本当にありがとうございました」
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