血はアイよりも濃く

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 ゴクリ、と呑む。温かなそれは舌から喉へ、喉から腹へ。鼻から通り抜ける香りも堪能し、一息吐く。 「──マッズ」  ため息と共に漏らす感想。最早言い慣れてしまうことに危機感を覚える位には、わたしの味覚は不完全燃焼が続いていた。 「……ったく、生産者のキャッチコピーもアテにならないわね」  顔をしかめながら並べる愚痴も程々に、食事を終えたわたしは藍色の長い髪を掻いて席を立つ。  いくらマズくても虫は泣き止んだ。他人より腹持ちのいい方だから、暫くは平気だ。 「御馳走様でした」  お行儀悪いと思いつつ、これからどうしようかと考えながら軽く伸びをして、その場を後にする。 「サイアク。クリスマスの食事がアレじゃあ…」  腹ごなしと気分転換に暫し散策していると、街の大通りに出る。交差点で信号待ちをしている内に、ふと空を見上げる。 「──満月まで、大分あるなぁ」  夜空を照らす月は、太陽の光を背に受けすっぽり隠れている。いつもそこにあるものがない、というのはどうも座りが悪い。  ボーッと空を眺めている内に、人の流れが動き出す。わたしもそれに便乗する形で渡っていく。  目を輝かせる車達の間を、多種多様な人間達が川の流れのように、せせらぎを靴音と囁きに置き換えながら行き交う。 「──あ」 …ふと、わたしは隣でなびく、首もとまで伸びる緋色に染めた髪と、翡翠色の瞳をした横顔に目を奪われた。  恥ずかしながら、一目惚れに近い。あくまでライクミー、ラブミーとは違う。けれど、時間が止まったようにいつまでも眺めていられる。  幸い、あちらは手にした四角い端末にご執心で、こちらにチラリともしない。  ちょっとおしゃれして、脇にチキンの箱を抱えているあたり、友達とクリスマスパーティーに向かう最中だろうか。  私としてはあまりこの雑踏は好きではないが、こういった細やかな楽しみがあるなら、存外悪くない。  何より、ささやかなクリスマスプレゼント、という感じがして快い。 「──ん?」  中腹まで歩いたところで、ずっと横を向いていたわたしは、些細な違和感を覚え、ふいに奥の方へ目をやる。  本来なら混ざることのない、靴音を掻き消さんばかりの、人工の心臓が鳴らす駆動音が耳をつんざく。 ──なぜだか、嫌な予感がする。確信に近い直感に従って、波に逆らう形で一歩下がろうとする。
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