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「や、久しぶり。元気してた?」
……なんというか、軽い。意を決して訪れた私の不退転の覚悟を返せと言いたくなるほどに。
今いるのは、商業ビルの一画、高級焼肉店の個室だった。私が家族とよく行くそれとは一線を画す、政治家とかが接待で使う高貴な雰囲気だった。
そして、そんなロイヤルな雰囲気に似合う、膝まである長い藍色の髪をした、切れ長な美人から先程の台詞が出れば、脳が暫くバグるのは致し方ない。
「まあ、座りなって。今日はお姉さんが奢っちゃうぞー」
ノリが軽い。感情の触れ幅の行く先に迷いつつも、私は向かいに座る。既に幾らか食べているのか、皿が積まれている。
「ほれメニュー。若いのはよく食べなきゃだよ?」
そう言って渡されたメニューの値段に、一瞬目眩がした。具体的にはゼロが多い。私のバイト代一年ぶんが余裕で消し飛ぶ。
「…いいんですか? ホントに」
「いいのいいの。わたしが迷惑かけたお詫び、って感じだから」
迷惑だって? 鸚鵡返しで訊くと、レアの肉を頬張り、飲み込んでから答える。
「ああ、自己紹介がまだだった。わたし、ローラ。吸血鬼、って言ったら分かりやすいかな?」
…吸血鬼。ついこの間、いないだろうと笑っていた、あの。
「信じられないって顔だ。まあ仕方ない。隠れて生きてるからね」
「…どうしてそんなことを私に?」
そう尋ねると、ローラと名乗る彼女は身を乗り出し、口元を歪める。そこから、異様に発達した犬歯が覗かせる。
「吸血鬼に噛まれたらどうなるかって、知ってる?」
ふいに、首筋に手をやる。注射痕のような、小さな傷。
「そう。わたしが与えた。去年の末、クリスマスの夜にね」
…クリスマスの夜。それは、確か──、
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