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気がついた時には遅かった。羽もないのにわたしの体は低空を舞い、勢いよく転がっていく。
やがてガードレールにぶつかる形でブレーキがかかり、何が起こったのかを観察する余裕ができた。
お行儀よく勒を並べた並べた鉄の馬たちが、後ろから突っ込んだ暴れ馬によって押し出されていた。
おはじきのように勢いのついた幾つかの車達は、白線の上を渡っていた黒い頭達を容赦なく凪ぎ払っていく。
あまりに一瞬の出来事で、飛び出た鉄の塊が勢いを止めるまで、靴音はおろか囁きはぴたりと止まっていた。
「……きゃあああああああああああああああ!!!」
誰かの叫びが波紋となって、場は一気に騒然と化す。蜘蛛の巣を散らすように人々は四方へ駆けずり、或いは呆然と立ち尽くす。
そんななかで、上体を起こして、体をゴキゴキと動かす。我ながら頑丈なもので、お気に入りの服がお釈迦にされた以外は大事ない。
けれどそんなのは気にも留めず、混凝土の上に刻まれた、赤混じり黒い轍を眺めていた。
その周りには、雨も降っていないのに水溜まりがそこかしこにできていた。
「──なんて」
…ああ、本当に度しがたい。久し振りに腹が立った。一年に一度訪れるかどうかの、怒り心頭だ。
「──なんて、」
悲鳴と、サイレンと、騒騒としたどよめきが雑ざって、強烈な不協和音を生み出すなか、わたしもひとつの音を喉から落としていた。
「なんて、もったいない……っ!!」
わたしは早急に周りを見回し、不協和音に紛れた息遣いを探す。水溜まりに沈み、止まってしまったものは無視する。
「…いた」
やがて、殆ど止まりかけ、末端は氷になっているものの、微かに息をしている子を見つける。その顔を見て、一瞬固まる。
「……この子は」
何の因果だろう。わたしがついさっきまで眺めていた、あの緋色の髪の少女だ。
流れ出ている赤色は止めどなく、実に実にもったいない。この調子ならば、あと数回の呼吸後に息絶えるのが確実だ。
「う…ぐ」
こんなふうに唸り声を溢し、その綺麗な瞳を痛々しく歪めていなければ。どれだけ眼福だっただろうか。
今すぐこんなことしたヤツの首根っこを引っこ抜いてやりたいが、それは後回しだ。
「もう時間は無い、なら──」
幸か不幸か、今のわたしはお腹がそれなりに膨れている。ちょっとした運動の延長ならどうにでもなる。
久しぶりなので軽くストレッチした後、首筋へと口元を寄せる。
「──んんっ、っぱぁ…」
そして、わたしはキラリと光る歯牙を突き立てた。
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