株式会社ハンドレッドデイズ

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話すつもりはなかったんだけどなと、社長は小声で呟いてから、 「あの時はコンビニに行った帰りでさ、深夜で周りに人もいなかったから、スマホで動画見ながら歩いてたのよ。そうしたら段差に(つまず)いてスマホ落としそうになって……『あっ、ちょっと!』って、あれは君に言ったんじゃない、独り言だったんだよ。」 あの日、職場の超長時間残業とパワハラで肉体的にも精神的にも追い詰められていた僕は、橋から飛び降りようとしていた。間一髪、止めてくれたのが滝本社長だったはずが…… 「でも、俺の声で振り返った君と目が合っちゃったでしょ?ただならぬ雰囲気だったし、もう後には引けないかなって。頑張って世話してたのはさ、なんか後ろめたくなっちゃったんだよね。そんなつもりもなかったのに申し訳ないって感じよ。」 つまり僕は社長が妙に律儀な人だったから、救ってもらえたと言う訳だ。 それでも見ず知らずの若者をひと月も面倒見てくれるなんて相当だ。 後日この話をシゲさんにしてみると、それだけじゃないと思うよ、社長も若い頃は色々あったからねぇと言っていたが。 「未来ある若者」と社長は言ったけど、自分の未来なんてどうせ大したものじゃない。当然、前の職場への未練もない。 その後もさりげなく仕事について行ってコツコツと実績を作った僕はーー気がついたらこの会社の2人目の社員になっていた。
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