私からあなたへ歌う歌

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慌てて当たりを見渡し、時計を探す。 メガネをどこかに置いて離れたようで、視界がボヤけてよく見えない。 キスするように時計に顔を近づけ確認すると、奇跡的にちょうどいい時間。シャワーを浴びて目を覚ましながら、昨日見たすれ違った人を思い出す。 名前も知らない、初対面の人。 あの人に似ていた。 面影。 背格好。 立ち姿。 服装。 思い出してしまった。 あの人のことを。 「元気?」 聞きたくても、今は聞けない。 「なんで信じてあげなかったの?」 あの人に会えなくなった夜、一緒に過ごしてくれた人が傷口に塩を塗り込むように言った。 「それがあの人のためだと思ったの?手を、握りきれなかったのは、信じきれなかったからでしょ。その人のことも、自分のことも」 手のひらを全開に開き、ピントを合わせないまま見つめる。 力なく見つめ、意味もわからないのに手相を見ようとする。 生命線はどれだっけ。 頭脳線は。 結婚を知るのはどの線だっけ。 信じてなかった。 と言ったら、嘘になる。 信じてた。 そう言っても、嘘になる。 信じてたし、信じてなかったし、半信半疑で、中途半端。 だから、今のわたしには、あの人に「お元気ですか?」さえ聞けない。 聞いても、答えてくれるのか、わからない。 忘れたい。 それは嘘。 忘れたくない。 それも嘘。 振り子のように、まだ、わたしはあの人への思いに囚われている。
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