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前を向いて
更に10日が過ぎると仄の退院は早められ、
三日後には家に帰れることとなった。
「よかったね、退院早まって」
昼下がりの病室。目前で小さな男の子を膝に乗せ晶が言った。
「おかげ様で..色々迷惑かけてしまって
本当にすみません」
前髪を掬い上げられ、頭を下げることも出来ず仄は言った。丸椅子に腰を据え前髪を切られている仄はせめて目だけをしっかりと伏せた。
「何言ってんの。むしろもっと早く気づいてあげられなくてごめん」
晶は両手の平を前に出し、慌てて振った。
膝の上に座っていた男の子は不思議そうに
見回して仄の髪を切る母親に尋ねた。
「どっちが悪いの?」
「どっちも悪くないよ。
二人とも大好きだから謝ってるの」
前髪を作り終え、櫛でとかしながら優子は言った。髪を束ね、黒いエプロンをつけた優子は鏡を見せて仄の顔を覗く。
「どう?もう少し切る?」
「前髪あると幼く見えるね」
「可愛いって意味だからね」
晶が言った言葉に即座に優子が付け加える。
気恥ずかしくて頷くと優子に礼を言った。
「ついでに巻いてみる?
だいぶイメージ変わるわよ」
「さすが美容室のアシスタント」
晶の言葉に優子はコテを出しながら笑う。
「手に職って有り難いわよね。平政で働いてる頃から学校行っといてよかったわ」
「色々考えてたのよね、昔から」
感心するように晶が言うと仄は光琉君に
お菓子を手渡しながら聞いた。
「優子さんや晶さんはいつから将来とか考えてたんですか?」
「何、八城辞める気?」
晶が訝しげに見つめるのを仄は視線を手元に下げた。
「迷ってます。..正直迷惑かけっぱなしだし、他に勉強したいことも沢山あって。
..どれがやりたいのか、仕事にしたいのか分からない」
「迷惑はお互い様だから置いといて…」
後ろで髪を少量掬ってはコテで巻きながら優子は言った。
「今すぐ一つに絞る必要ないのよ」
「...でも」
「勿論仕事は絞る必要があるけど、他は趣味でもいいわけで、うまくいかなかったらその中から新しく始めればいいのよ。
仄はまだまだ先が長いんだから、焦って決めることないわけ」
「...はい」
「それとも仕事か 結婚かで悩んでる?」
優子が冷やかすと仄は慌てて叫んだ
「違います!」
「動くと火傷するよ。まあ、結婚したとしても今時 仕事しちゃいけないなんてないんだから大丈夫よ」
「だから違います」
顔を赤くしながら言う仄に晶は思い出したかのように言った。
「そう言えば信也とどうなわけ?」
「どうなわけ?」
光琉君が笑って真似をする。
「どう..といわれても」
首をかしげると晶は腕を組んで唸った。
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