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「やっぱ甲斐の勘違い?」
「そうでもないと思うけど..仄は信也に憧れてるだけかもしれないけど信也はだいぶ仄のこと気にしてるからね」
優子が巻き終えたのかコンセントを外しながら言った。
「そんなこと..」
小さく溜め息をつきながら呟くと優子は鏡をもう一度見せ笑った。
「いいじゃない。彼氏と幸せなら」
「でも最近信也機嫌悪くって、
八城が来てだいぶ丸くなってたのにね」
光琉君から手渡されたお菓子を食べながら晶は愚痴をこぼす。
「早く帰ってきてよ」
それに笑って返すと優子にも礼を言った。
「服とかも準備して貰って、
本当にありがとうございました」
「ほとんどお古だけどね。どうせ箪笥の肥やしだったから気にしない。
今度は何かあったらちゃんと言うのよ」
笑って返事をすると優子は正面から仄を抱きしめた。
「大丈夫。これからは笑って歩いていける」
「...はい」
頷くと晶も立ち上がり、仄の頭を撫で、光琉君は抱っこをせがんだ。
「髪、明日にはとれちゃうけど気に入ったらパーマかけてあげるから」
ロビーまで送ると優子はそう言って手を振った。三人に手を振ると仄はピアノに向かった
優子から貰ったワンピースにウェーブのかかった髪。イメチェンとばかりに作った前髪
これからは笑って...
優子の言葉に仄は微笑んで勢いよく鍵盤を叩いた。
◇ ◇ ◇
「おや」
ロビー2階の吹き抜けから下を見下ろす。
日中ピアノを弾くことを許可した女医はいつもと雰囲気の違う少女に、手すりに肘を乗せ
寄りかかると身を乗り出すようにそれを見つめた。
軽やかなリズムに波打つ鍵盤。
最近若者に流行っているとスタッフの中でも話題に上がる男性歌手の曲だった。
「クラシックやめたの」
隣に立ち止まり、同じように見下ろす医師に声をかける。
「だいぶイメチェンしたわね」
「..そうだな」
笑って 楽しそうに 弾く仄を見つめる硯に真崎は珍しくいたずらっ子のようにほくそ笑むと耳打ちした。
「知ってる?最近ファンが出来たみたいよ」
「そうなのか?」
目を丸くして振り向く硯に頷きながら顎で
向かい側にある病室を差し示した。
「ほら、出てきた」
ピアノの音に部屋の外へ出てくる子供達。
通路の奥からも年配の患者が固まって出てきた。
「セラピストとして雇ってあげてもいいわよ」
「ボランティアだろ、どうせ」
思わず苦笑するが それもいいかもしれない
と少し思った。
仄は好きなことを思いきりやれた方がいい。
真崎は少しの間楽しそうに演奏する姿を見守ると踵を返した。
「退院したら寂しがるわね」
そう言い残した言葉に聞き入っている観客を見る。
「あいつがやきもち妬かなきゃいいが」
笑いながら両腕を乗せた手すりに頬杖をついた。前に弾いていた時とは違い、自由に生き生きと演奏する仄に硯は ほっ と安堵する。
「やっと、
笑って前を向けるようになったか」
心の底からその姿を喜んだ。
◇ ◇ ◇
5曲ほど弾き終えて、満足すると自分の病室へ向かう。
あと何着か晶と優子が用意してくれた服があり、試着してみようと思った。
引戸を開け、敷居を跨ぐと床に白い封筒が落ちている。
「...?」
首をかしげながら裏を返し差出人の名を見る
━━━━━━━ 八城 昴
半年前。
自分が殺した父親の名だった。
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