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亡霊
生暖かい吐息と、同じく気味の悪い弾力を頬に感じ眉間に皺を寄せ目を開いた。
ぼんやりと靄がかった視界。
ベットの上に寝せられているのかだらりと下げた足先にはシーツが見える。
この先に見える部屋は浴室なのか水の音。
人影が何か運んでいた。
再び、首筋から胸元にかけさっきの嫌な感触で手に力を込めた。
「起きたか」
残念そうに言いながら耳元で聞こえた声は愉しげだった。
仄の両端で手首を掴み股座に膝をついていた男は首もとから顔を上げると不気味に笑う。
「最後に抱いてやろうってのに」
声も出せずに顔が強ばる。
「覚えてねえか」
男は力を込める両手を強く握り絞めると耳元で囁いた。
「俺が初めてだったくせに」
大きく目を見開いて男を見た。
男の顔に体が拒絶する。
震え出した体を見てそれは卑しく嗤った。
「思い出したか?」
顔を近づけ仄の両目に自分の顔を映し出す
「女にさえ生まれなければ
こんな目に合わなかったのにな」
あの時と同じ台詞を言ってみせる。
乾いた喉元を見えない手で押さえつけられて声が出ない。手足の感覚が消えた
「そうだよ。お前が殺した 村田真由美の弟」
「..放して」
震える唇からようやく声が漏れた。
否定も弁解もする必要なんてない、今すぐ
こいつから離れたかった。
男もそんなものを求めてはいないだろう
仄の自分の命を吸いとった左手をきつく
押さえつけると右手を放した。
「もうじき死ぬんだから楽しめよ」
空いた手でワンピースの裾をめくるように足を撫でる。
「嫌、やめて!」
叫びながら力の限り男を押し退けるがびくともしない。
身悶えながら体を上へと逃がした。
壁によじ登るように背をつけると村田はさも愉しそうに顔を沈めた。
「嫌、仙!」
思わず名前を叫んだ。
「なんだ、男がいんのか」
顔を上げた村田はきつく睨み付ける仄の顎を鷲掴みにすると強引に唇を重ねた。
反射的に男の顔に爪を立てる。
「いって!」
村田が怯んだ隙を見て仄はベットから転がり落ちた。即座に立ち上がり駆け出そうとして目の前にもう一人の男が立ちはだかる。
その顔を見て、仄は動きを止めた。
「...なんで」
激しく乱れた呼吸が一瞬で止まった気がした
仄の呟きと同時にベットいた村田は体を起こすとその場に腰を落ち着け頬を擦る。
「うわ、血出たし」
「遊んでる暇ないだろ」
目の前の男は溜め息をつきながらそう言った
その顔から目が放せない。
その声から耳を塞ぐことも出来ない。
それは紛れもなく父の姿だった。
「そうだけどな..
宮子に何て言えばいいんだ」
仄は呼吸を整えながらベットに振り向く
「..宮子」
なぜ宮子の名前が出てくるのか
なぜ死んだはずの人間がいるのか
そんなこと考える隙も与えてはくれない
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