亡霊

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村田はうっすらと滲んだ血液を拭うと仄を見て口角を上げた。 「そうだったな、お前ら姉妹みたいに仲が 良かったな。安心しろ、お前にしたみたいにあいつも可愛がってやるからよ」 「宮子に」 身体中の血液が沸きだった。 握り締めた左手の手袋に手をかける。 「宮子に手を出さないで!」 激しい憎悪をそのままに男を睨みつけるが 睨まれた相手は言った。 「何言ってるんだ、全部お前のせいだろ」 「..何を」 冷ややかな視線を向け村田は続ける。 「お前があの子の全てを奪ったんだろ、親も家も金も、全部。挙げ句に目をつけられた もうお終いだ」 訳の分からない仄の腕をもう一人が掴んで 慌てて振り払い後退りした。 部屋の出口。 そのすぐ横に立つ男は公園で見た顔。 父さんと同じ顔。 「だからもうお前に生きててもらうと困るんだよ。証拠は全て消さねえと」 村田の言葉に父と同じ顔の男は仄の腕を掴んだ。 「放して、やめて!」 「なんならもう一度殺したらどうだ        自分の父親」 男に腕を引かれ振り払うことも出来ずに浴室へと引き摺られる。 「どうした使わねえのか 左手 」 背後から嘲笑う声。 仄は両目に涙を浮かべてその顔を見た。 分かってる 父さんじゃないって 父と同じ顔をした男は浴室に転がったタンクを足で蹴り上げると浴槽に向け仄の腕を放った。 浴槽に脇をぶつけながら倒れ込む。 涙が頬を伝い落ちた。 雫は張られた水面(みなも)に波紋をたてた 「..父さん」 ぽつりと呟いた仄の後頭部を掴むとその男は水の中へ押し付けた。水の圧力に目を閉じる 両手で浴槽の縁を掴み頭を押し上げて抵抗するが力ずくで底へと押し入れられ息を止めるのも限界を達し仄はついに口を開けた。 勢いよく入る液体は海水のようだった。 髪を鷲掴みにされ頭を持ち上げられると大きく咳き込んだ。 「どんな気分だ。 自分が殺した父親に殺されるってのは」 すぐ隣で村田がしゃがみこみそう言った。 仄は激しく咳き込みながら左手の手袋に指をかけた。震える手でそれを外す。 声高に笑う男の顔を睨むと再び顔が海水に浸かった。 「うるせえな、なんの音だ」 隣の部屋から聞こえる耳障りな音に笑顔を消し村田は立ち上がった。 「ちょっと見てくる。手、放すなよ」 仄を押し付ける男が頷くとベットがあった部屋へ歩み出た。 窓を鋭くつつく音。 それを見ると村田は困惑し壁一面の大きな窓をカーテンですばやく覆った。 「どうした」 浴室からの声に村田は叫び声を上げる 「(からす)だ!大量の、すげえ気味が悪い」 村田が締めたカーテンの向こう側。 黒光りする羽がびっしりと張り付く勢いで窓をつついていた。 その音が徐々に大きくなる。      ◇   ◇   ◇ 「烏ぐらいで騒いでんじゃねえよ」 呆れるように呟くと今度は部屋のドアホンが鳴り響いた。━━━━「今度は何だ!」 怒鳴りながら歩いていく村田を見送る。 押さえつけていた女は気を失ったのか 押し返す力が無くなった。 「...もういいか?」 髪を掴み、もう一度持ち上げる。 また大きく咳き込み、海水へとすぐに沈めた やがて浴槽を掴んでいた手がだらりと力無く落ちた。
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