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親の話
目の前の長い黒髪を櫛でとかしながら真崎は相変わらず無表情のまま言った。
「目と髪はお父さん似ね、螢子は猫っ毛だった。」
「本当?」
病室のベットに腰掛け真崎に背を向けたまま視線を向ける。
「本当。前向いて」
手術から二週間。ようやく身体を起こし、
座れるようになって食事も少しずつとれるようになった仄だったが看護師の介助は受け入れられず、時間がある時に担当医である真崎が世話をしてくれた。
初めは高圧的な態度が嫌いだった。
でも今思えば逆にそれが良かったのかもしれない。母親のように思っていた医師に裏切られた仄にとって、表裏の無い真崎の態度は信用するに値すると思えるようになった。
黙って前を向くと毛先にハサミを入れる。
ちょきちょき とリズミカルな金属の擦れる音が窓から差し込む小春日和に心地よさを足した。
「こう見えて子供の頃心臓が弱くてね。
しょっちゅう救急車で運ばれてたのよ。
貴方のお父さんに何度も助けてもらった」
思わず振り向いてため息をつかれる。
慌てて前を向き直すと真崎はもう一度毛を
とかしながら整えた。
「京都の医大でね、救命医してたのよ。
両手に黒い手袋して、いつも白衣のポッケに手突っ込んでた。私が医者を目指したのはそれがきっかけ」
「そう..だったんだ」
「そう。無口だし、感情出すの苦手な人だったけど、暖かい人だった。」
「...うん」
亡き父を一緒に懐かしんでくれる人がいる。
口許が自然と綻びながら仄は頷いた。
「お父さんが病院辞めて、こっちで結婚したって聞いて わざわざこっちの医大受験したのに。先生いなくて残念だったわ」
「...」
「救命医として駆け出しの時、
運ばれてきたのが君のお母さん」
「お母さんはどうして死んだの?」
娘なのに、それすら知らない自分が情けなく思った。でも、恋人であった硯にも聞けなかった。
ハンドクリーナーで掃除をしながら真崎はため息をついた。
「そうよね...清水には辛すぎる話だわ」
仄は真崎に体を向けて座り直すと片付け終えるのを待った。
「貴方のお母さんは癌だったのよ。
子宮頸がん..知ってる?」
「名前だけ..」
「子宮ってヤギの顔のように見えるでしょ。角が卵官。目が卵巣。赤ちゃんが出来る子宮の下、鼻先みたいに細い部分そこが頸部。
ウイルス感染が原因だから性行為のある女性なら誰でもかかる可能性はある。
ただ、大抵は癌化せずに排出されるありふれたものなの。
長い間感染していると上皮つまりは粘液が癌化し、徐々に細胞内に浸食し、リンパを通ってやがて全身を侵されてしまう。
運ばれてきた時、お母さんはステージⅡで手術しなければならなかった。
担当したのは清水。
無事手術が終わり、放射線治療も続け、三年後めでたくゴールイン直前に、転移が見つかった。」
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