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家族の話
配膳された夕食をなんとか食べ終え一息つくと病室のドアをノックする音に振り向く。
「ご飯食べれた?」
ドアを半開きに顔を覗かせ笑顔を向ける中学生に仄は頷いた。
「なかなか来れなくてごめんね。
はい、差し入れ」
仄は首を振ったが祠は少し申し訳なさそうに眉尻を下げ紙袋を手渡した。
中にはCDやら漫画本やらが沢山入っている。
「入院中 暇だろうから、
時間潰すのにいいかと思って」
「ありがとう。
勉強どう?バタバタさせちゃったから...無理に来なくてもいいから」
受験生である祠は丸椅子に腰を下ろすと笑いながら首を振った。
「平気、平気。..あれ?仄さん髪切った?
」
毛先を揃えただけなのによく分かるな と感心する。耳にかけた長い前髪を指で掬うと仄は頷いた。
「ちょっとだけ」
「仙兄疎いから気づかなくても許してやってね」
にっこりと笑う仄に少し頬を赤くし顔を背けた。
「別に...仙は関係ない」
手術前、ようやく自分の気持ちを伝えた仄の反応に祠は満足そうに笑うと鞄から一枚の落ち葉を取り出し仄の手に乗せた。
緑の葉柄から葉身が黄から橙色へ染まる楓の葉。
「秋が来たって感じだよね」
しみじみ祠が言うと仄は微笑んでそれを見た。季節の移り行く姿は美しい。
改めてそう感じる。
「うん、ありがとう」
仄が大事そうに両手でそっと包み込むと祠はふと、影を落とした。
言いたいことがあるのがそれを口にするか迷っているように見えた。
「...宮子のこと?」
思わず口に出すと祠は困った顔をしながら
首をかしげ笑う。丸椅子の座面を膝の間で両手で掴み、一度瞼を閉じると意を決し仄に視線を向けた。
「うん。
..あの日から連絡取れなくなった」
あの日というのはおそらく仄が倒れて救急車で運ばれた日。火災があった研究所から行方不明者が発見された日のこと。
「今はバタバタしてると思うし..
父方の実家にいるだろうからしょうがないよ
」
そういう割に祠は寂しそうに呟いた。
「こういう時だから..
そばにいてあげたいのにね」
仄は黙って頷いた。
宮子は仄がいた製薬会社の社長令嬢だ。
清水家に来る前、仄が幼いときから暮らした研究所。そこで自分が何をされたのか
思い出したくもない。
けれど、宮子は別だ。
宮子は妹のように思っている。
三年も顔を合わしていないけれど、それは今も変わらない。もう二度と会うつもりはないけれど、幸せになって欲しいと思う。
祠は小さく ごめん と呟くと仄は首を振った。
「一つ、気になってたんだけど..
聞いていいかな?」
恐る恐る祠は口にすると仄を見た。
「仄さんのお父さんの遺体って出てきてないんだよね」
「..うん。そうみたい」
「生きてる..なんてこと」
仄は口許を緩ませ首を振った。
長い黒髪がさらさらと悲しげに揺れる。
「そんなわけない」
「...そうだよね」
「..うん」
そうだったら、どんなに良かったかと仄は
呟きかけ、やめた。
自分が殺したのだから
思わず目を伏せると祠は慌てて謝った。
何も悪いことなどしていないのに、優しい弟は心配そうな顔で自分を見つめている。
「大丈夫、もう分かってるから」
父が死んだ理由も私に託した思いも、
ちゃんと..
納得したつもりでいるから。
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