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あの手紙が来たのは、それから――妹が強制的に退職させられ、家に帰る間もなく姿を消してしまってから――すでに10年経った時だった。
僕は相変わらず、歯車の維持管理をやっていた。
自分に妹がいたことも、その妹がとても魅力的で頭もよく、学生だった頃には活発で大声ではしゃぎよく笑う子だったということも、働き始めてからずっと冬の歩道に凍てついてこびりつくチューインガムの噛み滓みたいに(そいつを専門的に取り除く職種もあった)精彩を欠いていたということもすでに記憶から締め出しかかっていた、その頃。
10連勤の後、くたくたになって家に戻った僕は、郵便受けにDM以外の白い封筒を見つけた。
居間に入り、いつものようにテレビをつけ、数時間ぼんやり垂れ流してからようやく、封筒のことを思い出し、封を切った。
そこには、懐かしい筆跡が踊っていた。
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親愛なるアニキ
急に転職を通告された時には、本当にびっくりしました。
もっとまともな仕事なのか、それとも全然身の丈に合わないか、もっともっと、どうしようもない仕事か……
数ヶ月の特殊訓練の後、詳しくは書けないのですが、今では世界中を飛び回っています。
文字通り、命をかけて。
先週も命を狙われたようですが、何とか乗り切りました。
独自のツテができたので、こうして手紙も書けました。無事届くとよいのですが。
またいつか、必ず会える日が来ると思います。アニキもそれまでお元気で。
愛をこめて。サラ。
追伸 私にはやっぱり、スパイというお仕事が向いているようです。
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読みながら、いつの間にか笑っていた。声に出して。
ああよかった。
選んだ理由は答えられないにせよ……僕の仕事もやっぱり、僕に向いていたようだ。
それから時折、僕は歯車を勝手にいじってみて、テレビのニュースをチェックするのが楽しみのひとつになっている。
例えば市長だったおっさんが罷免されて、急に『ガムはがし班長』に任命されたニュースを観たり、とかね。
世界狭しと駆けまわる、愛しい妹の姿を思い浮かべながら。
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