インチキ霊媒師

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 「……あれは私がまだ駆け出しの頃でした。私は役者としての勉強も兼ねて、あるドラマの撮影にエキストラとして参加していたんです。海辺でロケだったんですけど、2日間に渡る撮影でした。なので初日の撮影を終えると、明日に備えて私たち一行は近くのホテルに泊まりました」  神林(かんばやし)はそこで一旦区切り、周囲が状況を飲み込むのを待った。さすが役者と言わざるをえない。演技だけでなくトークにおいても絶妙な間の取り方を知っている。 「その頃毎日忙しく、疲れていた私はベッドに横になると、波音を聞きながらすぐ眠りに落ちてしまいました。しかし夜更けに、そよ風に顔を撫でられて私は急に目を覚ましました。どうやら窓を開けっぱなしにしていたようです。ブルッと身震いしてから、風邪を引いては(たま)らないと窓を閉めに向かいました。そこでふと浜辺に目をやったんですが、どうしたんでしょう、一人の髪の長い女性が突っ立って海を見つめているではありませんか。私は夜の海に風情を感じているんだろうなどと呑気なことを考えながらしばらく見つめていましたが、彼女は海の方へ足を運んでいきました。それからなんと、躊躇(ためら)うことなく、一歩一歩ゆっくりと海水の中を進んでいき、ついには腰が浸かるほどまで歩を進めました。そこでようやく私は女性が入水自殺をするつもりなのだと気付きました」  静寂の中、観客がごくりと唾を飲み込む音がちらほら聞こえた。 「階段を駆け下り、エントランスを突っ切り、浜辺に出ると私は無我夢中で泳ぎました。しかし首が出るギリギリのところまで泳いで、私は急に我に返りました」  スタジオに一層緊張が増した。 「女性を見つけてからの私は、思い返せば自分が自分でなかったような気がします。だって、普通水に入る前に彼女のいる場所を確認するでしょう? しかし私は気づけば適当に泳ぎ出していたのです。ハッと我に返った私は急いで周囲を見渡しましたが、暗い海が広がるばかりで彼女の気配はありません。私は急に怖くなりました。……そして急いで引き返そうとした時、突然足を掴まれ水中に引きずり込まれました。私は息を継ごうと懸命にもがきましたが、掴んでいる手は一向に離れません。いよいよ海面から顔を出せなくなり、死を待つだけかと覚悟しました」  ひえぇっと小さな悲鳴があちこちから上がる。 「しかし、今度は急に、それ以上の力で背後から引っ張られたんです。そのおかげでやっと足から手が離れるのを感じました。それから私は考えるより先に岸まで必死に泳ぎ着きました」  スタジオは再び静まり返り、話の続きを黙って待っている。 「浜辺にたどり着き、両手両膝をついて息を整えていたところ、私は両親に聞かされていた話を思い出したんです。私の家系には代々強力な守護霊が憑いていると。私はその時思いました。もしかして、ご先祖様が守ってくれたんじゃないかって」  神林が自信に満ちた口調で締めくくると、司会と観客は感嘆の声を漏らした。
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