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「駄目だよ? ちゃんと言ってあげないと君の感情が可哀そうでしょ?」
俺の目を覗き込むように、かがみこむ。目の高さが同じになって君の瞳に俺が映りこむ。
あ、と思った。
こんな風に、人とちゃんと目を合わせたのは、いつぶりだろう。
「……病気になった君も、ちゃんと君だろ。蔑ろにしたら駄目だ」
「……うーわ、いいこというね、君……あ、名前なんだっけ」
「相川」
「苗字だとちょっとよそよそしくない? せっかく逢ったんだから、もう少し」
「……リキ」
人に名前を伝えるのって、こんなにも、照れ臭くてくすぐったかったっけ。
「へぇ。いい名前だね」
「……どうも」
「――……リキ」
ドクン。また心臓が鳴った。
今度は一度だけじゃなく何度も大きく拍動する。
「僕のことはサツキって呼んで。よろしくね、リキ」
差し出された手にそっと己の手を重ねた。サツキの手のひらは、白くて、薄くて、まるですぐに消えてしまいそうなほど冷たかった。
サツキの後ろ側で、立ち入り禁止のはずの屋上への扉が開いているのが見えた。何でだろう、と思ったけれど、久しぶりに人と会話をしたという感覚に紛れてその疑問はどこか遠くへ消えてしまった。
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