1

1/6
1580人が本棚に入れています
本棚に追加
/134ページ

1

 (たすく)が通うA大学芸術学部のキャンパスには、学生食堂が三つある。  建築学科の棟から一番近くにあるのが第一食堂──略して『一食(いっしょく)』だ。佑は一食で一杯百二十円のかけうどんを食べるのが常だ。 「……改装って……」  三限目が終了した午後二時半過ぎ。いつもなら、講義までの時間潰しや仲間で集まり雑談などをする学生がちらほらいるはずの一食だが、今日はその扉を固く閉ざしていた。  両開きのガラスのドアには、二週間に及ぶ改装のお知らせが貼られており、その扉の向こうでは内装工事の職人達が作業する姿がある。  本日佑が受けなければならない講義は三限で終わりだった。この後控える夕方からの仕事に備え、軽くでいいから何か腹に入れておこうと思ったのだ。  キャンパスには学食が第三食堂まであり、学食以外にも喫茶店やベーカリー、全国チェーンのラーメン店など飲食できる場所はたくさんある。  その中から、佑は迷わず第二食堂、『二食(にしょく)』に向かうことにした。  三食(さんしょく)は定食メニューが豊富で人気だが、定食を食べるには五百円払うことになる。二食はキャンパスで一番広い食堂で、三食より安い三百九十円の日替わり定食が人気なのだが、それよりもさらに安価なうどんやラーメン、カレーなどのメニューが充実していた。  一番安いかけうどんが一食より二十円高いのが難だが、その二十円ぶん『追い天カス』のサービスつきだ。  二食は映像学科棟の一番近くにある。  A大学芸術学部の映像学科は、変わり者が多いというので有名だ。某劇団出身の個性派俳優や、某人気漫画家に超有名アニメ監督などなど──。  A大芸術学部出身の有名人はとても多いが、そのほとんどが映像学科卒の人間だった。  佑が受験した年、映像学科の入試倍率は十八倍だったと後で聞き、とても驚いた。佑が在籍する建築学科も人気のある学科だが、映像学科にはとても及ばない。  一学科にニ百人弱の生徒がいるとして、映像学科を受けたのは四千人近く──。単純にすげぇな、と思う。  その人気ぶりをあらわすかの如く、キャンパスは映像学科を中心に廻っている──ように佑は思う。  構内の書店も、一番人気の第二食堂も、さらにチェーンのラーメン店もベーカリーも、全部全部、映像棟の近くに存在する。  というか、映像学科の近くにその全てが入る建物が(あと)から建てられたのだ。  真っ白くて曲線を描くデザインはとても洒落ており、全面ガラス張りの明るい建物。そこに本屋も二食もラーメン屋もパン屋も、芸術学部の『便利』が全て詰め込まれている。  映像棟からは徒歩三十秒 。しかし建築棟からは徒歩三分かかる。  わずか二分半の差じゃないかと思うかもしれないが、講義の間の休憩時間が十分しかないと考えると、やっぱり映像学科は優遇されているのだと思わずにいられない。  
/134ページ

最初のコメントを投稿しよう!