月のきれいな夜だから

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 最近はどちらが床で寝るかベッドの取り合いである。 (どっちが主人だっての、化け物のくせに生意気だ)  どっかり胸に肉球パンチを喰らわせ、むっくり起きた。  この巨体は艶々の銀の毛並み。手触りは最高だが、見た目は半端なく暑苦しい。残暑厳しいこの季節、いっそライオン刈りにでもしてやろうと思うが――化け狼では毛を刈れない。 (困ったことに本人に暑さ寒さの自覚はないらしい。こっちは見ているだけで体温が上がって死にそうだ)  眠たそうな金と青のオッドアイ。大好物は人の魂。  目を離すとその辺の浮遊霊を食べてお腹を壊す。  少々頭の中身が足りない。  睦月は化け狼。それも銀狼と言われる霊験あらたかなそれ。  なんと我が家は管狐憑(くだきつねつ)きだったのである。  ところが俺はあるまじきことに筋金入りの動物アレルギーだったのである。  犬猫をはじめ、鳥、ネズミ。アレルギーセンサ―はなんと我が家の護り神の管狐の毛にも反応してしまった。軟弱へっぽこ狐使いだったのだ。  このままでは家業を継げない! とりあえず大学は卒業したが特技があるわけでもない。ついでに体力も無い。  いわゆる欠陥品の俺にこっそりじいちゃんが用意してくれたのが睦月。化け狼。どこでどう手を回したのかは恐ろしくてきけない。  本体もお化けならアレルギーは関係ないだろうと言うわけだ。  その読みは正しかった。  なんと我が家の家業は化け物退治。  家族そろって裏稼業専門の会社にお勤め。父の肩書は係長。辞令の紙切れ一枚でポイと飛ばされ、全国各地の化け物退治に当たっている。  まさか転校の理由がそれだったと知った時、ショックでぼっとり落ちた顎が戻るのにひとつきもかかった。  とはいえこの業界、皆さまキャリアが長い。基本的に死ぬ直前まで働くブラック企業。ベテランになるとがっぽり稼ぐ。  あまた居る社員の中で若手にはなかなか仕事が回ってこない。  というわけで時々アルバイトで街中の浮遊霊相手に三途の川のフェリーチケット販売をやっている。これが案外売れる。
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