月のきれいな夜だから

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 見上げる空は少しばかり霞んだ藍色。  高層マンションの隙間にひっかき傷のような月が浮かぶ。  聞こえてくるのは電車の音と救急車のサイレン。  夏の余韻を残した生ぬるい風が吹き抜けるその場所に人影があった。 「おいこら、食べるなっ!」  今にも「いっただきまーす」と大口開けて『それ』を頭からぱくつこうとしていたはあんぐり口を開けたまま、情けない顔で動きを止めた。 「それは三丁目の静香ばあちゃんだ!」 「味見ならいいだろ?」  ぶつぶつ呟いて、皺くちゃの骨董品のようなちっちゃな婆様の頬を大きな舌がペロリとなめ上げた。 「味見でもダメだ」 「なんだよ、ケチ!」 「そういう問題じゃない」  叱られてじっとり金と青の目を眇めて青年を睨む。 「ねー、ちょっとだけ、だめぇ?」  精いっぱいのしおらしい演出も加えてみた。 「猫なで声をだすな。気持ち悪い」  目を三角にした青年の隣ででっかい図体のそいつはしょんぼりしょげた。  青年の名前は鳴海隼人(なるみはやと)。年齢は27。  訳あって副業のアルバイト中。  慌ててカバンを探って差し出したのはフェリーチケット。  そのチケットには金の箔押しで、sanzu-river cruise の文字。 「駅の北口にお迎えのバスが来てます、出発は12時です。乗り遅れないようにしてくださいね」  しわがれた小さな手にチケットを握り込ませ、駅を指さして静香ばあちゃんを笑顔で見送った。 「おいしそうだったのにぃ」 「俺の知り合いを喰うな寝覚めが悪い。バカ睦月(むつき)
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