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ソフトクリーム
「うーん、よく寝た」巴は掛布団を弾き飛ばすと大きく伸びをした。浴衣の胸元が乱れている。一応両手で乱れを整えるながら、刈谷の部屋の方を見る。襖はしっかりと閉じられている。
「あ、あの・・・・・・・・」巴は、ゆっくりと片手で襖を開く。しかし、そこには彼の気配は無かった。考えてみれば、同じ部屋ではないのだから、こうして勝手に襖を開けるのは本当はいけない事なのだろう。「いないか・・・・・・・」ゴロンと後ろに大の字になって転がった。
「お連れさんは朝早く先に出で行かれましたよ。夕方には帰られるとおっしゃてましたよ」やることも無いので、観光でもしようと宿を出ようとすると聞きもしないのに女将が教えてくれた。
「なんだ、まだ帰ったわけじゃないんだ・・・・・・・・」これでお別れなのかと思って、少し切なくなっていたが気持ちが復活してきた。「女将さん、この辺りで観光するといったら、どこがいいですか?」正直言うと、巴はこの高梁という場所を全く調べずにやってきたというのが本音であった・
「そうですね、備中松山城か・・・・・・・・・、ふるさと村とか・・・・・・・・、昔、映画の撮影でも使われたところですから、皆さんそこに行かれますけどね」巴は女将の言った『皆さん』という言葉で、もしかするとそこに行けば刈谷に合えるのではないかと、軽い期待が芽生えた。
「ありがとうございます!行ってきます」巴は、元気に宿を飛び出すと、駅前でタクシーに乗り込んで、松山城に向かった。
備中松山城は、天和3年に松山藩主の水谷勝宗によって建立されたものだそうだ。日本一高い場所にある山城で秋から春にかけて、早朝のみに見ることが出来る雲の間に浮かぶ姿は幻想的なのだそうだ。しかし、時間はそろそろ正午になるころであった。天候こそ快晴ではあるが、すでに神秘亭な姿をみる時間はとっくに過ぎていた。
「な、なに結構な坂道ね・・・・・・・・」巴はうっすら汗をかきながら登り坂道を上っていく。しかし、ここ最近の運動不足解消にもいいと思い前を昇っていく。もしかすると、そこで刈谷と会えるかもしれないという甘い思いを描きながら・・・・・・・・。
ベンチに座り、売店で買ったソフトクリームをぺろりと舐めた。彼女の期待に反して、刈谷の姿はそこには無かった。この場所は空気が綺麗で巴の住む街とは全く景色が違っていた。身も心も現れるような感じであった。大きく息を吸い込むと新鮮な酸素が体中をいきわたるような感じがした。
「それにしても、お腹が空いたわ」そういえば朝食を食べるのを忘れていた。刈谷に会えるかもしれないという思いで宿を飛び出してきたが、今になって急に空腹に襲われている。しかし、周りには落ち着いて食事をするような場所は見当たらなかった。彼女は、立ち上がると城を後にして坂道を下って行った。
「あれ?」刈谷は探していた男が、松山城の売店で働いていたという情報を聞いてこの場所の訪れていた。どうやら、男は数週間まえに売店を辞めてしまっていたようであった。少し途方に暮れて歩いていると遠くに昨日から、同じ宿に宿泊している巴という女性に似ている女の姿が目に入る。声を掛けようかとは思ったが、もう観光を終えて帰ろうとしているようなので、遠慮することにした。彼は売店でソフトクリームを購入すると、ベンチに座り一口食べた。
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