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~6. 変化の兆し
ルナ達は今来た道を一旦引き返す事になった為、別のルートを選択しなければならなかった。
村正もなるべく早く山を越え、目的地に到着したかったのだが永年放置されて来た道を選ぶと先程の様な目に遭う事になると分かったから遠回りをするしかないと思い、渋々狭い道をUターンした。
「まぁ急がば回れって言うしな!ワハハハハハ!」
などと軽口を叩いてみたものの、内心困っていた。
ある程度道は知っていたが、どのルートが安全かは分からなかったからだ。
「村正範士、ボクが道案内しましょうか?」
唐突にカミナが提案した。
「生憎とこの車に地図は積んでなくてな、ここは俺の知識とカンで行くしかない。すまんな」
「いえ大丈夫です。道案内出来ます」
「えぇ?カミナ君は道を知ってるのか?」
怪訝そうな顔で村正は聞き返した。
' 行った事もない道を何で分かるんだ? '
「知ってる、と言うか先程分かる様になりましたから、大丈夫です」
「はぁ?… 先程分かる様になったってどういう意味だ?」
「なるほど!GPSが使える様になったのね!」
ルナが閃いた様に口を開いた。
「はい、ようやくです」
カミナはルナにサムズアップしてみせた。
「おいおい、二人だけで分かってないで教えてくれ。なんだ?その 『ジーピーエス』ってのは」
長い期間を厚い雲で覆われた地球には光は差さず、電磁波は乱れ、静止衛星からの電波を受信する事が出来なかった地球では、『GPS』の存在は忘れ去られ、電波を受信する機械も失われていた。
「あ、すみません師匠、『GPS』と言うのは『Global Positioning System』の略で、全地球測位システム… いえ、分かりやすく言うと、今カミナくんの頭脳には世界地図が入ってて、現在地も分かる様になったって事です!」
「… なんだ… ? どうやってそんな事が出来る様になったんだ?」
村正はちんぷんかんぷんだった。
そこでカミナはGPSの事について簡単に補足説明をした。
宇宙には昔打ち上げられた静止衛星から電波を送り、現在地が分かるシステムがあった事。
『KAMINA』が先程承認された事で『GPS』とも接続が承認され、その受信装置になるのはカミナ自身であると言う事だった。
村正は解った様な解らない様な顔をして聞いていた。
「ま、カミナ君!そんな便利な事が出来る様になったんなら、最短ルートで案内頼むぜ!」
「了解です!」
とカミナは早速道案内を始めた。
それは分かりやすく、しかも詳細で正確、そして安全だった。
村正は感嘆していた。
「ホント凄いな!こんなに便利ならもうちょっと早く案内してもらえていたらと思うぜ、ワハハハハ!」
これで遅れを相当早く取り戻せそうだった。
カミナも本来、破壊された以前のボディのままであったのならこのGPSの受信は不可能だった。
以前のボディには必要のない機能だったから、搭載されてなかったのだ。
しかし今のボディは最新型であり、KAMINAが先の事を予測して作り上げた物だ。
世界にKAMINA自身が承認される事も、その後の事も想定して新たな機能を新たなボディに与えていた。
だからずっと地球の復興を観測していたKAMINAは最新の世界地図の情報をカミナに与えていた。
これで『今現在の世界地図』がカミナには分かっていた。
順調に進んでいたルナ達の車は、既に山を越えて大きい道路に到達していた。
この辺りまで来ると充分に整備された道になっていたが、突然渋滞にハマってしまった。
それはホンの少し前に前方で想定外の事故が起こったからだ。
この事故はKAMINAにも予測出来なかった。
どうやら怪我人が出ている様だ。
KAMINAからの情報で救急車の手配は済んでいる事が確認出来た。
しかし問題があった。
車が迂回出来ない状況になっていたのだ。
「くっそ~、折角ここまで遅れを取り戻せたのに… 」
村正は焦っていた。
怪我人が出ている事も気掛かりだったが、かと言って怪我人を助けに行く訳にも行かない状況だ。
こうしている間にも隕石は地球に近付いているのだ。
しかし身動きすら取れない。
この状況にルナも焦っていた。
そもそもルナは怪我人を放っておける性格ではないのだから。
「カミナくん、私達が行ってカミナくんのナノコートで回復させてあげよう!」
ルナは妙案だと思いカミナに言った。
しかしカミナからは予想外の返事が帰って来た。
「それはダメです」
「え?… なんで?… 」
村正は黙って聞いていた。
「今のボク達の目的は一刻も早く種子島宇宙センターに到着する事です」
「それは分かってるわ!でも怪我人を放っておけないし、早く治してあげれば渋滞も解消するでしょう?」
「ルナさん、落ち着いて聞いてください。
ルナさんの気持ちはよく分かります。そのルナさんの性格のお陰でボクはルナさんに出逢えたんですから」
「だったら!」
「ルナさん!」
ルナは初めてカミナに強く言われビクッとして硬直した。
「ルナさん、いいですか?
確かにナノコートを使えば怪我人を苦痛から救う事が出来るでしょう。
だけどそんな奇跡の様な力を今、他の人に見られたらどうなると思いますか?」
ルナはハッとした。
確かにそんな事を他の人に見られたら大騒ぎになって余計な時間を取ってしまうのは火を見るより明らかだった。
しかも今迄カミナがナノコートを使っても問題にならなかったのは、それはカミナを見守って来たのがルナ達だったからだ。
良心的な科学者である天野教授やロストテクノロジーに対して理解のある櫻子、そして自分であったから問題にならなかったと言う偶然による幸いのお陰だった。
「それに怪我人を治しても車が移動しないと渋滞は解消されませんし、それ以上に時間を取られるでしょう。
それに怪我を治して喜ぶ人かは分かりません」
「え、どういう事…?」
「事故が起きれば警察も保険会社も動きます。お金が絡む事に対して人は善意だけで動くとは限りませんし、人と人がぶつかれば負の感情も生まれます…
下手な事に関わる時間はないんです」
「カミナくん… 私はKAMINAに人の善性を信じる様に教えたつもりだったのにどうして… 」
「確かにアシュはそうKAMINAに教えました。しかし宇宙を、地球を、人を観察し続けて来た結果は、『人は善性も悪性もある』と言う事です。
現にボク達が出逢ったきっかけは人の悪性によるものが原因でしたし、先日のガソリンスタンド爆破事件は人の悪性その物が原因です。
ボクの身体を失っただけでなく、ルナさんを危険に巻き込んでしまったばかりじゃないですか」
カミナの言う事は正論だったが、アシュの記憶を持つ今のルナには正直哀しかった…
「二人とも、ゆっくり話してる時間もねえし、二人の気持ちは俺が預かる」
じっと聞いていた村正が口を開いた。
「師匠… 」
「カミナ君の言ってる事は正しいが、怪我人を黙ってほっとく事なんて俺もルナも出来ねぇ。
だから二人はここで降りて徒歩で行け。
怪我人は俺が何とかする。そして渋滞が解消したらお前たちの後を追っかけるから。
追いついたらまた車に乗ればいいさ」
カミナもルナも決断した。
まったく動かなくなった車から三人は全員降りて事故現場の方へ歩きだした。
ルナ達は車に近付いて行ったが、想像以上に一台の車は損傷していた。
カミナは状況を見て内心 ' 愚かな連中だ… ' と思っていた。
数人の人達が既に怪我人を助ける為に降りていたのだが、近付けずに困っていた。
事故を起こした男達と車をぶつけられた被害者ドライバーが喧嘩に発展してしまってヒートアップしてしまっていたのだ。
どうやら女性が怪我をして車の中で救急車を待っている様子だった。
野次馬も集まり始めていた。
怒声をあげていた事故を起こした男達を見て村正は呆れた。
村正が他の人達に事故の原因を尋ねてみたら、理由はいわゆる『煽り運転』だった。
それに拠る事故、そして怪我人だった。
ルナとカミナはその村正と人だかりを横目にその場を離れようとしていた。
ルナは『色々と』心配したが、この場は村正に任せるしかなかった。
' 頼みます、師匠!'
村正は取り敢えずその喧嘩をしている連中を止める為に間に割って入って行ったが、簡単に収まる筈もなく村正にまで煽り運転をしていた連中は絡んで来た。
村正はそれは無視して煽り運転の被害者側のドライバーの男性に、怪我人をまず介抱する様に冷静に話した。
初めは興奮していた男性だったが、村正に促され落ち着きを取り戻し、急いで車の女性の所に向かった。
だが煽り運転をしていたドライバーの男とその仲間が三人。計四人が村正に詰め寄って来た。
相手がどんな人物か分からずイキがっている連中は怖いもの知らずである。
「何やおっさん!カッコつけたいんか!?おおっ!?」
村正はそう言う男の目の前の20cm程の距離まで近付いてみせた。
余りにも近い距離に寄ってきたので男は少し後ずさりしたが、他の三人が村正の周りを取り囲んだ。
「お前ら… 大概にしとけよ… 」
「ああんっ!? オッサンでしゃばりやがって… アホなんか?」
そして一旦後ずさりした男が逆に間合いを詰めて村正の襟首を掴んだ。
いや、掴もうとした瞬間に男は ' ガフッ! 'と喉を押さえて前屈みになった所に村正の前蹴りが鳩尾に入り、男はもんどり打ってひっくり返った。
この間わずか一秒程度。
野次馬は歓声をあげた。
村正の人差し指と親指を開いた拳の、中指の第二関節部が男の喉仏に入り、次の瞬間前蹴りが男の鳩尾に放たれたのだ。
村正は身体ごと振り返って三人を睨んだ。
するとその中の一人が、前に出て来た。
「… オッサンやるじゃん… 」
すると男はボクシングスタイルで構えてステップを踏み始めた。
「フン… 」
男はジャブを数発繰り出して来たが村正は構えもせずススッと最小限の動きで躱し、あまつさえ前に出た。
男はその動きに村正の強さを理解した。
男は少し距離を取り、そして他の二人に指示を出した。
「二人とも、このオッサンを両側から抑えろ!」
「馬鹿が… 」
村正は瞬間的に両手を顔の前に放り出す様に上げたかと思うと間合いを詰め、正面の男に足払いを掛けながら体勢を崩し、そのまま後ろ足を前足に引き寄せ足刀を近距離で喰らわせて吹っ飛ばした。
男はガードレールのワイヤーにぶつかりその外側の土手にひっくり返った。
そして振り返り二人を見た。
「まだやるか?」
二人は首を横に振り、「す、すんませんでした… 」と二人で吹っ飛ばされた仲間の所に逃げるように駆け寄って行った。
野次馬は「オオーッ!」と歓声をあげたが、村正はヤレヤレと頭を搔きながら警察に事情を説明する必要があるなと考えていた。
しかし野次馬の一人の若者が一部始終を携帯端末で動画に収めていて、『心配いりませんよ!』と動画を村正に見せる為に近付いて来た。
その動画を見て相手が先に手を出したのが映っている事を確認した。
何とかなりそうなので村正は安心した。
実際はカミナの能力でその辺の事は全く心配なかったのだが… 。
そしてその若者はそれをSNSに投稿していた。
『スゲェ!煽り運転が原因の喧嘩に、突然現れたおっちゃんが煽り運転の連中を瞬殺!強ぇっ!』
その動画付きのSNSの記事にはどんどん『イイネ』がついて行った。
その投稿を村正の門下生達が目にするのに大した時間は掛からなかった。
その間、既ににルナとカミナは現場を離れていた。
遠くから救急車の音が聞こえていた。
ルナは怪我人が無事である事と、村正が早く追い付いてくれる事を祈った。
「ルナさん、SNSに村正範士の活躍がアップされてる様ですよ」
歩きながらカミナはルナに教えた。
そのカミナの言い様から、村正がひと暴れした事は容易に想像が着いた。
そして世界のネットワークは全てKAMINAの監視下にある事も。
二人は混雑を避けた道路まで来ていた。
そしてタクシーを拾う事にした。
「カミナくん… でも私そんなにお金持って無いよ?」
「ああ、お金の事は心配ないですよ。天照がボクらの行動に必要なお金は国の経費として落ちる様に提案していて、それも認可されてますから」
そう言って微笑んだ。
「それから、既にNEO JAXAの打ち上げ予定のロケットですが、ボクらが乗れる様に改造が始まってます」
「… もはや何でもアリなのね」
ルナは苦笑いするしかなかった。
「でも元々探査機を載せるだけのロケットをそんな改造出来るの?長時間耐えられないと思うんだけど… 」
「それも心配要りません。ロケットは探査機の代わりに予定の場所でボクらを放出するだけなので。そこに既に別便の迎えが待機する様にしてあります!」
「な、なるほどね… アハハ… 」
ルナはKAMINAの手回しの良さに流石と言うしかなかった。
そんな話をしていると、停めてもいないのにタクシーがルナ達の目の前に止停まった。
「待ってるのもなんなので呼びました」
カミナは笑顔でルナが尋ねる前に説明した。
' 今の時代に突然量子コンピューターの本領を発揮されると、ほとんど超能力ね… '
タクシーのドアが開くと、運転士が声を掛けて来た。
「お待たせしました。灰月さんですか?」
「あ、ハイ!灰月です!」
ルナは少し声をうわずらせながら答えた。
早速乗り込んだ二人。ルナは、運転士に行先を告げようとしたら、「種子島宇宙センターですよね?いやぁ、ちょっと遠いですがごゆるりとなさってください。コンビニ休憩とかも仰ってくださいね」
運転士は上機嫌だった。
この二人の為に貸切で代金も既に国から振り込まれているのだから、タクシーの運転士としては事故さえ起こさなければ気楽なものである。
この役割を回された時、ラッキーだと彼は思った。
「で、お客さんは種子島宇宙センターへはお仕事ですか?」
「え?えぇ、まぁそんな所です… 」
' 巨大隕石がまた地球に向かっているって言うのに…
まだ一般人の危機感なんかこんな物なのかも知れないわね… まぁその方が混乱しなくていいけど '
ルナはこのおしゃべりが好きそうな運転士の相手を到着する迄どうするか、ちょっと悩んだ。
そしてカミナが少し変化している事も気になっていた。
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