~3. 接触

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~3. 接触

西暦の頃、インターネットの普及率はほぼ100%に達していた。 有線ネットワークも存在していたが殆どが無線ネットワークになっていた。 それも超大容量高速通信が実現しており、ルナの生きるNE 0049では未だ過去のそれに届かない。 月詠は本来在ったマザーコンピュータの補助コンピュータだ。 そのマザーコンピュータとの通信は量子ネットワークによる量子通信で行われていた。 そのマザーコンピュータは量子コンピュータ『天照』AMATERASUと呼ばれていた。 しかしその天照は今は存在しない。過去の『月の涙事件』の際に失われたと言われている。 月詠は天照とは別の場所に在った為、難を逃れたと言う事だ。 その時代、世界のシステムは旧世紀とは根本から変わっていた。 各国が量子コンピュータの開発競走に躍起になっていたそんな時代だった。 そして遂に人類は完全な量子コンピュータの開発に成功した。 ただ完璧な量子コンピュータと言っても様々な事象のデータから最適な答えを導き出す事に特化しており、情報収集などは当時世界最高のスパコンだった月詠の仕事だったのだ。 その量子コンピュータとスパコンの相互補完と言う組み合わせが世界に広まった事により、世界中の量子コンピュータ、スパコンが量子ネットワークで繋がった。 それがもたらした物は、それ迄の人類の社会システムの終焉であった。 民主主義、社会主義、共産主義、独裁、全てのシステムが終わりを告げ、民意を汲み取る為の議員や議会は存続したが、その国の人々が最大の利益を得られる様にスパコンに民意や世界情勢などの情報が集まり、量子コンピュータが実現する為の最適解を出す。 その量子コンピュータが世界中の量子コンピュータと量子ネットワークで繋がっていた。 故に各国家の文化やポリシーはその国のスパコンが保護しながら、量子コンピュータが世界中の状況と擦り合わせを行い最適解を導き出し、それに拠って治世が行われる様になった事で、緩やかに世界は統一され協力関係を結び、人類は大きな発展を遂げた。 勿論そこに到る迄には、権力を持つ人間のエゴに拠る抵抗はあった。 しかし量子コンピュータがもたらす情報により、それらは苦もなく駆逐されていった。 世界は平和と発展を謳歌する様になっていた。 『月の涙事件』が起こる迄は…… ~. 「西谷君、力を貸してもらえるかね?」 天野は西谷にカミナの修理の為の協力を要請した。 「分かりました。可能な限りお手伝いさせて頂きます。しかし一つ問題が…… 」 「分かっているよ、藤村教授の許可だろう?」 「はい……」 藤村 規夫考古科学教授。 西谷の恩師であり、西谷の父の共同研究者、だった。 西谷 櫻子がまだ17歳だった高校時代。 西谷の父、西谷 毅と藤村 規夫は日本の量子コンピュータ『天照』の発掘調査を行っていた。 藤村と西谷の父は長い友人であり、戦友であり、気の置けない間柄だった。 西谷の自宅にも良く遊びに来たり、そこで議論を戦わせたりしているのを櫻子も見て育った。 藤村も櫻子が生まれた時から知っている。 櫻子はだから父と藤村と一緒に考古科学の研究者としてやって行きたいと思っていた。 8年前の『天照』発掘調査の際は夏休みを利用して櫻子も発掘調査に参加させてもらっていた。 場所は伊勢神宮の近くの一宇田展望台に近い高台だった。 『月の涙事件』で被害を受けた天照は、そこには埋まっている筈だった。 その天照に近付いた場所で藤村と父は崩落事故に遭った…… 狭い中へと入って行く必要があった為、櫻子は外で待たされていた為、事故に巻き込まれず助かったのだが、藤村は重傷を負い、父は帰らぬ人となった…… 櫻子は父の遺志を継いで今藤村の研究室に居る。 事故から四年後、宮崎県高千穂峡の傍に在った『月詠』を発見。長い年月が経過していたにも関わらず、月詠はナノコートのお陰で綺麗な状態で発見された。 ただ量子ネットワーク先の天照を失った事と、永い間太陽光の恩恵を受ける事が出来なくなった為に休眠状態に入っていたのだ。 そしてNE 0045 月詠は発見され、その後藤村研究室が月詠の施設に在った量子ネットワークシステムと、万が一の時の保守施設の中から必要資材を発見した事で試験的に藤村研究室のコンピュータと月詠は量子ネットワークに拠る接続を果たした。 その月詠の発見と量子ネットワークの再構築に成功した事で藤や村は時の人となった。 そのサポートをしていたのは当時まだ大学生だった櫻子だ。 藤村は櫻子を信頼していたし、また負い目もあって櫻子に特に目を掛けていた。 ただ、事故当時の事を藤村は記憶が無いと言って父の最期について話してくれた事はない…… それが西谷 櫻子の忘れられない過去だった。 「彼の量子ネットワークの破損状態を詳しく調べる必要がありますが、研究室から材料を外へ持ち出すには藤村教授の許可が必要です…… 」 研究に関する事を外に持ち出す事はどの研究室でもナーバスになるのだが、藤村は特に神経質だった。 だから西谷の顔も不安気だったのだ。 「うむ、当然そうだろうね。理由を話してもねぇ… なんせカミナ君はロストテクノロジーの塊だ。つまり私の研究分野ではなく、藤村教授が絶対に欲しがる内容だからね」 天野は藤村の事をよく理解していた。 「まずはカミナ君、この中身を取り外して調べなきゃならんのだが、取り外す事は可能かね?」 天野はカミナに尋ねた。 「少し待って下さい。試した事はありませんが可能だと思います」 そう言ってカミナは目を閉じた。 ルナは少し不安な面持ちでカミナを見ていた。 するとカミナの問題の破損箇所のBOXの上下のBOX部の各々が少し上下に移動し隙間を作り、BOX部のサイドにある板状の部分が可動して連結すると、破損したBOXだけが手前にせり出し取り外せる様になった。 天野も西谷もルナも目を丸くしてその様子を見ていた。 「大した仕掛けだな… 」 天野は舌を巻いた。 西谷も目が釘付け状態だった。 「カミナくん… 」 ルナはあまりにも自分の知識、経験と掛け離れた目の前の状況に唖然とするしかなかった。 「天野教授、取り外し可能になりました。手で引き抜けます」 我に返った天野は「うむ」とその変形したBOXをスライドさせる様に引き出すと、BOXの裏側にはプラグが刺さっていた。 「これは外しても良いかね?」 「はい、大丈夫です」 カミナの了解を得た天野はそのプラグをカチッと外した。 「では少し待っててくれ」 そう言ってそのBOXをデスクに置くとライトを点けた。 するとその灯りに反応する様にBOXは自動で上下左右に展開した。 まるで ' 修理して下さい ' と言わんばかりだ。 ' まさか意思があるのか? ' そんな様子だった。 中身を取り上げると裏には接続端子の受け口が有り、表には天野の良く知る基盤も有ったが、良く分からない丸いドーム部は横に大きく割れ、破損して隙間が出来ていた。 「ふむ…… 西谷君も見てくれ」と席を立つと西谷も 「拝見します」と椅子に座ってそれを見た。 「どうかね?」 天野が意見を求めた。 「はい、これは運が良かったと思います!」 西谷は少し笑みを浮かべて天野を見た。 「と、言うと?簡単に治りそうと言う事かね?」 「はい、まずこの破損している半ドーム状の物体ですが、これはちょっと私も信じられませんが、間違いなく量子通信を行う為の素子で出来た物質です。外部からの打撃で割れていますが、幸いな事に破損した欠片もこのBOXの中に全て在ります。これであれば私の研究室から持ち出す物は必要ありません!」 西谷は自信たっぷりに笑顔を見せた。 「確かにそうだが、この不明な素材をくっつける為の物が研究室にあるかな…… 」 「あ… カミナくんの髪の毛…… 」 ルナは思わず口にした。 「そうか!」 天野も手を思わず打った。 「そうです。簡単な立体パズルを組み合わせて、カミナ君のナノコートを使えばこれなら直ぐに治ります!」 西谷は自信があった。 月詠の施設で量子ネットワークのシステムの上に在った天井が落盤していてその直撃を受けた筈の部品が傷一つ着いてなかった事を発見した時に様々な検証をした結果、ナノコートに拠る自動修復が働いたものとの結論が出ていたからだ。 「カミナくん、大丈夫かな?」 ルナはやや心配そうに尋ねた。 「やった事はないですが、状況を聞いている限り可能性はあると思います」 カミナも明るい声で答えた。 「そうと分かれば、私はその破損した欠片を組み合わせて行こう。一つ一つを合わせる度にカミナ君の髪の毛を1本ずつ馴染ませてみよう。ルナ君はこのBOXの修正を頼むよ」 ルナは苦笑いしながらも ' 確かに私にはそれが一番出来そうな仕事かも… ' そう思った。 ' だって整備屋だもんね、ウチ ' 西谷は天野の補助をしながら作業を進める事約10分。 無事に予定通りに仕上がった。 ルナは感嘆の声を上げたが、問題はこれが正常に作動するかだ。 綺麗なBOXの状態に戻ったそれを天野はカミナのそこに戻す為に外したプラグをカチッと接続した。 ' このプラグの先はどこに繋がってるのだろう… ' そんな事を考えながらBOXを元の位置にセットした。 BOXは先程とは逆の動作で元に戻って行った。 そして骨格部分、筋繊維部分、皮膚と綺麗に閉じて行く。 継ぎ目など全く見えない綺麗な人間の皮膚、背中と変わらない状態に戻った。 「では、今の回路を起動します」 静かにカミナはそう言って目を閉じた。 それと時を同じくして、目を覚ました人物が居た…… カミナの頭に声が聞こえた…… 『 待っていた…… この瞬間を…… お帰り、カミナ… 』
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