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~6. 光と影
西谷は涙で頬を濡らしていた…
当時の事情を知るルナにとっては西谷の気持ちを察するに余りある事だ。
西谷 櫻子にとって藤村は大好きだった父の親友であり、櫻子の事だって生まれた時から知っているのだ。
櫻子は父親同様に藤村の事を尊敬していた。
そして櫻子の父、毅が事故死した時に藤村も一緒に事故に巻き込まれた被害者であり、その傷の為に今も事故直前の記憶を失っている… 筈だった。
櫻子は父の遺志を継ぎ、藤村と一緒にいつか『天照』を再び発掘し調査をする事を目標に藤村研究室に入って研究を続けて来たのだ。
その藤村が実は父親の死の原因を作った上に、失くした筈の記憶も実は覚えていると言うのだ…
そして自分の目標である『天照』が実は秘かに可動している…
衝撃を受けない訳がない。
「西谷先輩…… 」
ルナは目を腫らした西谷を見て掛ける言葉が無かった。
「西谷さん… 辛い話をして済みません…しかし間もなく必要となる天照を任せるのは藤村教授ではなく、西谷さんであるべきだと思うのです 」
カミナは西谷に告げた。
「……カミナ君、藤村教授が記憶を失っていないと言うのは何故分かるの?……」
「… 藤村教授の私用のPCに、彼が天照の再調査の時の為に事故の時の記録を詳細に残しています。
記憶を失っているのならば書けない事です。それは彼が事故後に入院していた際に病室で記録した物です。
しかも再調査の時の為に対応策を現在も考察している記録が在ります」
「藤村教授の私用PCをハックしたの!?」
「ボクらにとってロックなど無いのと同じです。
先程ボクのリンクが復旧した際に世界中のPCから重要な情報は取捨選択して記録されました。
敢えてハッキングしようと試みた訳ではありません」
「…世界中のPCから…ですって…?」
「はい」
西谷は勿論ルナも言葉が出ない…
カミナが停止していた様に見えた時間は約2分足らずだった。
その僅かな間に『世界中のPC』…
それには月詠も含まれている。
つまり本当に世界中のコンピュータからデータを受け取り、取捨選択して重要な情報だけ記憶したと言うのだから。
' そんなとんでもない情報量を彼の身体の中に記憶していると言うの?… '
ルナの常識が全く通用しなかった。
西谷も同様だった。
「カミナ君は、そんな膨大なデータをあの短時間で処理してその小さな身体に保存していると言うの?」
西谷は信じられない様子で聞いた。
「ボクの中にそんな大それた真似が出来る頭脳も記憶装置もありませんよ。データは単純にクラウドに保存してあるだけです」
「あ…… 」
二人は納得した。しかしすぐに別の疑問が浮かんだ。
今度はルナが質問した。
「カミナくん… 君のマザーコンピュータは何処にあるの?そこにクラウド出来る記憶装置もあるって事だよね?」
「……ルナさん、ボクは嘘をつけませんが 今はそれをお話し出来るタイミングにありません… 」
「タイミングって何よ!?」
ルナは顔をしかめた。
「それについては今はお話し出来ませんが、確証を得たらお話しします」
カミナは謎めいた事を口にした。
' 確証?一体何の '
『キーン…コーン…… 』
昼休みの終わる鐘がなり始めた。
西谷が急ぐ様にカミナに尋ねた。
「カミナ君、貴方の言ってる事が事実だと証明出来る物はあるかしら?」
カミナは少し考えて言った。
「アルファベットで『kowashi0041』… 藤村教授のPCのファイル『調査』のパスワードです」
' 父の名前と事故のあった暦… '
「西谷さん、でも自制心を忘れないで下さい… 」
カミナは西谷の眼をじっと見て言った。
「… ご忠告、感謝するわ… じゃ、もう行くわね。灰月もありがとう」
そう言うと西谷はクルッと背中を向けて早歩きで自分の研究室の方へ去って行った…
ルナは西谷が向けた背中に影を見た気がした。
「西谷先輩… 泣いてる… 」
ルナは心が痛んだ。
' カミナくんは心が痛んだりは… 流石にしないよね… '
そう思ってカミナの顔を振り返ると、
今朝まで能天気な表情しか見せてなかったカミナの顔は、明らかに不安そうな顔をしていた。
「… カミナくんも西谷先輩を心配してるの?」
「勿論ですよ… ルナさん… 西谷さんは大切な人を今また失ったんですから… 」
カミナの意外な返事にルナは少し驚いた。
' カミナくんは急激に人間らしく成長してる。
マザーコンピュータに繋がっただけでこんなに変化するなんて…
これがロストテクノロジーの力なの?… '
「ルナさん、ボクらもそろそろ研究室に戻った方が良いと思うのですが… 」
不意にルナは現実に引き戻された。
「あっ いけない!カミナくん、走るわよ!」
慌ててルナは走り出した。
カミナはクスッと笑ってルナの後を追った。
~.
ルナは息を切らせて研究室へ入った。
カミナは静かにルナの後ろに立っている。
「すみません遅れました!」
「構わんよ、大事な話だったんだろう?」
' 天野教授やっさし〜! '
「じゃ、その大事な話はレポートで提出してね、明日までに」
「えっ レポートですかあっ!?」
ルナの慌てふためく様子を見て天野は笑った。
「冗談だよ~ アッハッハッハッ!」
天野は悪戯っぽく笑った。
「教授 心臓に悪いですよぉ… 」
ルナは口を尖らせる。
「私もそんなに我慢強くないのでね、君がレポートを出すのを待つより話を聞かせてくれないか?可能な範囲で良いから」
「そういう事でしたら…」
ルナはホッとした顔をしたが、『可能な範囲』で話すとなると一体何処から話して良いか困ってしまった。
「ボクからお話しさせて頂いた方が宜しいと思うのですが」
カミナが申し出た。
「うん、そうだね。灰月君には荷が重かろう」
ルナは苦笑いするしかない。
カミナは西谷との会話を話し始めた。
~.
カミナが天野に伝えた内容は、西谷 毅の死の真相を除き、月詠とのアクセスにより天照が現在も可動している事。
自らが世界中の必要な情報を得た事。
それらのデータはクラウドで保存している事などだ。
今は話せない事柄については正直にその旨を伝えた。
天野はそれで了承する大人だった。
無理強いしても良い結果を得られない事を知っているからだ。
天野は一通り話を聞いてから二人に話した。
「カミナ君、蓄積された情報も大事だが実際に自分の目で見たり体験する事の方が得られる物が多いのが世の中だ。
幸い灰月君は色々やっているからね。今から ほら灰月君。カミナ君の見聞を広める為に色々と連れて行ってあげなさい」
「え!?い、今からですか??」
「うむ、今日は私も予定キャンセルしてしまったし、カミナ君の身体を見たり話を聞いたりして、自分なりに調べてみたい事も出来たしねぇ。
灰月君は今日はカミナ君とデートして来なさい」
天野は笑って言った。
「デ、デートだなんて、ねぇ!カミナくん?」
急に天野にそんな事を言われてルナは顔を赤らめた。
「ルナさんが良ければ是非!」
カミナは目をキラキラさせながらルナを見つめていた。
「……もうっ…」
ルナは諦めて天野の言葉に従って、カミナの希望に沿うことにした。
「はぁ…… じゃあ出掛けるわよ!」
天野は二人に光を見る想いだった。
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