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~9. 櫻子を導く者
西谷 櫻子は高速鉄道の列車内に居た。
朝から出発して約5時間。間もなく目的地の最寄り駅である五十鈴川駅に到着する。
' 父さん…… 藤村教授… 藤村先生は今もあの時の真相を黙っているわ…
本当は記憶は失くしていないと言うのに… '
カミナから話を聞かされた時は平静を装っていたが、実際は櫻子は気が動転していたし頭の中には ' 何故?' と言う疑問と悲しみが渦巻いていた。
一日が経ち、今この列車に揺られている間もそれは変わらない。
子供の頃から藤村を知っている櫻子は、あの事故の後に藤村が怪我を治して父の後任として研究室を引き継いだ後、周囲の推薦もあって九統大の考古科学学科を受験し、合格した。
父の遺志を継ごうと決めて、それからずっと師事している。
大学に入ってからだけでも既に7年も付き合いがあるのだ。
幼い頃に遊んでもらった記憶も沢山ある櫻子にとって藤村は大切な恩師だ。
その藤村と櫻子は、大学に入ってから月詠の調査の成果として、藤村研究室のコンピュータと量子ネットワークの接続に成功。
ロストテクノロジー復元の第一歩を成功させた藤村は一時世界的に名前を知られた。
それにより藤村教授の所で研究したいと言う学生も増えたのだ。
櫻子は藤村の傍で手伝えた事を誇りに思っていた。
現在も月詠の更なる研究や他の補助演算システムの調査、新たなコンピュータの構築、量子ネットワークの解析等多岐に渡る分野を研究していた。
しかし…
' 藤村先生はあの事故以降、天照の研究について口にしなくなった… '
藤村研究室に対しては、月詠の件で有名になった事もあり研究予算も増額された。
櫻子はもちろん他の研究員や学生までもが天照の再調査を藤村に進言していたが、藤村は動かなかった。
『当時の記憶を失っている事と、天照の事を考えようとすると恐怖で混乱する』と言うのが藤村の話だった。
周りはPTSD(心的外傷後ストレス障害)なのだと思いそれ以降藤村研究室内で天照の話はタブーになっていた。
しかしその一方、対外的には未だに天照の調査権は藤村研究室が保持している。
それは藤村が『月詠』を押さえていたからだ。
だから櫻子は天照の調査が出来ない状況にもどかしい思いがあった。
しかし『父さんの遺志を継ぐ』と言う想いと同時に藤村教授のPTSDを慮って我慢していたのだ。
それなのに……
' 藤村先生は記憶を失ってないのに事故の真相を隠し、嘘を吐いていながら独りで天照の再調査をずっと検討している… どうしてなの?'
櫻子はおもむろに携帯端末を肩掛けのトートバッグから取り出した。
端末を操作すると映像が映し出された。
映像は研究室に仕掛けたカメラの映像だった。
長く録画されて居るが、思惑通り藤村が自分のPCを取り出し準備を始めるシーンを見つけ、そこから再生した。
藤村はPCを準備したが、その前に手紙を読み始めた。
櫻子が藤村宛に託した手紙だった。
櫻子の端末に映し出されている映像に音声は無いが、ズームしたり多少角度を変えたり出来る為様子が良く分かる。
手紙を読む藤村からは焦り始めた様子が窺えた。
読み終えた手紙を慌てて胸ポケットに捩じ込んでいた。
その後急いでPCを起動させる姿が続く。
櫻子は画面をズームさせた。
起動パスワードを打ち込み起動画面が開く。
いくつかファイルを開いている…
櫻子はスロー再生にした。
そして画面を停止させた。
' 『調査 』! 本当に調査ファイルが存在してるわ!'
次に藤村がスロー再生でパスワードを入力する姿が……
『k』,『o』,『w』,『a』,『s』,『h』,『i』,『0』,『0』,『4』,『1』…
『kowashi0041』
' … カミナ君の言った通りだわ…… '
カミナが櫻子に伝えた藤村の疑惑の証明…
カメラではファイルの中身までは確認出来ないが、状況からしてカミナは嘘を言っていないと考えるのが自然だった。
' 藤村先生は一体何をやろうとしてるの?… カミナ君は藤村先生ではなく、私に天照を任せたいと言っていたけれど、それは何故なの?… '
櫻子には謎だらけだった。
その謎を解く鍵はやはりあの忌わしい場所に行くしかないと櫻子の直感が言っていた。
それが今櫻子がここに居る理由だった。
櫻子は独りであの場所に行って何が出来る訳でも無い事は良く理解していた。
調査の為の道具すら無いのにあの瓦礫の調査現場に一人で行った所で中に入る事すら無理だろう。
しかし櫻子は動かずに居られなかった。
~.
櫻子は五十鈴川駅に降り立った。
取り敢えずタクシーで一宇田展望台に向かう予定だ。
「ピロン♪」
そこに櫻子の携帯端末の通知音が鳴った。
' ん? メール?… " from KAMINA "… '
「 …… カミナ君!?」
櫻子は驚いてメールを開いた。
" 西谷さん、一宇田の調査現場に行っても何もありません。その調査現場は藤村教授の手で既に破壊されています "
「破壊!? 藤村先生が破壊したと言うの?!」
その文章の出だしで驚愕したが、メールには続きがあった。
" けれど西谷さん心配は要りません。ボクが言う所に行って下さい。
場所は… 『伊勢神宮の内宮』です 。
受付で名前を告げて下さい。『天照』本体まで案内してくれますから… "
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