~10. 『天照』起動

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~10. 『天照』起動

櫻子はカミナのメールに従いタクシーで伊勢神宮に向かっていた。 櫻子にとってカミナの能力は未知数だったが、カミナがメールして来た事で自分の行動や思考を把握されている事は間違いないと考えていた。 しかし元々伊勢神宮に行く予定では無かった為、万が一を考えて衣料品店に立ち寄って取り敢えずのレディーススーツを購入し着替えて来た。 それが参拝する際のマナーだからだ。 だからこれはカミナを信じての行動でもあった。 ' 藤村先生があの場所を知らない間に破壊していた… どういう事なの?… それに私を『天照』本体に案内してくれるって… ' 「ううん!」 櫻子は頭を横に振って前を向いた。 ' 今考えてもしかたがないわ。とにかく行くだけよ!' しばらくして伊勢神宮に到着した。大昔から参拝客は多かったそうだが今日も変わらず駐車場にも参拝客は多かった。 タクシーを降りて辺りを見渡す。 ' 本来なら外宮から参拝するのが筋なんだけど… 今日は参拝目的じゃないから… ' 考古科学の研究者と言っても普通に歴史も学んで来た櫻子にとってはやはり伊勢神宮は特別な意味を持つ。 それに父との思い出の場所でもあった。 「8年…いえ、9年振りね… 」 櫻子は8年前の事故の前年に父と伊勢神宮に訪れていた。 その時は父に連れられ泊まりがけで来ていて、ならわしに従って外宮から参拝した。 外宮を参拝した後、「明日内宮を参拝する前に」と旅館で父から色々と話を聞かされたのを思い出していた。 ' そう、あの時も10月に訪れたんだったわ… あの年は76回目の式年遷宮の最後の年だったから伊勢神宮は行事がとても多かった… 20年に一度、長い歴史の中で建て替えが行われる内宮こと皇大神宮最大のお祭り。 月の涙事件以降も絶える事なく太古の昔から続けられた行事に、父さんも奇跡的だと言っていたわ… ' 櫻子の父、西谷 毅は翌年に控えていた『天照』の調査の許可が降りた事の感謝を報告する為に参拝に来ていたのだ。 「ピロン♪」 ' from KAMINA ' 再びカミナからのメールだった。 「参宮案内所で西谷さんの名前とボクの案内で来たと伝えて下さい」 櫻子は五十鈴川に架かる宇治橋の鳥居の傍にある案内所に言って、指示された通りに伝えた。 すると「少々お待ち下さい。衛士がご案内致します」と言われた。 直ぐに衛士が櫻子の所に来た。 初老の頃を迎えていると思われる衛士は「此方へどうぞ。ご案内致します」と櫻子を案内してくれた。 宇治橋鳥居をくぐり、宇治橋を渡る。 多くの人が行き交う宇治橋の上でも五十鈴川を渡っていると明らかに別世界の入口と言う感じだ。 橋を渡り川に沿って右に向かう。 「まずは御手洗場で御手を清められて下さい」 衛士の言葉に頷く。 「私も長くこの仕事をしてますが… 」 衛士が話し始めた。 「このご案内業務が私に回って来るとは思ってませんでした」 衛士は照れ笑いしながら櫻子に話した。 「… この案内業務、ですか?… 」 櫻子は不思議に思い聞き返した。 「はい… 歴代ずっと、私がこの仕事に就く前からこの案内業務についての説明だけはあったのですが今迄誰もこの案内業務の指示を受けた人は居ないんですよ」 櫻子は衛士の少し誇らしげな顔を見てちょっと安心した。 ' なんで案内を自分がしなきゃならないんだ?って考えてるのかと思ったけど… どうも名誉な事みたいね… ' 「あの… 案内して頂く場所には何があるかご存知なんですか?」 「え?… いやぁそれが私も知らないんですよ」 今度は苦笑いしながら衛士は答えた。 「ただ『指示された人物を案内すること』ってだけの案内業務なんですが、昔から引き継ぎだけはしてると言う謎の業務命令だったんです… 」 「御手洗場の後はどちらに案内して頂けるんでしょうか?」 「え?貴女はご存知じゃないんですか?… これは不思議ですねぇ… ま、ご案内する場所は御正宮 (ごしょうぐう)です」 「!」 櫻子は思考を巡らせた。 ' カミナ君は『天照』本体に案内するってメールで送って来た… それが本当なら皇大神宮なのは納得出来るわ… でも正宮は写真撮影すら規制されてるし御神体『八咫鏡』がある場所なのよ… 歴代の天皇ですら実物を見た事がないと言われている神器が祀られている場所なのよ?' そんな事を考えている間に御手洗場に到着した。 櫻子と衛士は手を清め、正宮に向かった。 ' 取り敢えずスーツを買って来て正解だったわ… ' 正宮は正装、またはそれに準ずる服装でないと入る事すら許されない神域だからだ。 ~. 衛士は櫻子を正宮の鳥居がある階段の所まで案内してくれた。 鳥居の所には『神職』と思われる人が待っていて、櫻子に丁寧にお辞儀をした。 櫻子もお辞儀をして階段を登り神職の前で再度お辞儀をし、名乗った。 「初めまして 西谷 櫻子と申します」 「初めまして、大宮司を務めさせて頂いている鷹池と申します。貴女が天照大御神に導かれたお方ですね」 櫻子はギョッとなった。 ' 大宮司!?そんな偉い方が!それに『天照大御神に導かれた』?私が??' 『大宮司』とは簡単に言えば伊勢神宮のNo.2である。トップの祭主が出迎えていたら櫻子は登った階段から落ちていたかも知れない。 「い、いえいえ滅相もないことです、宜しくお願いします!」 櫻子は冷や汗をかいてしまった。 鷹池は微笑んで正宮の中へ櫻子を案内した。 櫻子は予想外の事で参拝の作法も頭からぶっ飛んでいたが、そそくさと大宮司の後を着いて行った。 『板垣南御門』を入り『南宿衛屋』で神職の方に荷物を預け、お祓いを受けた。 そこから脇道を通り脇門から入り『中重鳥居』前まで案内された。 ' 普通は一般人では特別な人しかこんな所まで入れないわ… ' この先は完全な天照大御神の『神域』だ。 大宮司は櫻子を「こちらです」と『四丈殿』に案内された。 当然櫻子にとって未体験ゾーンだ。 緊張して四丈殿の中に入るとその中央まで連れて来られた。 「ここから先は私も行けません。西谷様が天照大御神のお導きでここに立たれたのであれば道が拓かれるでしょう」 「え?鷹池さん!?」 「私は外でお待ちしております」 そう言うと鷹池は櫻子を残し四丈殿を出て行った。 ' まさか伝承の日が来ようとは… しかし本当に道が拓かれるのだろうか?… ' 鷹池は外で待ちながらも中の様子に興味を持った。 しばらくして微振動が鷹池にも感じられた。 そっと中を覗いて見ると、櫻子の姿は消えていた。 ' …… 本当に道が開かれたようだ… ' スーッと頭を引っ込めた鷹池は子供の様にワクワクする気持ちを感じていた。 ~. 四丈殿の中央で櫻子は呆然としたが、自分を中心に直径2m程の円が描かれたかと思ったら、四丈殿の床が左右にスライドする様に開き始めた。 「え?え?」 たじろぐ櫻子を無視して北側に向かって地下への階段が現れた。 足元を左右のライトが照らし、櫻子を導く様に順番に点灯していった。 ' この先へ進めって事よね… ' 不安と興奮が心に拡がるのを感じた。 櫻子は誰かに、背中を押される様に緩やかな階段を進んで行くと、頭上に開いていた床が静かに閉じた。 その階段を櫻子の体感で100m程進んだだろうか。 薄暗い部屋で行き止まりになった。 ' ここに天照の本体があると言うの?' 部屋の明かりがスーッと明るくなった。 すると櫻子の前方にスクリーンが映し出された。 〜. 同時刻… 藤村研究室のメインコンピュータが月詠の突然の稼働を確認していた。 突然の事態に藤村教授をはじめ研究員達はバタバタと確認作業に追われていた。 「まったく!昨日と言い今日と言い、一体何が起こってるんだ!?」 研究員の一人が声を荒らげる。 月詠と量子ネットワークで繋がってからこんな反応は初めての事だったし、昨日も短時間とは言え突然起動したPC達の騒動も原因不明だった。 その為に休みだった者も研究室に出て来ているのだ。 ましてや量子暗号を用いているコンピュータをハッキングされる訳もなく、突然の月詠の稼働に反応しているメインコンピュータに対して解析しようと試みても全て跳ね返されるのだから、それは当然の反応である。 しかしモニターに表示される文字に藤村教授だけは反応していた。 「ま、まさか櫻子の仕業なのか……?」 藤村の顔は青ざめていた。 〜. 櫻子の前に映し出されたスクリーンには突然文字が表示され出した。 『プログラム オモイカネ 起動』 『アマテラス 再起動 シークエンス タヂカラオ 進行中』 『システム ヤタノカガミ 発動』 矢継ぎ早に表示される文字を見て、櫻子は『天照』が再起動しようとしているのを実感していた。 そしてスクリーン前の床が円形の輝きを放ち始めた。 『天照再起動認定実行者はヤタノカガミの上に立って下さい』 櫻子は目の前の円形の輝きの上に立った。 ' きっとこれが八咫鏡なんだわ… ' すると櫻子の全身を走査線が幾重にも走った。 ' 生体認証してるのかしら… ' 『天照再起動認定実行者 西谷 櫻子 確認完了』 ' どうして私の名前まで分かるの??' その疑問の答えが出るのを待たず、天井から何か入ったケースが櫻子の前まで降りて来た。 そしてケースが開くとそこには美しく光が変化する勾玉があった。 『西谷 櫻子はヤサカニノマガタマを装着して下さい』 「え!これが八尺瓊勾玉なの!?」 恐る恐る手を伸ばしその勾玉を手に取ると、それはそれ自体が発光し色調を変化させていた。 「さ、流石に本物の三種の神器じゃないわよね?… 」 櫻子は声も手も震えていたが、勾玉を見ているとスルッと輪になった紐状の物が手から溢れ落ちた。 「これは…… カミナ君の髪の毛にそっくりだわ… 」 その紐状の物は明らかに首に掛ける為の物と判別出来たが、その色味に見覚えがあった。 太さは全く違ったが、それはナノコートとして働くカミナの髪の毛と同様の素材だった。 櫻子はその「八尺瓊勾玉」のペンダントを首に掛けた。 すると首に掛かった紐状の物はスーッと身体に溶ける様に消えて、勾玉は一旦強く輝いて静かに光るのを止めた。 『天照再起動認定実行者 西谷 櫻子をロック』 『天照 再起動』 その表示と共に全面の壁が透き通り、内部にある球体の物体が辺りを照らす様に輝いて動き始めたのが分かった。 「量子コンピュータ…『天照』が本当に起動した… 」 そこにはそれを『量子コンピュータ』とも『天照』とも書いて無かったが、櫻子と一体化した八尺瓊勾玉が、それを櫻子に実感として認識させていた。 ここに月の涙事件以降、世界初の量子コンピュータの完全再稼働が実現した。 藤村研究室でも『天照』の再起動及び再稼働の情報がPC上に表示されていた。 研究員達は大騒ぎだったが、藤村教授だけは頭を抱えていた。 「何故だ… 何故再起動認定実行者の名前だけ表示されなかった!?… 櫻子の可能性は高いが… それに何なんだ!?私が、私達が見つけた一宇田のAMATERASUは一体何なんだ!? ……私が壊したアレは何だったんだよ… 西谷…… 」 そして『KAMINA』と『カミナ』の計画が次の段階に入った。
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