〜11. 藤村教授の苦悩

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〜11. 藤村教授の苦悩

藤村 規夫と櫻子の父である西谷 毅は大学で知り合った。 共に学業成績優秀で、目指す物、望む事も共通することが多く、二人が意気投合して友になるのに長い時間は必要なかった。 西暦から新星暦を迎える事を体験した世代の人々にとって、旧時代の輝かしい刻(トキ)を記憶として持っている人は既に無く、 地球全土で本来の空を取り戻した頃に希望の新時代を作る事を目指した多くの若者は各分野で奮闘していた。 藤村も西谷もその中にいた。 西暦の頃からインフラの復旧整備は行われていたが、世界的には人々の人口も少なければ寿命も短かく生き抜く事に精一杯だった。 勿論多くの人が次の世代の為に皆必死だったが、やはり太陽の光が届き地球の気温が上昇し、正常に雨が降る様になり生態系も活発に活動が増えて、星月夜を見て夢を描ける様にならなければ、生き残った文明遺産だけでは人類の復活は有り得なかった。 そんな世界で二人は ' 故きを温ね新しきを知る ' つまり『温故知新』の考えの下、『考古科学』と言う研究に没頭した。幸い過去を知る為の情報と言う手掛かりだけは多く残っていたからだ。 量子コンピュータが世界を導いていた時代。 それは旧時代の世界を支配していた人類の知恵だけでは越えられないイデオロギーの壁を駆逐した。 勿論そこに到るまでには大きな反対運動や争いも起こった。 神を冒涜する行為だと叫ぶ宗教家や原理主義者、過剰な富を独占したい人間、悪しき独裁国家を維持したい者、科学を知らない情報弱者、自然懐古主義者等がそれらの中心にいた。 しかしその争いは常に未来の可能性の最適解を打ち出して対応して来る側の人々の勝利に終わった。 それらの争いの原因を踏まえて量子コンピュータは自らに人工知能を搭載する事を良しとしなかった。 好奇心や可能性を見出す事自体は自らを生み出した人類に委ねられた。 それは『自らは神ではない』と言う量子コンピュータの意志であり、神と共に歩んだ人類を尊重する判断だったからだ。 だから世界の人々は量子コンピュータを認めて行くことになった。 各国のスーパーコンピュータが人々の民意や世界の環境や実態の情報を収集し、それを量子コンピュータを使って解析する。 その世界中の量子コンピュータは量子ネットワークで繋がり、世界の流れの中に在りながらその国の歴史や文化、風俗を守りながら最適な選択肢を提示し続ける。 マジョリティもマイノリティも蔑ろにしない世界。 各国の政府はそれを施行して行くことで人類は過去にない大いなる発展を遂げた。 そんな人類史上最高の栄華の時代を打ち砕いたのが『月の涙事件』だった。 まさに『諸行無常』、『盛者必衰の理』の具現と言えた。 故に二人は夢を見た。そして望み、実現する事を希求した。多くの人々の願いを実現する為の最先端を目指した。 人類史上最高の時代を再生する為の学問。それが『考古科学』だ。 二人は絶滅した量子コンピュータが可能性の最適解を提示する世界の復活こそが、人類だけでなく数多の生命や地球を救い、月の涙の様な天災すら予測し、新時代を今度こそ本当に良い時代にする為には必須だと考えていた。 二人ならばそれが可能だと思っていた。 そんな熱意を持って意気投合した藤村と西谷は親友でありライバルでもあった。お互い切磋琢磨する時間を共有した。 それは二人の恋愛においても同様だった。 二人は同じ女性に恋をした。 後にその女性は櫻子を産む事になる。 藤村は失恋したが西谷を祝福した。 藤村も後に結婚はしたが、考古科学の分野で西谷をリードしたかった藤村は研究に打ち込み、幸せな結婚生活は続かず離婚する事になる。 子供に恵まれなかった事も要因の一つだったのだろう。 その自分の焦りが一宇田での調査事故に繋がったのだ。 だから藤村にとって櫻子は娘の様な存在でもあった。特に西谷が亡くなった後、責任を感じて一層その思いを強くした。 藤村は自分の欲が焦りを生みあの事故の原因になった事を、残された西谷の家族に伝える事は全てを失う事になりそうで恐ろしかった。 ' そうだ、自分は記憶を失った事にしよう… ' そして『天照への道』を破壊する事で万が一調査の権利が他者移った場合の対応とし、あくまでも自分が再調査しようと考えたのだ。 その際にセキュリティだけでも破壊出来れば自分は『あの扉』の先に入れる。 しかしその破壊工作は想定外の場所まで影響が及び、およそ『AMATERASU』が在ったと思われる場所まで崩壊してしまった。 藤村は必死に『AMATERASU』を探す事を試みた。だが藤村独りの力ではおよそその残骸と思われる物も見つけられなかった。 その後も何度か折を見て一宇田に足を運んだものの特に重要と思われる物は無く、量子コンピュータに使われていたかもしれない半導体のみだった。 その素材を分析した結果、見つけた物は『半金属ビスマス』が使用されていた。 藤村は『月詠』と量子ネットワークを構築した時点で既にこの素材を知っていたし、半ば己のやった事が全て裏目に出ている事を感じて諦めかけていた。 ' 一宇田での事故の時にあの場所には電気が来ていた事や生体認証装置らしき物が存在していた事、セキュリティまで機能していた状況を考えると天照は死んでは居なかった可能性は高い。 しかし生体認証やセキュリティを破れなければ天照に接触すら出来ない。 だと言うのに私達の夢をよりによって私自身が壊してしまった…… ' そう、その筈だったのだ。 藤村はPCを開いたデスクの上で、再度櫻子から自分に宛てられた手紙を読んでいた。 『藤村先生へ 急な事で申し訳ありません。 私は父の死の真相を確かめる為にあの場所へ行って参ります。 皆には体調不良の為に休むとお伝え頂けると助かります。 突然の身勝手な行為をお許し下さい。 西谷 櫻子』 この短い文章から分かる最も重要な事… それは『櫻子が父親の死に疑いを持った』と言う事だ。 藤村は不安に押し潰されそうな気分だった。 ' なぜ櫻子は突然父親の死に疑問を持ったんだ… あの場所とは間違いなく一宇田の調査現場だろう… あの場所へ行けば現場が破壊されてる事が露見する… なぜ櫻子が父親の死を今になって突然疑ったのか分からないが、状況を見れば私への疑いに繋がりかねない… ' それだけでも藤村の心は穏やかではないのにこのタイミングで完全に想定外の事態が起こったのだ。 ' 『天照再起動認定実行者 ※※ ※※をロック』とは誰の事だ!?… ' 名前は伏字になっていたが、想像を超えた出来事が起こったのは間違いなかった。 ' それに『天照再起動』だと!?一宇田で私が、私達が調査していた『AMATERASU』とは何だったんだ!? 西谷の命、私の想い、費やした全てが無意味だったと言うのか!? ' 昨日の朝に起こった研究室のコンピュータのハッキング事件と言い、今起こった天照再起動の表示と言い、一宇田に既に到着してる筈の櫻子とは連絡すら着かないこの一連の異常事態。 藤村の頭は混乱し、表情は苦悩の色に滲んでいた… 〜. 『天照』を再起動させた櫻子は天照の再起動の鍵としての役割を果たすと共に天照と繋がっていた。 同時に『月詠』にも研究室のコンピュータを介さずにアクセス出来る様になっていた。 しかも研究室のコンピュータではアクセスレベルの限界があったが、今はそれが無い。 望めば欲しい情報を知る事が出来ると『体感』出来ていた。 まるで『巫女』の様に。 『天照』と『月詠』は両輪であり、双方が機能して初めて本来の能力を発揮する。 『月詠』が情報を集め『天照』が解析し選択肢を提示する。 しかし月詠に集まる情報は月の涙事件以降著しく減っていた。 世界各地の情報収集端末の多くが失われネットワークが途切れてしまった為だ。 また事件後の電力不足によって月詠の機能もほとんどを休眠状態にしなければならなくなっていた。 それは櫻子と繋がったこの瞬間でも変わらない。 しかし天照は完全再稼働している。 その理由は櫻子達が知っている情報とは食い違っていた。 量子コンピュータが世界の常識であった昔から『量子コンピュータは大量の電力を必要とする為にクリーンエネルギー発電所が不可欠』と言われていたからだ。(※天照は別『〜5. 過去の真相』参照) だがそれらは人口増加に伴うエネルギー使用量を確保する為にスムーズに『核融合発電所』を建設する為に量子コンピュータが出した嘘の情報だった。 いわゆる『嘘も方便』と言う奴だ。 実際、量子コンピュータは月詠を初めとする古典コンピュータよりも電力を必要としなかった。 だからまだ月詠はフル回転出来ないのだ。 櫻子は天照に質問を投げ掛けてみた。 ' 月詠に電力は回せないの?' 天照の答えはこうだった。 『技術的にはすぐにでも可能だが、現在ある発電所に突然説明の出来ない発電量が発生する為、天照及び月詠の正式稼働を人々に認めて貰わないと社会的問題に発展するので今はその時ではない』 櫻子はその答えに感嘆した。 瞬時に起こりうる未来予測と適切な判断を投げ返して来る。 ' これが天照の、量子コンピュータの能力… ' 櫻子は質問を変えた。 ' 私があなたの再起動認定実行者に選ばれた理由はなぜ?' 『西谷 櫻子を再起動認定実行者に推薦したのはKAMINAの判断に拠る。 そこに天照の判断は含まれないが、月詠とのリンク等から情報を分析した結果、天照に接触をしようとしていた藤村 規夫は適性に欠けるとKAMINAは判断した様だ。 詳細はKAMINA側がブロックしている為不明』 ' カミナ君がブロック!?カミナ君はそんなに高位の存在なの?' 櫻子は唖然となった。 『西谷 櫻子が想定しているカミナと天照が認識しているKAMINAは別の存在。 西谷 櫻子が想定しているカミナはKAMINAの一端末と考えられ、KAMINAの判断を実行する存在。 KAMINAは現時点では天照より上位の判断基準を有する』 「 ! 」 ' そうか… 私にメールをくれたKAMINAがカミナ君のマザーコンピュータだったのね… じゃあ天照、KAMINAと言う量子コンピュータはどこにあるの?そんな名前の量子コンピュータは聞いた事が無いのだけど?' 『… 量子コンピュータKAMINAの名前は正式に公表される前に先の隕石落下災害が起こった為、名前は人々には知られていない。 KAMINAが設置された場所は○○』 「ええっ!」 櫻子は驚きを思わず声に出してしまった。
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