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~1. 路地裏の少年
すっかり日が沈んで暗くなった時間帯。
灰月ルナは研究室からバイクで自宅への道を少々急ぎながら走っていた。
灰月ルナは九統大学の機械電子工学の大学院に通う23歳の女子大学院生だ。
そして今日はルナが小学生の頃始めた武術『月光拳』の稽古日だった。
武術の稽古者として男勝りなところもあるが、可愛くありたいとも願うまだ大人の女性になりきれない天然茶髪のショートボブの女の子だ。
「んー、十月も下旬になるとやっぱこの格好じゃ少し寒いなぁ」
首周りに当たる風を感じて季節の移り変わりを思うのだった。
ルナは子供の頃から父親の影響でバイクを見て、そして乗って育った為、その辺の速さ自慢の男性陣よりも巧みにバイクを操った。
けれどそれはルナ自身にとっては特別に自慢する事でもなく普通の事だった。
だからそんな男性陣を知らず知らずのうちに凹ませていたが、当の本人はまったく気付いていない。
片側二車線の直線道路、赤信号で停止線の先頭に止まる。追い越し車線側にも一台の車が止まった。
交通量は多くはない。目の前の横断歩道を渡る人達を見ながら、ふと左前方に目が行った。
「えっ?」
ルナは眉を潜めて歩道側に目をやった。
数人の少しガラの悪そうな男達が、一人のヒョロ男くんを決して広くない暗い路地裏に押し込んで行く姿が見えた。
'あれはいわゆるカツアゲかイジメの類! '
「まったく急いでる時に限ってこーゆーのに出くわすんだから!」
ルナは信号が変わるとすぐにその路地裏の先の歩道にバイクを寄せて停めた。
「おいガキ!俺らにテメェの価値観しつこく押し付けてんじゃねーよ!」
ガラの悪い男達の罵声が響く。
男達は咥えタバコをしたままヒョロ男くんに詰め寄っていた。
「いや… だって地球が汚れるじゃないですか… それにボクは押し付けてませんし… 」
まだ未成年に見えるヒョロ男くんは困った様に男達に説明している。
「あのなぁ、ガキ。 俺達がタバコ吸ってるだけで地球を汚してるってか!? それもまた俺達の周りでしつこく吸殻拾いまくりやがって……
しかもテメェ
『地球が汚れる 地球が汚れる』
って言いながらだったろうが!?
充分価値観押し付けてんだろうが!」
男達はタバコのポイ捨てをすぐそばで拾い集められていた事にご立腹の様だ。
「それはボクの口癖なので…すみません」
ヒョロ男くんのその嘘っぽい言い訳は男達の怒りの炎に油を注ぐには充分だった。
「ガキィ!舐めてんじゃねぇ!…… そうだな… この辺は灰皿がねぇからなぁ。テメェに灰皿になってもらおうか!」
そう言って咥えていたタバコを手に持ち、ヒョロ男くんの額にジュッと押し付けた!
「!」
「何やってんのよアンタ達っ!」
雷鳴の様なルナの声!
ルナが男達を睨みながら飛び込んで来た。
ヒョロ男くんを路地裏に押し込んだ男達は三人。
ヒョロ男くんの額にタバコを押し付けた男を含め全員が一斉にルナを振り返った。
ルナは男達三人の中に入り、ヒョロ男くんにタバコを押し付けている男の後ろ襟を右手で掴むと一気に後ろに引き倒しながら男の膝裏に右足刀を踏み込む勢いで蹴り込んだ!
男はもんどり打って倒され、建物の壁に後頭部を強打して意識が飛んだ。
ルナは間髪入れず左手刀を右後ろの男の鼻頭に叩き込み、男は鼻血を出して涙が出る激痛で「ウッ!」と呻き声を上げて沈み込んだ。
「何だオンナァッ!」
残った男がルナの右前腕を左手で強く掴んで来たが、ルナは男に顔を向けると同時に男が掴んだ手を左手で離されない様に抑えて、掴まれている腕の肘を男の前腕に乗せてグッと腰を落とした!
「グァッ!」
男は呻いて膝を地面に着いた。
ルナは男の腕を極めたまま振り返り
「君!大丈夫!?」
とヒョロ男くんの無事を確かめた。
「は、はい…… 」
キョトンと見つめるヒョロ男くん…… いや、少年。
「逃げるわよ、着いておいで!」
と、言うが早いかルナは更に思いっきり右肘を落とし男を突っ伏させた。
そして男の大腿部横につま先で追い打ちの蹴りを入れた。
「ギャッ!」と男は泣きそうな声を上げ立てなくなった。
その隙にルナは少年の手を引っ張り路地裏からバイクのある場所まで走った。
「君、とりあえず手当するからさ!父さんも居るしウチに来なよ!さぁ後ろに乗って!」
ルナは少年の眉間の少し上に押し付けられたタバコで出来た水膨れを気にしながらも、今朝ルナが弟を二人乗りで大学に送った時に持っていたヘルメットを水膨れに気を付けながら被せた。
そして急いでバイクの後ろに少年を乗せて夜の闇の中に滑り込んだ。
心地よい単気筒エンジンの音が闇の中に響いた。
「はぁ、今日は稽古行けないな…… 」
そう呟きながら、ルナは路地裏で助けた少年の火傷を気にしながら帰路を急いだ。
ヘルメットからは「藍色の長い髪がなびいて」いた。
空には満月が浮かんでいた。
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