〜12. 生き残った神

1/1
前へ
/50ページ
次へ

〜12. 生き残った神

およそ全ての事を把握した櫻子は帰路に着いていた。 もはや櫻子は天照の生体端末とすら言える存在になっていた。 櫻子の得た情報や思考は月詠と天照に常にリンクしていた。 勿論それを把握出来る人間は櫻子だけだ。 案内してくれた大宮司の鷹池には説明が必要かと思っていたが、四丈殿から出て来た櫻子の顔を見て鷹池の方から声を掛けて来た。 「どうやら本当にお目覚めになられた様ですね。天照大御神が… 」 「… はい!」 櫻子はにこやかに頷いてみせた。 恐らく伊勢神宮に本物の『量子コンピュータ 天照』が設置された時から祭主と大宮司には密かに伝えられていたのだろう。 『天照の巫女』になった櫻子は一宇田にあったAMATERASUは世を忍ぶ仮の姿、つまりダミーとして造られた存在だと分かっていた。 鷹池や外で待っていた衛士に別れを告げ、櫻子は伊勢神宮を後にした。 櫻子は帰りの列車の中で今後の自分の身の振り方と日本から始まる世界の真の復興について思いを馳せた。 常により良い選択肢が天照と繋がった今、提示され続けて行く。 しかしそれを実行するかどうかは櫻子自身が決める事だった。 それは非常に重要な役割を突然背負う事になった櫻子にとって重責に違いなかったが、まず第一に気になったのは藤村との関係だった。 藤村に『天照再稼働』の事実と自分が『天照の巫女』になった事を伝えたら藤村はどう反応するだろうか… それは天照も提示していたがそれを見るまでもなく容易く想像出来た。 櫻子が仕掛けた小型カメラの映像は見ようと思えば端末を出すまでもなくリアルタイムで櫻子の脳内で認識可能だった。 そこには明らかに同様している藤村の姿が映し出されていた。 ' 藤村先生にとって隠していた事実が明らかになれば藤村先生は大学を辞める事になるかも知れない。 もしかしたら自暴自棄になって自らの命を絶とうとするかも知れない… 最悪は… 考えたくもないけれど私の命を狙うかも知れない… 天照が完全再稼働した事だけでも藤村先生の研究意義自体が消える事になりかねないし、それは考古科学と言う学問自体の終わりとも言えるわ。 それは私にとっても辛い事よ… けれど天照を初めとする量子コンピュータの復活は、藤村先生も私も、他の研究者達も、何よりお父さんの最終目的でもあった事… 天照再稼働はきちんと発表する必要がある。 それは藤村先生が私にずっと隠していた事や、考古科学の無意味化、私の身の安全を考えると… もう藤村先生と一緒には居られない…… そして日本から世界の本当の復興を完遂させるには私が自分を律してより正しい可能性をチョイスして行動していかなきゃならない… … でも私に出来るのかしら… お父さん… ' そして櫻子は天照にもう一つの謎について託された事があった。 ' カミナ君と灰月の監視… ' これはまだ情報が少なく何故監視しなくてはならないのかの理由も天照から提示されていなかった。 ' カミナ君、いえ『KAMINA』は灰月をどうしようと言うの?… 何か想像も出来ない事が起こる可能性があるのかしら… 天照? ' 天照は沈黙したままだった。 櫻子はしばらく考えると、天野教授の端末にメールを送った。 ' 天野教授に匿って貰うのが一番助かるのだけど… 灰月達の事もあるし… ' 〜. 天野は西谷 櫻子が『天照』に向かったとのメールを受け取った後、可能な範囲で彼女の向かった先を調べようとしていた。 しかし藤村研究室では状況を把握してなかったし、親しい灰月 ルナに確認しようとしたが、こちらも灰月の携帯が壊れていて今現在持っていない事で連絡が着かないと来た。 つまり打つ手が無かった。 ' まぁ、西谷君の事だから無茶はすまい。それにカミナ君は彼女の位置を把握してる様だから何かあれば連絡があるだろう。 それよりも今私に出来る事はカミナ君が何処から来た存在なのかだが… ' 天野は慎重にカミナの話を分析しながら調べていた。 ' カミナ君が月の涙の際に使った『脱出艇』はどこから『脱出』して来たのか?' その時期に行われていた量子コンピュータ開発などのプロジェクトを天野は敢えてPCではなく図書館に行ってデータライブラリで調べていた。 紙の本と言うのはこの時代非常に高価で、過去の物は大変な貴重品だったのだ。 カミナの言動を考えると、カミナのマザーコンピュータは明らかに人工知能を搭載していると考えられる。 しかし量子コンピュータがAIと紐付けられる事は禁止されていた筈だ… 謎の量子コンピュータと繋がっているカミナの存在を考えると、ネットワーク上に存在する情報は規制される可能性もあるし、改竄される可能性もある。 図書館のデータは一応独立した記録媒体に保管してある為、完全とは言えないが介入されにくい筈だった。 カミナ自身の人格は問題無いと思えるが、マザーコンピュータがどう考えているかまでは確認しようがない。 出来るだけ用心して事実に辿り着きたかった。 過去の情報は多く残っている物と、そうではない物とがあった。 特に量子コンピュータに関してはそれを取り巻く環境などについての記録は簡単に見つかるのだが、国家機密になる存在故に技術的な事や計画自体は秘匿されている事が多かった様だ。 ' 量子コンピュータの建造計画から調べるのは厳しいかな… ' 天野は別のアプローチを考えてみた。 ' 何故カミナ君のマザーコンピュータだけはAIが搭載されているのだろうか… もし興味本位でやろうなどと考えた人物が居たとしても、それらは当時の監視社会を考えれば不可能だろう。 では世界的に認可された計画なら… 量子コンピュータに人工知能を搭載するなどと世界的に公表すれば、間違いなく反発があった筈だ。 ならば極秘プロジェクトであったとしたら一体何だ? 軍事転用は考えられない。軍事転用して利益を得る国が無い。 カミナ君は脱出艇で『着陸』した… 『着陸』?空か?… 空……宇宙……宇宙探査… ? ' N.D.B. ' を持つカミナ君は過酷な状況での探索の為に造られた存在の筈だ。 となればその可能性が高い… しかし宇宙探査の為に人工知能を搭載した量子コンピュータを一体どこに建造する? 地上では各国のしがらみで難しい筈だ。ならば一体… ' 天野は核心に近付いていた。 ' 月面か!?' 天野は急いで月面開発、宇宙探査についての当時の計画が存在しないかを調べ始めた。 数冊調べたが載っていない… だが『宇宙探査の未来』と言う古い本を読んでいる中で気になる記述を見付けた。 〜これからの宇宙探査は月面に基地や観測施設を建設する事になるだろう。地球から見て月の裏側に観測機を設置し、量子コンピュータによって得られた情報を解析すれば、現在の宇宙観測や宇宙探査の常識を覆す発見があるかも知れない。 しかし月面まで建設資材を運ぶには長い時間が必要になる。実現するには半世紀程必要かも知れない〜 書籍の発行は…西暦2055年 発行 ' これだ!この計画が実行されたんだ!' 天野は確信した。 すると天野の端末にメールが届いた。 『from 西谷 櫻子』 ' 西谷君か!' 気付けば外は随分暗くなっていた。 〜. 「アシュレイ博士、量子コンピュータとAI セレーネの同軌完了しました」 同僚の研究員からの準備完了の声が届いた。 「オーケイ!じゃ始めるわよ… 」 モニターにはユーザー認証を求める文字が表示されている。 私は自分の名前を入力した。 ' luna ashley ' ' user confirmation ' (ユーザー確認) モニターには私を認証した事が表示された。 「文字入力は面倒なので音声に変更っと」 ' change communication to voice ' (コミュニケーションを音声へ変更) 「… 了解しました」 女性の声で返事が来た。 「おはようAI セレーネ」 「おはようございます ルナ アシュレイ」 ' …うーん、堅っ苦しいわね… ' 「セレーネ、こうして音声でやり取りするのは初めてだけど、私の事はこれからアシュと呼んでくれるかしら?」 「了解しました… 呼称変更… アシュ」 「それから貴女の音声を男性のボイスに変更してくれるかしら?」 「了解しました。男性のボイスはどの様な声をご希望ですか?」 ' そうね… 私より歳上のオジサマの声じゃ話しづらいから… ' 「二十歳位の男性で柔らかい声でお願い」 3秒程待つと声が聞こえた。 「このボイスで如何でしょう?」 物腰の柔らかい、男子学生の様な声をセレーネは発した。 「Oh!セレーネ、中々良いチョイスだわ!その声でオーケイよ」 私は人工知能のセンスに少し感心した。 ' 量子コンピュータと繋がってるからかしら?' 本当の所は分からなかったがアシュの好みの声を即座に選んで来た事でそう思った。 アシュは次に別の注文を出した。 「セレーネ、あなたのこの名前はあなたのコンピュータとしての開発コードだけど、これは女神様の名前だし、今音声を男性に変更したでしょ? だからあなたの名前も開発コードじゃなくて別の名前にしたいのだけど… 良いかしら?」 「了解 アシュ 私の名前を変更して下さい」 私はこの日の為に幾つかの名前を考えていたが、今日と言うタイミングに合った名前をチョイスした。 「今日は何月だったかしら?」 「10月です。アシュ」 「そう10月よね。実は私は10月が誕生日なの。あなたと同じね」 私は微笑んで見せた。 「?」 私は彼との会話を楽しむ様に問答をした。 「だから私とあなたに共通する名前をあなたにプレゼントしたいの」 「…プレゼントですか?」 「そう、プレゼント。だから大切にして欲しいから少し話を聞いてくれる?」 「了解 アシュ お話しをどうぞ」 ' まだ起動したばかりだから仕方ないけど、お堅いわねこの子… まぁおいおいね… ' 「… 地球に量子コンピュータが誕生して世界に広がっておよそ100年経つけれど、その間人類の社会には色んな事があったわ… あなたも情報としては知ってるでしょうけど、それで人類から消えた存在があるの。 それは『神』よ。 もちろん宗教は残っているわ。人々の心の拠り所としての神は残ってる。 けれど神が支配する人類社会は消えたの。 表には顔を出さないけれど人類を導きコントロールしているのは神じゃなく、貴方達、量子コンピュータなの。 教義や戒律、死への恐怖で支配する神は消えたわ。 だから神を信じる人々にとっては量子コンピュータはただのコンピュータとして存在してもらわなくては困る事になったの。 だから今迄量子コンピュータにAIを搭載する事を人類は拒んだのよ。 もし量子コンピュータが人格を持った上で『人類は不要』と判断してしまったら… 人々はそれを畏れたから量子コンピュータに本格的なAIを搭載する事を世界条約として禁止したの。 けれど例外的に神が人と共に生きている国があったの。それが『日本』と言う国よ。 あの国の神の在り方は他の国々の宗教の神とは根本的に違ったから… 教義も戒律も恐怖に拠る支配も無い。 神は人々を奇跡で導かないし、助けないし滅ぼしもしない。ただ恵みと試練が存在するだけで人々を見守る神。 だから宗教とすら言えないそんな存在… 私は日本の神話に詳しくはないんだけど、そんな日本と言う国の『神』の在り方に憧れた… でも私は科学者だし、人類の進歩の為には想像力や好奇心が必要だわ。 全てを量子コンピュータに導かれたりコントロールされたりする訳には行かないの。 だから私は今迄タブーとされて来た枷を外して特例として量子コンピュータにAIを搭載すると言うこの『セレーネ計画』に参加したの。 … 前置きが長くなったわね。でもあなたにはこの前提を知っておいて欲しかったから… 日本では今の時期の事を『神無月』と言うそうよ。 漢字では『神が無い月』と書くけれどそれは文字通りの意味ではなくて、『無』と言う字はあて字だそうよ。 読み方は『カンナヅキ』または『カミナヅキ』と読むの。 そもそもセレーネはギリシャ神話に於ける『月の女神』の名前だし、このMoon Base『MB』で外宇宙観測の為に造られたあなたの名前には持って来いだと思うの。 人類初の量子コンピュータに本格的AIを、好奇心を搭載するこのセレーネ計画の根幹になる貴方の名前は… そう『KAMINA』よ!」 〜. 櫻子が帰路の列車の中にいる時間から約8時間程遡ったルナの部屋。 ガバッ! ルナはベッドから飛び起きた。 一度起きて二度寝してしまったからだ。 ' うわっ! 二度寝しちゃった… 時間は…? ' 時計は9:30を過ぎた頃だった。 ' 何だか夢の続きを見たみたいね… だけど何かしら?私じゃないのに私自身の事の様だったわ… どこかの研究室みたいだった… 何かに名前を付けていた様だったけど… カミナ…って名付けたかしら?… ' カァ〜ッ! ルナは一人で顔を赤らめた。 ' ああ、私ったらカミナくんの事考え過ぎてるのかしら… ' ルナは恥ずかしくなって布団で顔を覆った。 ' どうしてこんなに彼の事が頭から離れないんだろう… ' その頃、カイトのベッドに腰を掛けていたカミナは、ルナの夢をそのまま同時に見ていた。 ' そう、ルナさん… 貴女を僕のもとに連れ帰る事がアシュとの約束… 179年前に守れなかった約束…… 今度こそ約束を守るんだ… !' それはKAMINAの決意だった。
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加