〜13. 朝のひととき

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〜13. 朝のひととき

ルナはコソコソとダイニングに来た。 キッチンのシンクには父、照矢の食器が置いてあった。 ' ごめ〜ん、父さん' ルナは心の中で謝った。 照矢は既に一人で食事を済まして開店準備をしていた。 テーブルにはルナとカミナの分の食器が用意してある。 ご飯は炊飯器、味噌汁はいりこ出汁で豆腐、油揚げ、ワカメと言うのが父の定番。 冷蔵庫にはししゃもがやはり二人分取り皿に入れてある。 そしてほうれん草のおひたしも鰹節を少し乗せて小皿に取り分けて入っていた。 店を開ける為に忙しい筈だが、ルナが寝坊したりする時は大抵文句も言わず準備してくれている。 母親が亡くなってからルナとカイトをそうして育てて来たのだから特別照矢にとっては苦ではない事だったが、ルナもカイトもそれが大変な事だと分かる年の頃には出来る事は自分達でやる様になっていた。 灰月家の子供達は本当に父親に感謝していた。 ルナは以前照矢に再婚を勧めた事があったが、一瞬カイトの顔を見て顔を横に振った。 「仕事も忙しいし、お前達は俺が責任を持って育てるって母さんに誓ったからな!」 再婚をしない理由をそう言っていたが、心の中では母親の事をずっと大切に思っているからだろうとルナは感じ取っていた。 フォトスタンドの中の家族写真の母の笑顔に、弟のカイトはそっくりに成長していた。ルナの方は照矢に似ていたのだが。 それと教わった訳でもなかったのに、カイトは母と同じく絵が得意だった。 中学も高校も美術部に所属していたし、大学生になった今も絵画サークルに入っている。 ルナは父がカイトを見て首を振った様子でそう確信したのだった。 ' でも父さん…いつかは私もカイトも家を出る日が来るのよ… ' ルナもその時は彼氏がいたから余計にそんな事を考えたのだ。 勿論彼氏の事は照矢には内緒だったが。 今はもう別れたが、ルナと付き合っていた元彼は道場の先輩だった。それもあってルナは道場での稽古にも熱が入り、実力をメキメキとつけて行ったのだが… ルナの実力が自分に追い付いた頃、道場を辞めて就職も都会に決めて離れて行った。 とっくに音信不通になり今はどうしてるのかも分からない。 だからルナとしては家を出るのはまだ先の事になった感じだった。 ' 父さんも寂しがるしね!' などと内心うそぶいて過ごしていた。 恋愛に対して奥手だった訳ではなかったが、ルナは平均以上に容姿端麗で大学でも結構モテていたのに、頭も良く武術も強い。 バイクを走らせてもそんじょそこらの男性ライダーより上手く走らせられた。 それが時間と共に知られる様になると、ナンパして来る輩も居なくなった。 つまり出来すぎて同世代の男子達はルナと一緒に居ると自尊心を保てないのだ。 その反面、後輩女子にモテてしまうと言うルナにとっては頭の痛い問題に直面した為にルナはしばらく恋愛をしていないのだ。 ところが一昨日の夜から灰月家で泊まっているカミナの事が頭から離れない。 相手は人間ではないと分かっているのに何故こんなに急激に意識してしまう対象になってしまったのか、ルナ自身も困惑していた。 ' 明らかに恋愛ホルモン出てるわよね?私… ' ルナにしてみれば久しぶりに感じる胸の高鳴りに気恥しさと共に幸福感まで感じていた。 ' 何か… 勢いで道場に誘っちゃったけど… そんな女子ってアリ?… ま、まぁ彼に色々な経験をさせてあげたいって思ったからだけど、道場デートって流石に有り得ないかしら… え?デート?私デートと思ってる?ヤバくない!?' 一人で顔を赤らめたり手で顔を覆ったりと悶えているルナだったが、横から突然 「おはようございます、ルナさん!」 と声を掛けられ 「キャッ!? おおお、おはようございます!」 動揺して思わず敬語になってしまった。 「どうかしましたか?」 カミナもキョトンとして尋ね返した。 「え?!あ、いや急に言われたからびっくりしちゃった… 」 「二度声を掛けたんですが… 反応が無かったので三度目は声を大きめにしたんです… 驚かせてしまってすみません…」 「あ、いやカミナくんのせいじゃないわ!私がボーッとしてたの、アハハ… 」 三度も声を掛けられてようやく気付いたと言う事にルナは余計に焦ってしまった。 「と、取り敢えず朝食にしましょ!温めるからカミナくんは座ってて!」 ルナはカミナをテーブルの席に促すと、バタバタと味噌汁を温め、ほうれん草のおひたしをテーブルに出し、ししゃもを電子レンジに入れた。 ' フフッ… ' カミナは赤面してるルナを見つめて小さく微笑んだ。 「カミナくん、今日は道場に行くって言っちゃったけど… 大丈夫?興味とか…ある?」 ルナは味噌汁を温めながら尋ねた。 「はい!とても興味深いですよ。それにルナさんが学んでいる事ですから僕もどんな事をされてるのかを見られるのは楽しみですよ!」 「そ、そう!それなら良かった」 それを聞いて一安心した。 ' これが普通の男子だと本音かどうか怪しいとこだけど… カミナくんなら信じられるわ ' 若干複雑な気持ちになったが、カミナが楽しみにしていると言う事は素直に嬉しかった。 味噌汁の火を消した頃、丁度電子レンジも止まった。 二匹ずつ皿に乗ったししゃもをテーブルに並べる。 カミナは初めての香りを楽しんだ。 それらの経験は直ぐにデータとして蓄積されて行く。 ルナは味噌汁をお椀に入れてカミナの前と、自分の席の所に置いた。 「じゃ、頂きましょうか」 椅子に座りながらルナは言う。 「頂きます!」 カミナもルナを真似て同じ様に手を合わせ「頂きます」と言って食べはじめた。 ふと気になってカミナに尋ねた。 「カミナくんはどうやって料理を美味しいと感じてるの?」 「そうですね… 僕の身体は ' N.D.B. 'なので、人が感じているのと同じ様に料理の味を感じてます。とても心地良いので、これが『美味しい』と言う事かと認識してますね」 そう言ってニコッと笑った。 ' なるほど… きっと人との共感とコミュニケーションを取れる様に人間の器官と同じ様に働く器官も持ってるって事ね… ' ナノDNAボディと言うだけの事はあると思った。 食事をしながら色んな疑問が溢れていたが、自分ばかり質問するのも気が退けた。 「この後の予定なんだけど… 」 ルナは道場にカミナを連れて行く事にしていたが、稽古の時間は午後2:00からだった。 その前に済ましておかなくてはならない用事がルナにはあった。 全然デートではなく、カミナにはただの待ちぼうけでしかないのだが… 「道場は午後からなんだけど、その前に行かないといけない所があるんだけど… いいかな?」 「構いませんが、どこに行くんですか?」 「アハハ… 修理に出してた携帯端末を受け取りに…ね」 「なるほど!分かりました!連絡手段は必要ですからね」 カミナは納得して快諾してくれた。 ルナは少し申し訳ない気持ちとホッとした気持ちになった。 「じゃあ食事済んだら、準備して出発ね!」 「はい、ルナさん!」
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