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~15. Love or Like ?
「カ、カミナくん!?」
突然抱き締められたルナはどうして良いのか分からず固まってしまった。
胸の鼓動が早くなる。
でも拒む気にもならない。
とても辛そうで申し訳無さそうなカミナの声に、ルナは逆に守ってあげたい様な気持ちになっていた。
アンドロイドであるはずのカミナの身体だが、まったく人間と変わらない感触に何故か切なさを感じ、愛おしい感情が出て来て、そっと両手をカミナの背中に回した。
' ポンッ、ポンッ '
両手であやす様に、落ち着かせる様に必死に自分を抱き締める男の背中を優しく叩いた。
「落ち着いて、カミナくん。大丈夫?」
そう言うとカミナは我に返ったのか、ハッと抱き締めていた手を放した。
「す、すみません!つい…」
カミナは何故自分が突然『抱き締める』と言う行為をしたのか分からなかった。
ただ ' 身体が勝手に動いた ' のだった。
その行為にどんな意味があるのかも分からず…
目の前には少し自分を見上げる様に見つめるルナの瞳があり、何故か視線を逸らしてしまった。
それもまた ' 身体が勝手に動いた ' のだったが。
「… 取り敢えず、行こっか?」
ルナはカミナが言う約束の意味も、何を知っていて何を恐れているのかも分からなかったが、一抹の不安は胸にしまって笑顔でカミナを促した。
「ハ、ハイ」
カミナもそれに従った。
~.
ルナは道場へ向かう途中にある、街の城跡の公園へバイクを走らせた。
ここの数日は好天が続き気持ちが良い。いわゆる『バイク日和』と言うヤツだ。
昼食は途中のお弁当のチェーン店で軽めの物を買った。
稽古前に満腹になる訳には行かない。
カミナはずっと食事を用意してくれるルナに申し訳ないと謝ったが、当然そんな事は気にしてはいなかった。
『食事に行きませんか?』
そう誘ってくれた事が嬉しかったし、カミナがお金を持ってない事は百も承知の事。
「すみません… 本来僕は食事は必要ないのに食事に行こうだなんてお誘いして…」
「… いいのいいの、私一人で食べてる方が気まずいのよ?だから気にしないで」
そんな事を話している内にバイクは目的地の駐輪場に到着した。
ルナはメーターの走行距離に目をやり、念の為燃料タンクを開けてガソリンの残量を確かめた。
タンクの奥で揺らめくガソリンを見て
' 帰りにガソリンスタンドに寄らなきゃ '
と帰りの予定を考えた。
ルナは二人のヘルメットをシートの両サイドのフックに掛け、バイクを離れようとして立ち止まった。
「どうしました?」
「カミナくん、バイクの向こう側に立ってくれる?」
カミナはよく分からないまま指示に従った。
その間にルナは今しがた修理から返って来た携帯端末をポケットから取り出しカメラを起動した。
「カミナくん、写真撮るからちょっとポーズ取ってみてよ」
ルナは悪戯っぽくカミナに言った。
こんな良い天気の日に愛車と ' 彼 ' のツーショットを逃す手はない。
「え、どんな格好すれば良いんですか?… 僕こういうの初めてで… 」
そう言いながらもカミナは自然に左手をハンドルに置き、右手をシートに着いて、少し腰を引いて立ち、目線をルナの方に向けた。
「…カミナくんバッチリじゃない!ホントに初めて?」
ルナは不思議に思ったがシャッターチャンスを逃さず写真を撮った。
実はカミナはルナの携帯端末の返却時に電源がオンになった時点でその端末と『繋がって』いた。
だから端末内の画像データの中にルナがバイクと一緒に写っている物を見つけ、構図の近い物を選んでポーズを真似たのだった。
撮れた写真を確認してルナは満足していた。
' ん~!愛車と彼氏… じゃなくて… 、愛車とイイ男のツーショットなんて最高!'
(※ルナの中ではカミナは彼氏にしたいイイ男まで格上げされていた)
ルナにとってはバイクも子供の頃から付き合いのある大切な相棒だ。
蛇足だが、ルナのバイクは色々とカスタマイズされている。中でもお気に入りカスタムパーツの一つがマフラーだった。
ハンドメイド、一品ものの手曲げマフラーは継ぎ目が無く、美しい有機的な曲線美があった。
サイレンサーは外見上は見えず、エキゾーストパイプのエンド部分の内部に仕込まれていた。
だから音は良いがちょっと大き目の排気音がするのが長所でも短所でもある。
まぁ父、照矢がバイク整備工場を始める時に騒音を考えてあまりご近所と隣接している場所は避けて土地を買ったので、特別ご近所の迷惑にはなっていないのが幸いだった。
お気に入りの愛車との写真が、ルナの端末に保存されると同時にカミナのデータとしても保存された。
それは二人にとって記念の写真になった。
~.
ルナはカミナを連れて公園の木陰のベンチを見つけて腰掛けた。
カミナはバッグをルナに渡し、ルナは買ってきた弁当を取り出してカミナに渡した。
「いっただきまーす!」
「頂きます…」
ルナは敢えて明るく振舞っていた。しかしカミナは伝えなければならない話をどう切りだすか考えていた。
「カミナくん、私のご飯半分食べて!」
「え?」
「稽古前だからね〜。ちょっと減らしておかないと」
ルナは半ば強引にご飯の半分をカミナのご飯の上に乗せた。
「ルナさん…」
カミナは苦笑いしながらそのご飯を引き受けた。
' ルナさん無理に明るく振舞ってくれてるんだ… '
ルナの心遣いに感謝すると同時にカミナも山盛りになったご飯に箸をつけた。
' 僕もルナさんの負担にならない様に焦らず話をしよう。この後の稽古の事もあるし…
これが『急いては事を仕損じる』と言う事かもしれないな… '
カミナは人の『思いやり』と言う事も急速に学習していた。
食事をしながらルナが静かに話し始めた。
「… すごくいい天気…
新星暦ももうすぐ半世紀になるわ。
私は過去の事は知識でしか知らないけど、カミナくんは… 月の涙を実際に生き延びて来たのよね。
カミナくんは今世界でただ一人のあの事件を体験した生存者なのね…
私だったらきっと記憶を消し去りたい様な出来事だったと思うんだけど…
カミナくんは… 憶えてるのよね。
それって辛くない?」
ルナはカミナの不安の原因にまつわる事がその辺にある様に感じていた。
' でも『果たさなきゃいけない約束』って何かしら?何故私にそれを言うのかしら… '
「ルナさん… 昨日はまだ明かせませんでしたが、僕のマザーコンピュータである量子コンピュータは僕と同じ名前を持っています」
「え?どういう事?」
「僕のマザーコンピュータはアルファベットで『KAMINA』と書きます」
「アルファベットで『KAMINA』?… カミナ… KAMINA… 」
「はい、そしてその量子コンピュータKAMINAの在る場所は…」
ルナの表情が変わった。
「カミナくん、ちょっと待って。私そのKAMINAを知ってる… 」
カミナは黙ってルナの顔を見つめている。
「KAMINAの在る場所は… 月?」
カミナは表情も変えずに頷いた。
「… カミナくん、どうして私が分かった事を驚かないの?」
カミナは目線を目の前の広場に向け話した。
「ルナさん… 夢を見ましたよね。月基地『MB』の夢を… 」
「どうしてそれを知ってるの… 」
カミナに言われるまでただの夢だと思っていた。
確かに妙にリアルな夢を立て続けに見ていたから不思議には感じていた。
しかし何故自分が見た夢の事をカミナが知ってるのか?それにカミナの話と夢の内容が一致してる?
ルナは訳が分からなかった。
カミナは話を続けた。
「ルナさんが夢だと思っている事は全て事実の情報を月のKAMINAが生体ダウンロードしていたんです… 」
「生体…ダウンロード… ?」
「はい。まだダウンロードされた情報は一部ですが、KAMINAからルナさんにいずれ全ての事実がダウンロードされます… 」
「どうやってそんな事を… いえ、どうして私にそんな事をする必要があるの!?」
ルナは語気を強くして尋ねた。
「… すみませんルナさん… 混乱させる事をしてしまい申し訳ありません…
どうやってダウンロードしているのかは、ルナさんに施した僕のナノコートがルナさんのDNAに入り込んで受信アンテナの役割を果たしています。
それが夢としてダウンロードされているのです。
そして何故ルナさんにそれが必要なのかですが…
それはDNA解析の結果、ルナさんはアシュ博士の生まれ変わりとも言える存在だからです」
「ちょっと待ってカミナくん!」
ルナは一昨日の夜にこのカミナと言う青年を ' 偶然 ' 助けて、ずっと驚きと混乱の連続だったが、今が一番混乱していた。
だから冷静に今迄の事を思い返してみた。
' カミナくんは初めからわざと私に近づいたの?
いえ、カミナくんは最初『手当てする』と言う事で私が連れて帰ったし、確かに故障していた…
私が自分の目で確認してるんだからそれは間違いない。
本来のカミナくんの姿は昨日研究室で修理を終えてからのはず。
あの時から今のカミナくんの変化はあまり感じられないし、カミナくんは嘘をつけない様になってるって言ってたわ。
だったら今話している事は事実… そもそも騙す意味がない。
でも… '
「カミナくん、あなたが嘘をつく理由も無いし嘘が言えない事も知ってるわ。
ただし、それは月のKAMINAが貴方を操っていなければの話よ。
そしてその…、アシュ博士?確かに夢の中では私はアシュ博士だった。
でも私のDNA解析をどうやってしたのか、なぜDNAが近いのかも分からないけど…
DNAが近いからと言っても私が彼女の生まれ変わりだと言うのは非科学的だわ」
ルナは的確な分析をしていた。
「KAMINAが僕を操っているかいないかは、残念ながら僕が説明しても説得力がないでしょうね。
ただKAMINAは僕との接続をカットする事が出来ます。
その間は完全に僕の意志は僕の物です。
僕が壊れていた時がそうだった様に、自分の意志で動いています。
それについてはいずれルナさん自身が一番理解する事になると思います」
「… それは生体ダウンロードが終わったらと言う事かしら…」
カミナはルナの沈痛な面持ちを見ていると答える事に躊躇われた。
「… そう言う事になると思います。それは僕にはコントロールする権限がありませんから…
その… DNA解析は…
昨日僕がルナさんの指に結んだ髪の毛のナノコートがルナさんのDNAの中に入り込んで実行されています…
すみません… だからルナさんの細胞はその後からずっと受信アンテナとしても機能していて…
KAMINAの権限で生体ダウンロードもされ続けています… 」
ルナは昨日薬指に結ばれたカミナの髪の毛の事を思い出していた。
' 私は彼に乗せられていたの… ?
一人で浮かれてのぼせ上がってたなんて… '
「カミナくん… 貴方の守らなきゃいけない約束って何?
月のKAMINAとの約束?それともアシュ博士との約束?
どちらにせよ私とカミナくんが交わした約束なんかないじゃない!」
ルナの目からは涙が零れていた。
ついさっき迄カミナに抱いていた好意が蹴飛ばされた様でもあり、自分自身が情けなくもあった。
「ルナさん… 」
カミナは激しく動揺した。
ルナが初めて見せる涙と言う感情にどう対処して良いか分からなかった。
' KAMINA!教えて欲しい、KAMINA!…
なぜ答えてくれない!'
KAMINAからの応答はない。
' 僕からデータを取っているんだろ!? だったらどうしたらいいか教えてくれ! '
「でもね… カミナくんの必死な姿を見てたら…
長い時を越えて約束を守ると頑張ってるカミナ君を見てたら…
私もその約束を叶えてあげたいの… 」
ルナは涙を拭いながらカミナに想いを伝えた。
「私… カミナくんの事を嫌いにはなれないみたい… 」
「ルナさん… 」
カミナはルナに救われた…
カミナは思わず尋ねてしまった。
「ルナさん… それはLove?それとも… Like ?」
ルナは少し間をおいて答えた。
「もちろん… Loveよ」
二人のお弁当はすっかり冷めてしまったが、二人の心は温かくなった。
出会ってまだ三日の人間とアンドロイドの不思議な関係が、まるでルナのバイクの様な音を立てて加速していた。
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