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~16. ルナとルナ カミナとKAMINA
冷めたお弁当を食べながらルナは尋ねた。
「私の夢…と言うか生体ダウンロード?これはいつまで続くの…?」
カミナは箸を止めて答えた。
「… 正確には僕には分かりませんが… KAMINAはルナさんに早く自分の事として認識してもらいたいと考えている様です。
だから数日以内には終わると思います…」
「月のKAMINAはどうして私をアシュ博士の生まれ変わりだと考えてるの?
いくらDNAが近くても生まれ変わりと考えるのは…コンピュータらしく無いわ…」
「確かにDNAの塩基配列が近いと言っても生まれ変わりと言う表現はルナさんを混乱させる言葉でしたね… 済みませんでした… でも… 」
「でも?」
「ルナさんはアシュ博士の直系の子孫なんです… それも容姿までとてもそっくりです。
僕は直接お会いした訳ではないんですが… 」
「私が直系の子孫?」
「はい」
なるほどとルナは思った。
' 夢の中に出て来たアシュ博士を私が私として認識していたのはそう言う事だったのね… '
「カミナくん… 生体ダウンロードが終わったら、私の人格はどうなるの?」
' どんな約束をしたか分からないけど、私が私でなくなるとしたらそれは受け入れられない… でもカミナ君の気持ちも無視したくない… '
ルナは焦燥感に駆られていた。
「ルナさんの人格はルナさんの人格として今迄通り残ります。
しかしアシュ博士の記憶も自分の記憶と同等に残ると思います。
… ルナさんはルナさんです… 」
カミナの言葉に少しホッとした。
' 生体ダウンロードが終わっても私が私である事は変わらない…
だったら生体ダウンロードが終わればカミナくんの言う『約束』も、全ての謎が解けるって事よね。
だけどKAMINAはなぜ『急いでる』のかしら? '
ルナはズバリ聞くことにした。
「カミナくん… カミナくんが果たそうとしてる約束を教えて。
生体ダウンロードが終われば自然と私も知る事になるんでしょうけど、月のKAMINAが急いでいる理由があるんだったら、生体ダウンロードを待つより教えてもらった方が早いわ」
カミナにしてみてもそれはもっともな質問だった。
しかし物事には順序がある。
ただでさえ生体ダウンロードの話でルナは心を激しく乱したばかりだ。
それを考えるとどう答えるべきなのか、カミナは悩んだ。
' 何故かKAMINAはこの状況を傍観している… この状況を僕自身の力で解決出来るか試しているのか?'
「… ルナさん、今何故か月のKAMINAと僕はアクセスが出来ていません… 」
「え!? また故障したの?」
「いえ、そうではありません」
カミナは慌てて答えた。
「何らかの理由があってKAMINAがアクセスをカットしているんだと思います… だから僕がKAMINAが考えている様には話せないと思いますが…
それでもいいですか?… 」
ルナにはカミナが試練を与えられている様に見えた。
「… 分かった。カミナくんの考えでカミナくんの知ってる事を教えて」
「分かりました… 」
意を決した様にカミナは話し始めた。
「結論から言えば… ルナさん、いや、ルナ・アシュレイ博士を月に連れ帰る事が僕らが交わした約束です」
「えっ!?」
ルナは急激に夢で見た事を思い出していた。
' ルナ・アシュレイと言う名前…
月面基地ムーンベース、通称『MB』
地球では許可されなかった量子コンピュータへの本格人工知能を初めて搭載する『セレーネ計画』
そしてその人工知能の名前は『KAMINA』
その名付け親は… 私? いえ、ルナ・アシュレイ博士… '
ルナは夢で見た事、つまり生体ダウンロードされた事柄を全て自分が経験した記憶と同様に『思い出した』。
まだ生体ダウンロードは完了してないとは言え、自分が経験していない筈の出来事を正確に記憶している事が驚きだった。
'『セレーネ計画』の全貌を記憶している私…
そして…
KAMINAと交わした約束…
『では戻って来ない時には僕がアシュを迎えに行きますからね』
確かにKAMINAはそう言った…
私が情熱の全てを注いで作り、育てたKAMINA…
嗚呼…愛おしい… KAMINA…
私ではないもう一人の私… 私にそっくりな私の先祖、ルナ・アシュレイ… '
「ルナ…さん?」
ハッ!とルナは我に返った。
「… 大丈夫ですか?」
心配そうにカミナは見つめていた。
「ご、ごめんなさい… 」
カミナは結論を話しただけだったが、ルナはそれ以上のカミナの答えを必要としなかった。
「カ、カミナくん… 約束の事、思い出したわ… 」
「え… 」
「生体ダウンロードって凄いのね… 」
「ルナさん、思い出したんですか?… 」
ルナは頷いた。
「きっと思い出した訳じゃないんでしょうけど…
本当に自分の記憶として思い出した感じ…
確かに私は…、いえルナ・アシュレイ博士は月のKAMINAと約束したわね…
それに『ルナ・アシュレイ』だなんて…
私の御先祖様と同じ名前が私の名前だなんて、偶然にしては出来過ぎだわ」
ルナは苦笑いをするしかなかった。
カミナは安心すると同時に申し訳ない気持ちになった。
「でもまさか私の先祖が日本人じゃなかったなんてね。変だと思ってたのよねぇ、私東洋人の顔じゃないじゃない?」
ルナの父、照矢は日本人だし、亡くなった母も日本人。双方の祖父、祖母共に日本人なのに何故かルナは日本人離れした容姿をしていた。
身長がもう少しあったらきっとモデルとしてスカウトされる事もあっただろう。
その理由がルナ・アシュレイの隔世遺伝と言う訳だ。
しかし記憶にあるルナ・アシュレイと自分が、いくら隔世遺伝だとしても瓜二つなのは疑問が残った。
「… 当時の人はナノテクノロジーの恩恵を受けていない人はほぼ居ませんでした… 」
カミナが話し始めた。
「それはあらゆる事に使われていました。機械、電子機器、建築物、衣料品、食品等を始め、化粧品や医学分野、そして遺伝子に至るまで、ナノテクノロジーが関わっていない分野はほぼありませんでした」
ルナは真剣な眼差しで聞いていた。
「使われていない分野と言えば伝統的な文化遺産を継承している所くらいでしょうか… 」
カミナは話を続けた。
「ルナさんもご存知の通り、ナノコートや ' N.D.B. 'の技術もそうです。
… 病気の人はもちろん、特に過酷な環境での仕事に携わる人はナノコートや ' N.D.B. 'の処置を身体に施すのは当然の事でした」
「つまり… 月で働く人達には当然その処置が施されていたって事ね… 」
カミナはこくりと頷いた。
「ルナさんは… 恐らく『月の涙』の際にKAMINAが何らかの形でアシュ博士のDNAに干渉したのだと思います…
だから隔世遺伝の形で今の…その… ルナさんの容姿や性格に影響を与えているのだと思います… 」
ルナはまだルナ・アシュレイの全ての記憶を受け継いだ訳ではなかったが、ルナ・アシュレイがどんな想いで、何を望んでKAMINAを作ったのかは理解出来ていた。
' あのKAMINAが私の事をどう思っていたかは手に取る様に分かるわ…
今の私には『月の涙』の時の記憶は無いけど、過酷な環境から私を守る為、約束を果たす為にDNAに干渉したのは容易に想像出来る…
きっとKAMINAはDNAに時限式の何かを施したんだわ…
そして… 月の涙事件から私を救う為にアンドロイドの一体にKAMINA自身の記憶と思考をダウンロードして地球に送り込んだのが…
今目の前に居る… カミナくん… '
「ルナさん、気付いてますか?ルナさんの名前がアシュレイ博士と共通している事を」
「え?ルナって名前の事でしょう?」
「いえ、苗字の方です」
「… 灰月?」
「はい、アシュレイ博士のアシュ(Ash)は『灰』と言う意味です。
そしてアシュ博士は『月』から来た女性ですし…
『ルナ』も月に由来しますよね?」
「あ… 」
ルナは昔自分の名前の由来を父、照矢に尋ねた事がある。
多くの人が自分の名前の由来を聞いた事があるだろう。
ルナもそうだった。
照矢の話ではこうだった。
西暦から新星暦に時代が移った時、多くの人が太陽や月にまつわる名前を選んだそうだ。
だから『ルナ』だと。
『照矢』自身も太陽にちなんだ名前だと言っていた。
「月の涙事件があってから、灰に覆われた地球が復興した後に現れし月から来た女性…
それがルナさんなんだと思います…
これは僕の思い付きなんですが」
カミナは少し恥ずかしそうに言った。
ルナは目の前のカミナと月のKAMINAがダブって見えた。
' ああ、確かにKAMINAだったらこんな事を言いそうだわ… '
カミナとKAMINA
ルナとルナ・アシュレイ
ルナは運命と言う存在を感じていた。
「まるで私、かぐや姫みたいね」
そう言ってルナも恥ずかしそうに笑った。
「カミナ君、ありがとう。大体分かったわ。
でも焦らないで。私はここに居る。
月のKAMINAがどうやって私を月まで連れて行こうと考えてるのか分からないけど…
私も色々と考えたいの。もう少し時間を頂戴。
生体ダウンロードの事も分かったわ。御先祖様の記憶が戻るまで不安だったけど、今はそこは大丈夫。
この話は一旦ここまでにしましょ?もう道場に行かなきゃ」
ルナの笑顔にカミナは頷くしかなかった。
' 本当はこの先の話が本題だけど… 今この話をしてもルナさんの協力が得られなければどうにもならない… '
カミナはひとまず話を切り上げる事に同意した。
「カミナくんには色々と経験させてあげたいの。きっと月のKAMINAもそれを楽しみにしているわ」
ルナは楽しそうに立ち上がった。
「ハイ!」
カミナもKAMINAがそうである様に、好奇心で溢れていた。
一波乱あった昼食を済ませ、二人の距離は更に縮まっていた。
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