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~18. 炎の中で…
村正道場のエースでありながらその性格故に実は道場内で敬遠されていた流が、今日初めて武術の基礎を教わったばかりのカミナに組手で瞬殺された事で道場内は大賑わいになっていた。
一瞬で道場の練習生達の人気者になってカミナは囲まれてしまっていた。
初めて同性異性にかかわらず親しく、楽しくワイワイと話が出来ているこの瞬間を、本当に『楽しい』と実感していた。
同じ事を学ぶ人達があっという間に『仲間』になり『友達』になったのだ。
カミナ自身まだそれを『仲間、友達』と言う言葉として結び付けられてはいなかったが…
ただカミナは学んだ事を試せると言う好奇心で流の組手の申し出を受けたのだが、
あまりにも一瞬で終わってしまったので少し流に悪い事をした気分になっていた。
村正の指導のお陰でその場が収まったので良かったが。
またカミナは村正の不思議な技を体験した事で身体の使い方の奥深さ、人間の英知の深さを知り、更に好奇心を掻き立てられていた。
ルナも流の事は気になったが、目をキラキラさせているカミナを見て不思議な感情が生まれていた。
それはアシュ博士の視点とルナ自身の感情が混ざりあっていたからだ。
成長を喜ぶ母の様な気持ちと同時に、普通の明るい男の子に変化して行くカミナの姿にトキメキを感じている自分がいた。
' 連れて来て良かった… ここまで人気者になるなんて予想外だったけど '
こんなにイキイキとしているカミナは初めて見た気がしていた。キラキラしてると言うのはこういう姿の事なんだと思った。
そんなカミナの姿にルナの胸は ' キュンッ ' 締め付けられる感覚があった。
村正もしばらくはその和んだ空気を壊さない様に邪魔しない様にしていたが、時間を見て皆に声を掛けた。
「ほら、仲良くなるのは後にしろ!月謝分は稽古しないと勿体ないぞ!」
その言葉にカミナを囲んでいた練習生達も、各々にカミナに声を掛けて自分の練習に戻って行った。
カミナもルナの所に来て次は何を教えてくれるのかと言う顔をしている。
「カミナくん、ちょっと覚えるの早すぎだよ。
普通の人はそんなスピードで覚えないから、一気にここまで教えたりしないんだよ?
… まぁカミナくんの学習能力を考えれば当然の事だけどね… 」
ルナはわざと 'やれやれ ' と言った仕草をして言った。
カミナは欲しい物を買って貰えなかった子供の様に残念そうな顔をしていた。
そこでルナはカミナに質問をしてみた。
「カミナくんは村正範士の技を受けて見てどうしてあんな事が出来ると考える?」
カミナはまるで人間の様に拳を軽く顎に当て左上に視線を向け少し考えてから答えた。
「… そうですね… 外見を観察するだけでは腕力の勝負の様ですけど、村正範士の言葉も併せて考えると腕の力だけで出来る事ではないですよね。
僕も体格から見て腕を押さえるのに必要な力は出したはずなのに、僕の全身が軽く浮き上がる程の力を村正範士は発生させてる訳ですから…
方法は不明ですが他の部位の筋力も技に利用されてるんでしょうね… 」
ルナはカミナのあまりにも的確な分析が、あの僅か二度の体験で導き出されている事に身が震える様な気がした。
それはまさに科学者が実験で想定以上の成果を出した時に感じる喜びと同じだった。
「… さすがだよ、カミナくん… 。そこまで分かっちゃうんだ… 」
眩しい物を見るような目でルナはカミナを見ていた。
「でもどうやってその力のコントロールをしてるのかまではまだ分かりませんけどね」
カミナは少し困った様な笑顔を見せた。
ルナは可能な限り、時間が許す限り自分の技術を教えてみる事にした。
もちろん『使う必要がない事が一番大切だ』と言う考え方と共に。
カミナはルナの動きを一度見れば正確にその動きをトレースして完璧に再現出来た。
更にその使い方の説明、状況に応じて技を変化させる事や応用も含めて人間では不可能な速度で学習していった…
二人が稽古に集中している間に他の練習生達は二人に見とれながらも自分の都合に合わせて道場から帰って行った。
一人減り二人減り、気付けば河水 流の姿も道場内から消え、いつの間にか道場内の護身術コースには村正範士とルナとカミナしか居なくなっていた。
スポーツ格闘技コースの練習生は時間帯別に練習生が来ていたので声は聞こえていたが。
「二人とも今日はそこまでだ。終わろう」
村正の声に二人はやっと我に返った様子だった。
気付けば時計の針は5時半を回ろうとしていた。
「まったくお前達は… 格闘技コースの指導が終わって帰って来たらまだやってんだから…
熱心もそこまで行くと馬鹿だぞ」
と半ば呆れながら笑って言った。
ルナもここまで集中するのはかなり久しぶりだった。
持って来ていたドリンクは既に二人分空っぽだった。
「しかし何だ… カミナ君は今日は体験だから入会金も月謝も要らないんだが…
月光拳の真髄に迫る勢いで吸収してるな。
ルナ、こりゃ俺は大損だぞ!ガハハ!」
ルナは少し申し訳ない気持ちになった。
「すみません範士… でも彼は特別なので… つい… 」
「当たり前だ。彼は特別と言うか… 特殊過ぎる。こんなに覚えが早い人間は見た事がない… 」
村正はカミナの人間離れした学習能力と身体能力に明らかな違和感を感じていた。
「事情は知らんが… ルナ、カミナ君は相当な『訳アリ』だな?」
ルナは返す言葉も無かった。
「まぁ、いいさ。それよりカミナ君。君は月光拳の門弟じゃあないが、もう免許皆伝レベルだ。
… ルナを護ってやれよ」
村正の言葉に二人は ' ハッ ' としたが、カミナは力強く頷いた。
村正はルナとカミナに良く分からない不安を感じてそう言葉を掛けていた。
~.
ルナは道場内のシャワー室で汗を流していた。
中々シャワー室まで完備した道場など滅多に無いのだが、村正道場はシャワー室が2ヵ所完備してあった。
他にも更衣室もある。
ルナはカミナにも一応シャワーを勧めてみたがやはり ' N.D.B ' で出来ているカミナには必要なかった。
ルナの身体は幼少の頃からオートバイや月光拳を続けていた事で鍛えられ、引き締まった身体をしていた。
しかし筋肉質にはあまり見えない。
女性らしい美しいボディラインをシャワーの水が汗と共に纏わりつきながら流れて行く…
ルナはシャワーを浴びながら朝からの出来事を思い返していた。
' 月のKAMINAの事、そのKAMINAから生体ダウンロードをされ続けている事。
そして自分の先祖の『ルナ・アシュレイ』の事…
先祖でありながら自分と同じ名前を持ち、記憶まで受け継ぎつつある自分の心の変化…
そしてその影響も含めてのKAMINAとカミナへの自分の想い…
稽古での人間を超越したカミナの能力と成長… '
それらの全てが、ルナ自身の1日の経験量としては数日分に感じられた。
このカミナと出会ってからまだ三日しか経っていないにもかかわらず、余りにも濃密な事実による驚きと体験と自身の変化に対して、既に一ヶ月は経過しているかの様だった。
それ程目まぐるしい自身の環境の変化に心が追いついて行かないと言うのが正直な気持ちだった。
そして複雑な気持ちを抱えつつもカミナへの想いは胸を締め付ける。
稽古後のシャワーで火照った身体だったが、カミナの事を思うと更に顔まで火照って来る。
' カミナくん… 胸が熱いよ… '
ルナはシャワーを止めシャワー室を出た。
そして身体を拭いて着替え、備え付けのドライヤーで髪を乾かして待たせているカミナの所に向かった。
カミナも一応シャツだけは着替えていた。
やろうと思えば体温を上げる事で汗を蒸発させて汚れは ナノコートで綺麗にする事は出来たが、流石にここでそれをやる訳にはいかないので更衣室で着替えだけは済ませたのだ。
「お待たせ、カミナくん」
少し頬を赤らめたルナが出てきた。
「… ルナさん、顔が少し赤い様ですが… 大丈夫ですか?」
「運動してシャワー浴びて温まったからだよ」
' カミナくんもまだこの辺は学習不足ね '
そんなカミナを少し可愛らしくも感じた。
時計は6時を回っていた。
「範士、遅くまでありがとうございました!」
ルナは村正の居る別室に顔を出して挨拶をして来た。
「おう、疲れてる筈だから気を付けて帰れよ。過信せずにな、くれぐれも」
村正はいつも気遣いを欠かさないが、今日はいつもより念入りにルナを送り出した。
「はい、ありがとうございます!」
カミナも「ありがとうございました」と笑顔で挨拶をした。
二人は道場を出てバイクの所に行った。
ヘルメットを被りルナはバイクのエンジンを掛けた。
すると動きを止めて空を見ていたカミナが目に入った。
「…カミナくん?どうしたの、もう行くよ?」
「ルナさん… 今KAMINAと繋がったんですが… 」
「え?」
「西谷さんが… 」
ルナは急に不安になった。
「西谷先輩がどうしたの?」
空を見上げていたカミナが顔をルナに向けて言った。
「西谷 櫻子さんが先程『天照』を起動させたそうです」
「は?… え?… 天照を起動…? 」
「… はい、どうやら今朝伊勢神宮に向かったみたいですね。その上で正式に天照の起動に成功した様です」
ルナは意味が分からなかったしそれがどんな意味を持つのかも『未だ』理解出来なかった。
「つまり… それはどういう事… かな?」
混乱しているルナを見てカミナは微笑んだ。
「地球の復活の始まりです。そして… 」
「… そして?」
カミナは唐突にヘルメットを被った。
「続きは家に帰ってから話しましょう!」
そう言ってカミナはヘルメットの奥で笑ってバイクの後ろに跨った。
「う、うん… 分かった。あ、途中でガソリンスタンドに寄るね。燃料入れなきゃ」
「分かりました!」
カミナは何だか嬉しそうだった。
ルナはギアを入れアクセルを捻った。
軽快な音と共に二人のバイクは走り出した。
道場の窓から村正はバイクのテールランプを見送っていた。
そしてその後を1台の車が着いて行くのが見えた。
~.
ルナは自宅の近くの、いつも利用しているガソリンスタンドに立ち寄った。
たまたま利用客はルナ達だけだった。
セルフサービスのガソリンスタンドだったので店員はまだ事務所にいた。
新星暦とは言え、月の涙事件以降地球の全ての技術は大幅に後退せざるを得なかった為、今地球では再び化石燃料がメインのエネルギー源だった。
月の涙事件以前は既に核融合炉によるクリーンエネルギーが主に利用されていたし、一部では『超臨界水』を利用した人類の夢の完全無公害の完全リサイクルエネルギー機関も使われていた。
しかし現在はそれらもロストテクノロジーだ。
故にこの時代ではまたガソリンスタンドが復活し、普通に生活に溶け込んでいた。
カミナはガソリンスタンドには初めて来た。
気化したガソリンの匂いが鼻を突く。
「結構キツい臭いがするんですね… 」
「うーん、そうね。馴れたら気にはならないんだけどね」
ルナはニコッと笑ってカミナの顔をみた。
ルナは給油口を開け、ガソリンを入れ始めた。
それをカミナはバイクの横で見ていたら、ゆっくりその横にスモークガラスの車が入って来た。
給油するなら給油機の所に停車する筈だがその車は助手席側をルナ達の方向に向けてゆっくり近付いて来た。
KAMINA ' カミナ!ルナを護れ! '
カミナは瞬間的に給油中のルナに覆い被さる様にしてルナを抱いてその場から跳躍した。
それと同時にカミナのナノコートの髪がブワッと一瞬で身を包む様に伸びた。
スモークガラスの車の窓が少し開いてその隙間から火の付いたオイルライターがルナのバイクの方に投げられたのとカミナがルナを抱いて着地するのがほぼ同時だった。
車は窓を閉めながら急加速してガソリンスタンドを出ると同時に気化したガソリンと給油口の開いたルナのバイクにオイルライターの火が引火した。
『ババーンッ!!』
大音量と共にバイクは爆発し、同時に給油機も爆発した。
事務所の窓は爆発の影響でヒビが入った。
他の給油機も吹き飛ばされて破壊され、ガソリンが漏れ出していた。
その一瞬後にガソリンスタンドごと大爆発を起こした。
… 大きな火柱が薄暗くなった空に立ち昇った。
周囲の店や住宅は衝撃波で窓ガラスは割れ、道路を走っていた車も煽りをくってひっくり返った物もあった。
辺りは地獄絵図と化し騒然となった。
その音は当然近所の自宅にいる照矢の耳にも衝撃波と共に伝わったし、少し離れた村正道場にまで届いていた。
そんな燃えさかる炎と爆発の中、ルナはカミナの大量のナノコートの髪の毛で包まれた状態でカミナに抱えられたまま吹き飛ばされていた。
ルナは20秒程失神していたかの様になっていたが、ハッと我に返り、自分を抱きしめているカミナを見た。
「… 無事… ですか… ルナ… さん… 」
「カミナ…くん… 」
カミナは自身とルナを守る為にナノコートを瞬間的に展開したものの予測される爆発規模に合わせてカミナ自身のナノコートも全てルナの防御に振っていた。
カミナの身体を構成していた ' N.D.B ' の人工皮膚も激しく損傷していた。
ルナの目に映ったカミナは満身創痍どころではない。
背中から頭髪まで炎が飛んで燃えている。
どう見ても既に命が尽きていてもおかしくない状態だった。
「カミナくん!!」
「守れ…良か…た… 」
目の前で『愛する男』の命が消えて行こうとしているのに自分は身動きすら取れない状態でナノコートに守られている。
ルナはボロボロと涙を流しながらカミナの名を呼んだ。
「カミナくん!カミナくん!死んじゃダメ!死んじゃイヤ!」
カミナはぎこちなく、精一杯微笑んだ。
「ルナ… 愛… して…る… 」
「イヤァーッッ!! 」
ルナの叫びは爆発音の中で周りには届かなかったが、その声を聞いてカミナの機能は停止した。
第二章. セレーネ計画 END.
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