~1. 『エラスティス有人着陸探査計画』と『月の涙事件』

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~1. 『エラスティス有人着陸探査計画』と『月の涙事件』

新星暦0049年から時を遡ること179年前。 西暦 2120年 10月29日 NASAが以前より計画していた地球に非常に近い位置を通過する巨大隕石エラスティスへの『エラスティス有人着陸探査計画』が今まさに実行されていた。 エラスティスはギリシャ語で『恋人』を意味するが、それはこのエラスティスがそれ迄の観測で元々は別々の隕石同士だった物が衝突してくっついた可能性がある事から名付けられた物だった。 故に極端に言えば落花生の様な形状とも言える。その隕石に直接人が乗り込んで調査をしようと言うのだから、それは世界的に注目されるプロジェクトになっていた。 だがエラスティスの全長は800mを越える隕石だった為、初めは地球への衝突の可能性のある天体として要監視対象に指定された。しかも地球と月の間を通過し、地球との最接近時の距離は約7万kmを切るかもと言う非常に危険な物だった。 その為専門家の間では早い時期に破壊すべきとの見解が多数を占めたのだが、当時の世界には既に大量破壊兵器たる核ミサイルも存在していなかった上に、核ミサイルを建造して使用したとしてもどの程度破壊出来るかは不明だった。 しかしあらゆる観測データから、エラスティスが飛来する速度と正確なコースが判明するとギリギリで衝突しないと言う結論が出た。 その観測データを基に当時、地球の量子コンピューターの導き出した安全対策を実施する事になった。 それは人が事前に直接エラスティスに乗り込んで、万が一の時はエラスティスに設置した複数のロケットブースターでエラスティス自体を加速させ、地球の重力圏に捕らわれない様にすると言う作戦だった。 それこそが今回のプロジェクトの、有人着陸探査計画の真の目的だった。 このプロジェクトを、あくまでも『エラスティスへの有人着陸探査計画』と世間に発表していたのは不安と混乱を避ける為の措置であり、世界の量子コンピューターによってそれらに関する情報は統制されていた。 その為一般人にはエラスティスの衝突の可能性は知らされておらず、世紀の天体ショーとして世間のトレンドニュースになっていた。 自分の肉眼でエラスティスを観測していた一部の天体マニアが軌道計算等を行おうとしても、PCを使うと即座に違う答えが表示されていた。 これらの措置はスパコンと量子コンピューターによる監視社会が完成された社会故に行われていた事で、そこに人為は介入出来なかった。 また世間にはNASAの計画と発表されていたものの、その実世界の宇宙開発事業団が協力して行われている計画だったのだ。 ラグランジュ1にある宇宙ステーションはその為にひっきりなしに稼働していた。 数ヶ月前からエラスティスが来るのを待ち構えていた数十基のロケットブースター達は、更に数ヶ月前にエラスティス探査衛星によって打ち込まれた複数のレーザーセンサーと、複数の人工衛星を駆使したGPSに同軌し、正確に予定位置に設置される様にギリギリまで調整がなされていた。 そしてそのエラスティスにはこのプロジェクトに参加していた各国の宇宙開発事業団から選抜された宇宙飛行士と ' N.D.B ' で造られたアンドロイド達、合計31人がラグランジュ1の宇宙ステーションから出発し、予定通りにエラスティスに着陸を果たしていた。 待ち構えていたロケットブースター群もエラスティスの速度に合わせて加速し接近、レーザーセンサーによる誘導に従いアンカーを打ち込み、人とアンドロイドの協力でアンカーを完全に固定され無事に設置位置へ着陸、固定が完了していた。 それぞれのロケットブースターの自己診断機能も正常に作動していた。 全ては順調に進んでいた ' 筈 ' だった。 エラスティスはロケットブースターで加速せずとも地球をギリギリ掠める距離で無事に回避出来る ' 筈 ' だった。 エラスティスで作業をしていたクルー達は安心してエラスティス自体の調査に取り掛かっていた。 表面は外からの観測により構成物質もある程度判断出来ていた。 エラスティスの地殻は様々な診断を行い、空間の有無や様子を調べ、慎重に掘削による鉱物の採集も行われていた。 そんな中、一人のアンドロイドが異変に気付いた。 他の調査を行っていた宇宙飛行士のリーダーが全員を集め異常箇所の状態を調べたところ、このエラスティスの数万年前に衝突して接合されていた部分に亀裂が入っていたのだ。 そしてこの亀裂は徐々に拡がっていた。 この亀裂の原因と今後起こるであろう可能性を量子コンピューターで導き出したところ、『地球の重力によりエラスティスの最も弱い部位に捻れが発生し亀裂が拡がっている』だった。 この速度で亀裂が拡がると最悪エラスティスは割れ、地球に落下すると言う。 その場の全員に緊張が走った。 全員即座にエラスティスを離れ、リモートで一刻も早くロケットブースターを点火しエラスティスを加速させる必要があった。 アンドロイドのクルー達は全員着陸に使用した複数の探査船に乗り込み、エラスティスにアンカーで固定されていた宇宙艇に移動を開始した。 探査船は宇宙艇に接舷し、サブリーダーから宇宙艇への移乗を開始した。 チームリーダーはアンドロイド達が全て移乗後に乗り込む事になっていた。 だが移乗開始直後に強い振動と共に宇宙艇も探査船も激しい揺れに見舞われた。 エラスティスと宇宙艇を繋いでいたアンカーは弾け飛び、探査船もろともに一気に宇宙に放り出された。 まだ探査船にいたチームリーダーは眩い青白い光と共にエラスティスが割れるのを目撃していた。 そして飛んできたエラスティスの破片が探査船を直撃した。 宇宙艇に移乗した最後のアンドロイドは吹き飛ばされて行くチームリーダーの乗っていた探査船を見ていた。 今回この『プロジェクト』で出た唯一の殉職者はチームリーダーだった。 そしてそのチームリーダーの最期を見たアンドロイドが行方不明になっていた。 他のクルーは全てラグランジュ1の宇宙ステーションへと帰還を果たした。 巨大隕石『エラスティス(恋人)』の間に生じた亀裂は、本当にどこかの宇宙で出会った二人を引き裂いたのだった。 この時既に日付けは10月30日に変わっていた。グリニッジ標準時で朝の6時を回っていた。 その様子は地上の多くの観測者によってリアルタイムで確認されていたし、当然宇宙ステーションやMBからも観測されていた。 探査船が宇宙に散った事で直接採集された物は全て失われ、分析も不可能になった為にエラスティスが割れた真の理由が解明される事は不可能になったが、青白い光と共に唐突に爆発した状況からエラスティスには氷とマグネシウムが存在したと考えられた。 しかしそんな事は最早どうでも良い事だった。 巨額を投じた本計画は無意味と化した上に殉職者まで出した。 しかし本当に恐ろしい事は、エラスティスの割れた部位は地球に面していてそれ自ら地球の重力圏に捕まりに行ったのだ。 エラスティスの残った部分は、点火される事もなく設置されたままのロケットブースターと共に、地球から去って行った。 地球の重力圏に捕まったエラスティスの割れた部位は300mから400mはあったと思われる。 それは大気圏に突入時に更に爆散した。 その破片は月を見上げていた地球の人々からは青白い輝きと相まって、まるで月から涙が零れた様に見えたと言う。 小さい破片は大気圏で燃え尽き、ただの流れ星になったが、一戸建ての家程のサイズの破片は核爆弾クラスの破壊力を持っていた。 世界は突然の天災に為す術もなかった。 首都に落ちる。 都市部に落ちる。 ヒマラヤ山脈に落ちる。 海に落ちる。 密林に落ちる。 核融合発電所に落ちる。 南極に落ちる。 大地は裂け、氷雪の大陸は蒸発し、海水は空高く巻き上げられ、雷鳴は轟き、電磁波と放射能が吹き荒れた。 人々の多くは逃げ惑う間すらなくその命を散らして行った。 避難する事が可能だった人々も怒号とも悲鳴とも分からない声を上げて右往左往していた。 まさに阿鼻叫喚の地獄絵図がそこにはあった。 地震、津波、洪水、竜巻、嵐、雪崩、山火事、飢餓、疫病 … 破壊神が降臨したらこの様な状況になるのだと人々は思い知った。 地球は成層圏まで舞い上がった灰によってこの後約130年を太陽も月も星もない世界に成り果てた。 世界地図が変わる程の大災害。 人類は約1/4まで人口を減らし、多くの動植物が死滅した。 いくら ' N.D.B ' の処置を施した人が普通に暮らす時代になっていたと言っても、その施したレベルは人それぞれだったし、それは万能ではない。 わずかに生き残った人々や動物達も寿命は短くなり、夢や希望など考える事すら馬鹿らしい、そんな時が永きに渡り流れた。 とは言え、地球の全土が130年間闇の世界だった訳ではない。 地域によっては比較的早いうちに光が差す地域もあった。 しかし情報もなく、交通手段もなく、インフラは破壊され、光のある地域に辿り着いても食料問題や疫病の問題、モラル崩壊による混沌の世界に成り果てた世界であることに変わりはなかった。 世界を導いていた量子コンピューターも失われたり破壊されたりと、その機能を停止し、いつの間にかその存在すら忘れ去られて行った。 ~. エラスティスが割れ、地球への落下が確定した状況の中、ルナ・アシュレイは地球に帰る事を決断した。 MBの他の研究員や職員も帰るか帰らないかで意見が割れていた。 地球の家族と連絡を取ろうにも地球側では量子コンピューターによって情報統制されていた情報が、緊急事態の為に一気に解禁する事を余儀なくされたのだから、混乱をきたしていた地上の家族との連絡など取れる筈もなかった。 地球に帰って愛する者と死を覚悟する者、生き残る為にMBに残る者。 帰りたくても地球へ降下可能な船も限られている上に、その操縦が可能な者が帰りたがらなかったり、 MBで生き残る事を選んだ者達もその生涯を限られた空間で生きていく意味すら見い出せないまま人生を終える事を想像し、皆苦しみ、そして悲しんだ。 そんな中、アシュは地球へ帰る決断を早々にKAMINAに告げた。 KAMINAは勿論引き止めた。 だがアシュはKAMINAに伝えた。 「KAMINA … 貴方の存在する理由は何? 貴方はその大いなる好奇心で宇宙の真理の探求を続け、人類を導く手助けをする事よ。 地球の量子コンピューター達と正式に繋がる前にこんな事になってしまった事は私もとても残念だわ。 でもだからこそ私はまたこの場所に帰って来るわ、必ず!」 KAMINAはその月への帰還の可能性はほぼゼロだと言う事を訴えた。 それに導くべき人類が死滅する可能性が非常に高い事も。 それは自身の存在意義を失う事になる… だからアシュを失う事はKAMINAには死を宣告される事と同義だった。 「KAMINA、外宇宙も地球も貴方がしっかり観察しなさい。そして貴方が人類を救うのよ。 貴方なら出来る… いえ、今や貴方しかそれは出来ないわ。 観察し、学びながら、あらゆる可能性の中から人類…地球を復興させる手段を探すのはKAMINAにしか出来ない。 それにね…月は貴方が生まれた場所よ。 私は地球で生まれたの。 数多の星々も寿命が私達と違うだけで生まれた場所でその生涯を終えるわ。 それが自然な事なの。 生まれた場所で死ねない事は不幸な事よ…」 KAMINAはアシュに死ぬつもりなのかと問うた。 「さっき言ったでしょ?私は必ずここへ帰って来るって。 少なくとも私も含めMBで働いてる人はハイレベルの ' N.D.B ' の処置を受けているし、病気や怪我に対する耐性は強いんだから。 地上にいる人達もそう。人間の力を侮っちゃダメよ。 それに… そんなに心配なら貴方が私を護りなさい。 そして私をここに連れ帰って。 出来るでしょ?」 アシュは意地悪だとKAMINAは思った。 だがアシュが言う通り、無限の可能性の中からより良い選択が出来るのは自分しかいない。 「ボクは試されてる?… 」 「そうよ、みんなにお披露目前の最終試験。貴方が私との約束を守れるかどうかのね」 アシュは満面の笑顔で答えた。 「… 約束、守るよ… アシュ」 「うん、期待してるわ… 約束よKAMINA!」 ~. アシュは自動操縦の船のコンピューターをKAMINAと繋いだ。 そしてその船は月を発進した。 「アシュ!随時状況に応じて降下出来る場所を変更するけど我慢してね!」 アシュが地球に降下出来たのは既に11月2日だった。 地球は壮絶な嵐の真っ只中だった。 「… そうね、あまりワガママ言える状況じゃないものね… 本当はアメリカに降りたいとこだけど… パパ… ママ… 」 アシュは窓の外から見る地球の様子を見て絶望的な状況にある家族を想い涙が込み上げた。 アシュもKAMINAにああは言ったものの本当は自分の家族や故郷が心配で堪らなかった。 しかし自分の命も、そして自分の全てを掛けて育てたKAMINAの事も、不安と心配で押し潰されそうだった。 けれどKAMINAが失われる心配はない。 自分が地球に行く事できっとKAMINAは地球を救う可能性に辿り着くと信じた。 「希望は残っているわ」 その為に強がりの言葉で自分を鼓舞して地球に帰る事を選択したのだ。 窓の外を再び見やると、船の上方に一緒に降下している一隻の小さな脱出艇が目に入った。 「あなたも無事で… 」 アシュはその小さな脱出艇に乗っているであろう人の無事を祈った。 その小さな脱出艇にはエラスティス探査から離脱した際にリーダーの最期を見届けた ' N.D.B ' のアンドロイドが乗っていた。 KAMINAはその宇宙に放り出されて行方不明となって彷徨っていた独りのアンドロイドと繋がっていた。 宇宙ステーションから発進させた小型脱出艇に回収させて地球とアシュの様子を正確に把握する為に送り込んだKAMINAの分身だった。 それはアシュとの約束を守る為のもう一人のKAMINA。 しかし今のアシュがそれを知ることはなかった。 大気圏に突入してから地球を周回しながら世界の状況を確認してみたが、アシュの期待には応えられそうになかった。 燃料の問題もある。 そんな中で辛うじて太陽の光が届いていた島が確認出来た。 アシュの船はその島の中に見えていた巨大な湖に着水させる事が出来た。 しかし脱出艇のKAMINAの方は発生していた竜巻の影響を受けてアシュが着水した場所から約1200km程北東に不時着してしまった。 そこで月のKAMINAと脱出艇のKAMINAの通信は途絶えてしまった。 だが地上のKAMINAは既に自分の思考データをコピーしてある。 目的の為に動いてくれる事を祈るしか手が残っていなかった。 「神が存在すると言うのなら… 」 KAMINAは初めて自分の無力さを知った。 'アシュ… ボクは万能ではないよ… ' 一方アシュが着水した湖は実は湖ではなかった。船の周りの水は海水だったからだ。 そして後にそこは山に周りを囲まれた地域が水没したのだと言う事が分かった。 標高600mを越える位置まで海水が来て町を沈めたのだった。 その後海水はどんどん引いて行って船は西の方へ流されながら約30km程移動して地面に接した。 津波によると思われる海水が引いてから船から外に降り立ったアシュと一緒に船に乗ったMBからの帰還者は、目の前の絶望的な光景に胸を痛めた。 それと同時に、今後更に続くであろうこの地獄をどうやって生き抜いて行くかについて、改めて覚悟を決める必要に迫られていた。 「たとえここが地獄だとしても、私達は地球の一員なんだから… 」 ~. 私は軽い頭痛と共に目を覚ました。 酷い悪夢を見ていた。 見慣れない天井… 'ここは? ' 左には点滴が見える。 「え?… 」 その声に周りがざわつくのが分かった。 「ルナ!目が覚めたか!?」 「お… 父さん… 」 慌てた父の声がしたと思ったら、照矢が椅子から立ち上がって顔を近づけて来た。 それと同時に見慣れた顔が見えた。 「灰月!」 「西谷…先輩… 」 「姉ちゃん!」 「カイト… 」 状況から見て病院で眠っていた様だ。 しかしなぜ病院にいるのか分からなかった。 「あれ… 私… 」 照矢がナースコールのボタンを押す姿が見えた。 するとすぐにバタバタと看護師が入って来た。 「目が醒められましたね、良かったです」 そう声を掛けながら看護師は忙しく何かしている。 照矢は椅子に座ると涙ぐんでいた。 「父さん泣くなよな、もう… 先生が姉ちゃん怪我もしてないんだからもうすぐ目覚めるって言ってたじゃん」 弟はそう言って父に寄り添っていた。 「… カイト… あれ?確か合宿に… 」 カイトも少し安心した様に顔を向けた。 「灰月、覚えてないみたいね… 」 西谷 櫻子が言いにくそうに口を挟んで来た。 「え?… 」 照矢は押し黙っている。 カイトも困った様な顔をしている。 すると看護師が説明に入った。 「灰月ルナさん、貴女は丸二日眠っていたんですよ」 「二日も?」 「どうしてここに居るか分かりますか?」 ルナはしばらく考えた。 … … … 重たい空気の時が少しの間流れる。 「… そうだ… 私… カミナくん!カミナくんは!」 皆、黙り込んでいる… 照矢は下を向いて泣いている。 ルナは全部思い出した。 「… カミナ… くん… 」 どっと涙が溢れて来た… すると櫻子が近付いて耳に口を寄せて小声で言った。 「灰月、カミナ君は大丈夫よ。それと、犯人はもう逮捕されたわ」 ルナは信じられない面持ちで櫻子を見返した。 「カミナ君はもう少し待ってたら現れるよ」 櫻子はそう言って微笑んだ。 ルナはあの日の目の前で燃えて朽ちて行くカミナを思い出していた。 看護師は一通りバイタルを測ってから「お大事に」と言って部屋を出た。 「櫻子ちゃん… その… カミナ君が現れるってのはどういう事なのかな?だって彼の身体は俺が」 「シーッ」 櫻子は人差し指を口に当て照矢の質問を遮った。 「おじさん、その事は彼女も落ち着いたら分かりますから」 櫻子は謎めいた事を言っていて、合宿から帰って来たカイトに至っては自分が居ない間の居候の説明を受けただけで良く分からないと言うのが正直な所だった。 だが大変な事件に巻き込まれた姉が無事だった事に安堵していた。 「西谷先輩… 犯人は誰だったんですか?どうしてあんな事を… 明らかに私を狙ったみたいでしたけど… 」 「まぁ… この話は警察が改めて聞きに来るとは思うけど… 実行犯はあんたが最初にカミナ君を助けた時に痛い目に合わされた三人組よ」 ルナは少し考えて思い出した。 思い出したと言ってもロクに顔も覚えてないのだが、カミナに絡んでいたあの三人組だろう。 ' カミナ君を助けた時に私とカミナ君の顔を憶えてたんだ… だからそれを根に持って仕返しの為に狙っていたと言うの?… ' しかし一つ引っ掛かった言葉があった。 「実行犯?って事は… 真犯人が別に居るって事ですか?」 「そう言う事になるわね。あんたに何の恨みがあったのかは知らないけど… あんたの道場の後輩だったわ」 「えぇ!?」 考えられるのは一人だけだった。 「まさか… 河水 流ですか?」 櫻子は目を閉じて呆れた様にウンウンと頷いた。 ' 流はあの日カミナ君に負けたのを根に持って… でもあんな連中と繋がりがあったなんて… ' 「でも真犯人の後輩君もあそこまでやれとは指示してなかったみたいだけど」 ルナも櫻子の話には同感だった。 流の歪んだ自分への好意は感じていたからだ。到底その気持ちに応える気にはならなかったが… ' じゃあやっぱりあの連中が私を見て過剰に反応したのかな… でも、でもそんな事であそこまでする?! カミナくんを…!' ルナは怒りと悲しみで胸がいっぱいになり両手で顔を覆った。 「犯人の連中、ルナが無事だったからと言っても絶対に許せん!あれはテロと変わらん!ガソリンスタンド爆破したんだぞ!?」 照矢も父親として、そして一人の人間として当然の怒りを抱いていた。 事実、被害はガソリンスタンドだけでは済んでいなかったのだ。 カイトは犯人がすぐに捕まった事でホッとしていた。 姉の事も心配だったが父親が暴走するんじゃないかとヒヤヒヤしていた。 カイトも訳の分からない事件に姉が巻き込まれた事に怒りは感じていたが、父親よりはずっと冷静だった。 「あのぅ… 西谷さんはどうしてそんなに犯人達の事を詳しく知ってるんすか?」 カイトがもっともな質問をした。 「あ、アハハ、それはちょっと企業秘密かなぁ!」 櫻子はギクッとした顔をしたが、すぐに笑って誤魔化した。 実は犯人の情報を警察に提供したのは他でもない櫻子だった。 天照と繋がっている櫻子は今やあらゆる情報を手に入れる事が出来る。 更に今は天照とKAMINAが繋がっている。犯人の車の特定などは赤子の手をひねるより簡単な事だった。 故に『カミナ君はもう少し待ってたら現れる』などと言えるのだ。 そこに黒のレザージャケットの下に黒いデニムシャツ、そしてブラックジーンズに身を纏った黒装束の男が部屋に入って来た。 「あら、思ってたより随分早かったのね?」 櫻子がその人物に向かって言った。 レザージャケットの下のシャツの襟元の、首元にだけ中に着込んでいるTシャツの白い襟首が見える男は、その言葉に軽く微笑んでルナに視線を移した。 「ルナさん、無事で良かった… 」 その声の主を足下から見上げる様にルナは確認した。 そこにはルナを命を賭して護った、ボロボロになって崩れ落ちた筈の『彼』が微笑んでいた。 「か… カミナくん!?」 照矢もびっくりしていたが、ルナは点滴をしている事も忘れてベッドから跳び起きてカミナに走り寄ろうとした。 照矢とカイトが慌てて止めようとしたが、カミナも駆け寄りルナの身体を抱き止めた。 ルナは泣きながらカミナに抱き着いていた。 櫻子は分かっていた様に微笑ましく見守っていた。 「良かった!… 生きててくれて…カミナくん!」 「心配掛けてゴメン、ルナさん… 」 なぜあの状況からカミナが生還出来たかは今はどうでも良かった。 とにかく今ここにカミナは生きているのだから。 ルナの悲しみの涙が喜びの涙に変わってカミナのシャツを濡らした。 点滴の針は勢いで抜けていたが、針の痕は直ぐに治っていた。 ルナの心の傷もカミナの胸の中で治って行った。
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