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~2. 帰って来たカミナ
ルナ達は照矢が運転する車の中にいた。
ルナが目覚めた時には病院の夕食の時刻は過ぎていたし、身体に怪我もないのだからすぐに退院する事になったのだ。
照矢は初めレストランで外食でもしようと皆を誘ったのだが、その気になったのはカイトだけだったので外食は没になった。
正直、ルナはもとより櫻子も照矢自身も疲れていた。
カミナはまったく問題無かったのだが積もる話が沢山あったから、やはりレストランの様に人が多い所で時間を無駄にしたくなかったのだ。
カイトは外食を楽しめると思ったのだが、なんせ姉が殺されかけたのだ。
そこは我慢するしかなかったのだが、車中にはカイトの腹の虫は鳴り響いていた。
カミナはその異音の原因を皆に尋ねたが、それが笑いを呼んで重い空気を少しだけ軽くした。
だがカイトにして見ればこの謎だらけのカミナと言う男に恥をかかされた形で少しムッとしていた。
カイトは考えていた…
姉が眠っていた二日を除き、自分が居ない僅か三日間の間に姉がこの謎の男と突然急接近してる事が不可解で、また不愉快だった。
自分の許可なく部屋を使われたのも気持ちの良い事ではなかった。
何故か部屋のあらゆる物が妙に綺麗になっていたが…
何より父も西谷さんもこの男の話になるとちゃんと説明してくれなかった。
「いずれ話す」とは父の言葉だが、不良なのかチンピラなのか分からない男達に絡まれていたこの『カミナ』と言う男を姉が助けた事はまぁいい。
そんな事は過去何度もあったからだ。
しかし自分の部屋で寝泊りするのを許された奴なんか居なかった。
こんな事は初めてだ。
そしてなぜ何日も我が家に居候していたのか?
しかもその挙句、姉とこの男は殺されかけたのだ。
西谷さんの話だと捕まった犯人達はこの男に絡んでいた連中の仕業だと言う。
つまり ' コイツ ' が今回の事件の元凶なのではないのか?
そんな疑念が頭から離れなかった。
それにだ…
最初父はこの男が死んだと言っていた。
事件の翌日、自分も爆破されたガソリンスタンドの現場を見たが普通に考えても死んでるレベルの酷い状況だった。
だが姉は怪我もなく気を失っていただけで済んでいたし、父が死んだと思っていたこの男だって何事もなかった様に普通に現れた。
一体全体どうなっているのか分からなかったし、とにかく
' 怪しすぎるだろこの男!'
と言うのがカイトの気持ちだった。
' 姉ちゃんとベタベタしやがって!'
幼い頃からカイトは基本的に大人しい性格で、運動神経も悪い訳ではなかったが、絵を描くのが好きな少年だった。
人付き合いも下手と言う訳ではなかったけれど、外で遊ぶより同じ絵を描くのが好きな友達と室内でゲームで遊ぶ様な子供だった。
外ではその大人しい性格故に苛めに遭う事もあったが、その度に何度もルナに助けられて来た。
父に連れられてルナと一緒にバイクの練習でオフロードコースに行く時も、いつの間にかバイクに乗る事よりもバイクに乗る姉の絵を描く事が多くなっていった。
月光拳道場にもルナと一緒に通った。しかし続かず辞めてしまった。絵を描く方が楽しかったから家で姉の帰りを待っていた。
大学だって九統大に決めたのはルナが九統大に行ったからだった。
だからカイトはルナを襲った犯人達に対して本当は父親と同じ様に怒っていたし、許せないと思っていた。
つまりシスコンの気があるのだ。
だから気に入らない!
この訳の分からないカミナと言う男が!
しかも名前も自分と同じ『カ』で始まるし、カタカナ三文字だ。余計に気に入らない!
' 姉ちゃんも姉ちゃんだ、コイツの名前呼んでボロボロ泣いて、コイツが現れたら抱き着いてまた泣いてさ!… '
そんな思いがカイトの心の中を乱していたが、聞いた状況から考えれば我慢するしかなかったし、姉が無事だったのもカミナのお陰だったのだからそんな自分のイライラを顔に出すのは大人気ないと分かっていた。
ただ早く真相を知りたかった。
そんな事を考えながら帰る途中に弁当屋に寄ったと思ったら、西谷さんが皆の分の弁当を買って来てくれた。
' この人は本当昔から親切と言うか面倒見が良いと言うか、優しいよなぁ…
才色兼備ってやつかなぁ…
姉ちゃんとはまた違うタイプで良い人過ぎるな… '
櫻子が買ってきてくれた弁当を預かる為に助手席から後部座席を振り向いたら、ルナは窓側に座っているカミナの肩にもたれかかって眠っていた。
' まったく… '
その姉の寝顔とカミナに嫉妬心を感じながらもルナの隣に座った櫻子から ' どもっ ' と頭を下げてカイトは弁当を受け取った。
「悪いねぇ、櫻子ちゃん… 」
「いいえぇ、お邪魔させて頂くんですからたまには私にもこれくらいさせて下さい」
照矢は櫻子に弁当代を渡そうとしたが櫻子は受け取らなかった。
車は先日の事件があったガソリンスタンドの前を通り過ぎた。
黒焦げになり屋根は吹き飛び、事務所も全壊したままだ。従業員は何とか裏のドアから避難して無事だったそうだ。
周囲の家屋も窓ガラスは割れ、火に炙られた外壁は焦げた後なのかススなのか判別はつかなかったが真っ黒になっていた。
また家屋の水道管は破裂し、電線も切れて停電していた。ガスだけは埋設されていて奇跡的にガス漏れもなく無事だった。
停電は何とか今日復旧していたが、まだ周囲は油と物が燃えた臭いが漂っていた。
現場の前を過ぎると、間もなくこの二日臨時休業していた整備工場のある我が家に到着した。
ルナが眠っていて良かったと皆思った。
~.
帰宅するとルナを含め灰月家の面々は皆でそれぞれに食事の準備と客人をテーブルに着かせる為に椅子を準備したり、お茶を準備したりしていた。
櫻子も勝手知ったる灰月家である。
カミナを連れて洗面台を借りて手を洗いに行った。
カミナに手を洗わせる事は本人には意味は無かったが、まだカミナの事を知らない灰月カイトの事を考えれば無難な行為だった。
先に手洗いをカミナに勧めた櫻子は小さい声でカミナに尋ねた。
「凄く到着早かったけど… どこから出発したの?」
「あぁ、もういつでも大気圏に降下出来る位置で待ってましたので」
「そう… 流石に予測も準備も万全だったのね。でもどう話すつもりなの?」
「ご存知の様にボクは嘘を吐けませんし、兎に角時間が有りませんから事実を話しますよ」
「私は天照の指示に従うわ。でも灰月は大丈夫かしら… 」
「… 先程生体ダウンロードもほぼ終わってますからルナさんも分かってると思います」
「じゃあ取り敢えずの問題はおじさんとカイト君ね… 」
「はい… 」
すると照矢の声がした。
「おぉい二人とも、何してんだ?早く食べようや」
カイトも腹を空かせていて洗面所へ顔を覗かせた。
「はい、今行きます!」
櫻子が返事を返すと急いで手を洗って二人ともリビングに現れ準備してあった席へ着いた。
ルナ達は台所で手を洗って準備していた。
「じゃあ皆今日は櫻子ちゃんもお疲れさんだったね!
カミナ君も… ま、話は食べてからだ。食事を済まそうか」
照矢がそう言うと待ちくたびれていたカイトが「いただきます!」と買ってきた弁当に手をつけた。
そして各々が「いただきます」と、夕食を食べ始めた。
照矢は静か過ぎるのを嫌ってテレビを点けた。
テレビではタレントが何やらトークをしていて、笑い声がこの静かなリビングにも流れて来た。
ルナは静かに食事をしていた。
カミナも同じ様に静かに食べていた。
照矢もルナとカミナの事は気になっていたが、ゆっくり話を聞く為に黙々と箸を進めた。
カイトもこの微妙な空気を感じていたが、兎に角腹が減っていたので一気に弁当を平らげた。
ようやくひと心地着いた気分だった。
櫻子も静かに食事をしていたが、それは頭の中では『天照』とコンタクトを取っていたからだった。
テレビから流れるトークと笑い声だけがこの重い空気を誤魔化してくれていた。
そうこうしている内に皆食事を終えた。
カイトは姉が立ち上がって皆の空になった弁当の容器を片付け始めたのを見て「姉ちゃんは病み上がりなんだから」と、ルナを座らせて自分が片付けを代わり台所へ向かった。
照矢はじゃあそろそろ頃合と見て話をしようと言う風に顔をカミナに向けた。
しかしカミナはそれを察し「カイト君が来てからにしましょう」と照矢を止めた。
するとすぐにカイトが現れて席に着いた。
それを見て口火を切ったのはカミナだった。
「では… 改めて自己紹介をさせて下さい。カイト君にはお部屋を使わせて頂いてましたし、実際にお会いしたのは今日が初めてですから」
そして皆がカミナの方を向いた。
カミナはまずカイトに向かって話を始めた。
「改めまして、カミナと申します。ボクは月から来た、皆さんがロストテクノロジーと呼ぶ技術で造られたアンドロイドです」
「… … … ??
はぁぁぁぁっ!?アンドロイドだって!?」
唐突な、余りにも荒唐無稽に聞こえる自己紹介にカイトは思わず大きな声を出してしまった。
それは無理もない反応だった。
「しかも月から来ただって!?」
カイトは周りの顔をキョロキョロと見た。
「カミナ君は月から来たのか?」
照矢もそれは初耳だったので驚いて聞き返した。
「はい、今のボクの身体は本来月面基地ムーンベースで仕事をする為に造られたアンドロイドの一人です」
櫻子もルナも静かに聴いていた。
その様子を見たカイトはこの二人はその事を知っているのだと察した。
しかしそれでもにわかに信じられる話ではない。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。
カミナ、あんたがアンドロイドだとか月から来ただとか、どうやって信じろって言うんだ?
父さんも姉ちゃんも信じてんのか?」
「カイト、少し声のボリュームを下げろ」
照矢は外に聞こえそうな程に大きな声を出しているカイトをたしなめた。
言われてカイトも自分の声が興奮で大きくなっている事に気付いて声を小さくした。
「カイト、信じられんのは無理はないがな。カミナ君は最初故障した状態でウチに来たんだ。
故障は俺も自分の目で確認したし、そのカミナ君の修理したのは櫻子ちゃんとルナだ」
カイトは信じられなかったが父がそう言うのだから信じるしかなかった。
それに自分にこんなとんでもない嘘を吐く意味がなかった。
「じゃあ… アンドロイドだからこの前の事件から生還したって言うのか?… 」
カイトは呟く様に聞き返した。
「カミナ君、君の身体の一部は俺が回収してる。君はどうして無事な姿でここに居るんだ?」
照矢は事件当日、現場になったガソリンスタンドに消防より先に到着していた。
自宅から現場のガソリンスタンドまでは徒歩で2分程の距離しかないからだった。
そこで立ち上る炎の下で発狂する様に泣き叫ぶ娘の姿を見つけたのだ。
照矢は危険を承知でカミナの頭髪と思われる大量のナノコートに包まれた娘を爆発現場から少しでも遠ざけようと火傷を負いながらルナを引きずって来たのだ。
その時に大きく損傷して娘に覆い被さる様になっていたカミナの残骸を照矢は間近で見たのだ。
本当はそのロストテクノロジーで出来た身体の事を考えれば全てを回収したかったが、とてもそれは無理な状況だった。
そしてその一部だけ回収したのだった。
残りの残骸は恐らく消防か警察が回収したのだろう…
照矢も顔や手に火傷を負ったものの、照矢自身もカミナのナノコートの恩恵で、すぐに火傷は治っていた。
カミナは二人に答えた。
「どうしてボクがここに無事な姿で居るのか。
それは事前に地上のボクに何かあった時の為に常にバックアップを取りながら軌道上に小型艇で待機していたからです。
つまりあの時破壊されたボクの情報はリアルタイムで今のボクと共有されていました。
それで、地上に居た僕のボディが破壊された為にすぐに僕が降下して来たんです」
「つまり… 今の君は事前に用意されていた予備の身体だと言うのか?」
照矢は確認する様に尋ねた。
「そう考えて頂いて結構です。ただ予備のボディと言っても179年前の古い身体と違って現在の技術で新造された最新型ですが」
照矢は言葉を失った…
しかしカイトが口を開いた。
「カミナ… あんたは一体何者だ?… 」
「ん? 今説明している通りの」
「そんな事を聞いてんじゃない!なんでまたここに現れた!?
事前に予備の身体まで準備して、どうしてまた姉ちゃんの前に現れたんだ!
一体何の目的で姉ちゃんに付き纏ってんだよ、アンタは!」
無理もない質問であり、疑問だった。
カイトは続けた。
「それにさっきから姉ちゃんも西谷さんもなんで何も言わないで黙ってんだよ!?意味が分かんないよ!」
ルナも櫻子も黙っている。
カミナはじっとカイトの目を見た。
「カイト君… 君の疑問は当然だ。ボクは今日それを話す為にここに居る」
ルナもカイトの目を見た。
二人に見つめられたカイトはゴクリと唾を飲み込んだ。
' 姉ちゃんも分かってるのか?… '
「… 照矢さん、カイト君、今から話す事は信じられないかも知れませんが、全て事実です。
ルナさんも西谷さんもその事を既に知っています。
だからずっと黙っているんです」
静かにカミナは話し始めた。
「… まず、ボクとルナさんの関係は西暦2119年迄遡ります。そして、ボクの本体は今も月面基地で稼働中の量子コンピューターです」
照矢もカイトも絶句した。
失われた量子コンピューター。
照矢もカイトも教科書でしか習っていない歴史上のロストテクノロジーの象徴的存在である量子コンピューターが、現在も月で動いていて、それがカミナの本体だと言うのだから当然だ。
「ルナさんはボクを開発し、人口知能と人格を与えてくれた開発者、ルナ・アシュレイ博士の記憶を持った人で、ボクの産みの親とも言える存在です。
そしてボクは、月の涙事件の時にある一つの約束をルナさんとしています。その約束を果たす為にずっとルナさんを捜していました。
… 余りにも永い時間が掛かりましたが、ようやくルナさんにボクは辿り着いたんです」
「ちょ、ちょっと待ってくれ… 理解が追い付かない… 追い付かないけどだ。
仮にその話が本当だとしてもさ。
あんたが約束した博士ってのは大昔の人だろ?
姉ちゃんがあんたの言うようにその博士の記憶を持っていたとしても、それは姉ちゃんとあんたが約束した事にはならないんじゃないのか?」
すると今度はルナが口を開いた。
「カイト… 確かにあんたが言うように私とカミナくんが直接交わした約束じゃないわ。
私も初めはそう思った。
だけどね… 今の私の中にはルナ・アシュレイ博士の記憶だけじゃなくて…
あの時の感情まで鮮明にあるの…
だからその約束は果たしたいし、果たさなければならないの」
「ルナ… そのカミナ君と交わした約束とは一体何なんだ?」
照矢が尋ねた。
ルナはその質問に答える事を躊躇してしまった。
「照矢さん、その質問にルナさんが答えるのはルナさんの立場上… いえ、性格的に出来ないと思いますので、ボクが答えてもよろしいですか?」
カミナはルナの苦しみが分かっていた。
照矢は頷いた。
「ボクと交わした約束と言うのは… 月面基地にルナさんを連れ帰る事です」
照矢・カイト「なんだって!?月に連れ帰る!?」
二人は同時に反応した。
「馬鹿な!そんな事許可出来る訳が無い!」
照矢が初めてカミナに対して声を荒らげた。
「そうだ!それに行く方法はどうすんだよ!?」
カイトも拒絶反応と共に不可能だと反論した。
「父さん… カイト… でも、どうしても行かなきゃいけないの…
私が行く必要があるの… 」
ルナは悲痛な想いで瞼を閉じ、声を絞り出す様にそう言った。
「何故お前が月なんかに行かなきゃならないんだ!
それに大体カイトが言うようにどうやって行くって言うんだ!?」
照矢も怒りを露わにした。
「カミナ君、ルナを護ってくれた事には感謝している。だが月に連れ帰るだなんて馬鹿げた話を認める訳には行かない!」
そこに沈黙を守っていた櫻子が口を開いた。
「おじさん、その理由が今からテレビで流れますよ」
「はぁっ!?」
突然櫻子が理解不能な発言をしたかと思ったらテレビで速報が流れた。
画面が切り替わり男性アナウンサーが出て来た。
『ここで緊急ニュースを速報でお知らせ致します。
先程、巨大隕石が地球に向かっているとの確定情報が政府官邸に入ったとの事です。
この情報は失われていたと思われていた日本の量子コンピューター、天照から伝えられたとの事で、現在官邸では緊急対策本部が設置され緊急協議が行われているとの事です。
繰り返しお伝えします。
先程、巨大隕石が地球に向かっているとの確定情報が政府官邸に入ったとの事です… 』
「な… なんだと… 」
照矢もカイトもいや、正確には全世界でこの速報が流されていた為、速報を見ていた者のほとんどが言葉を失っていた。
「お父さん、月面基地『MB』と月にある量子コンピューター『KAMINA』は外宇宙観測を目的として造られた物なの… 」
ルナがテレビに釘付けになって固まっている照矢とカイトに声を掛けた。
「それを止める為には私が月に行く必要があるのよ… 」
画面を見つめていた照矢がそのまま櫻子に尋ねた。
「櫻子ちゃん… さっき何故この速報が流れる前に分かった?」
櫻子は静かに、しかしはっきりとした口調でその問に答えた。
「おじさん… 信じられないでしょうけど…
天照を起動させたのは私なんです… このタイミングになったのは偶然だったのか、必然だったのかは分かりませんが…
でもこのタイミングでなければこの危機を世界に知らせる事は不可能でした。
だから今はここに集まっている皆が、必然によってここに居るのだと思えます」
照矢もカイトも三人を見渡した。
「ルナ…櫻子ちゃん… カミナ君…
君達は… 君達に一体何が起こっているんだ… 」
カイトは姉の想いを少し理解した。
『月の涙再び』と言う地球の危機というとてつもない重圧が今ここに居る三人に掛かっているのだ。
' 俺に姉ちゃんを手伝える事は… 俺に何が出来るんだ?… '
カイトは脳内でその方法を模索し始めた。
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