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~3. 真夜中の旅立ち
灰月家のリビングでは繰り返されるニュース速報の前に、集まった皆が沈黙していた。
地球に再び巨大隕石が向かっていると言うニュースが流れているのだ。
世界が沈黙するニュースだ。
その沈黙を照矢が静かに破った。
「ルナ… お前が月に行かなきゃダメな理由は何だ?」
「私が行かないといけない理由は… 私じゃないとその隕石を破壊する事が出来ないからよ… 」
カイトも静かに尋ねた。
「姉ちゃんが行かないと隕石を破壊出来ないってどういう事なんだよ?」
「純粋な人間じゃないと天体を破壊する為の最終ボタンを押せないの。
それも許可された人間じゃないと出来ないのよ…」
カイトはおよそその意味を察した。
つまり判断は月の量子コンピューターが行っても、実行するのは権限を持つ人間だと言う事だ。
どこかで読んだ事がある。
大昔の戦争の時、核ミサイルの発射ボタンを押す事が出来るのはその国の責任者だと。
そして今現在、天体に関する破壊許可を出せる責任者が地球上には姉しか居ないのだと。
だが照矢は納得してなかった。
「じゃあその隕石を破壊する許可を他のもっと適任な人に移譲すればいいんじゃないか?カミナ君にはそれが出来るだろ!?」
「照矢さん… それは無理です…」
「何故だ!!」
「父さん!… 量子コンピューターは沢山の情報から最適解を出せても、重要な決定権は与えられてないの!」
「じゃあルナ、お前がカミナ君に許可の命令を出したらどうだ!?
カミナ君もルナの命令なら聞くだろう!」
「だから無理なの!私は… ルナ・アシュレイ博士はKAMINAの設計者で人工知能を与えたけれど全ての責任者じゃないわ!
それにKAMINAは高度な人格と知能を有していて、それを無視する事は出来ないし論理的にも倫理的にもそれを覆す事は不可能なのよ!」
「くっ… でもお前はルナ・アシュレイ博士じゃない!俺の娘の『灰月 ルナ』だ!
どんな仕掛けでお前がその人の記憶や感情を持ってるのか知らんが、お前が許可された訳じゃないだろ!」
ルナは父が父親として心配して反対している事は分かっていた。
しかし父を納得させる必要がルナにはあった。
' 父さん… でも私しか出来る人は居ないの… '
ルナは引く訳には行かなかった。
「父さん… お願い。落ち着いて聞いて。
心配してくれてる事も分かるし、確かに私が直接許可された人間ではないわ。
でもね… 私しか出来ない理由があるの。
それはね…
私の遺伝子、DNAは月の涙事件の際にナノテクノロジーによっていずれルナ・アシュレイ自身と同じ様に組み変わる様に仕組まれていたの…
そしてそれをルナ・アシュレイに仕組む事を決断したのは…
ルナ・アシュレイ自身よ。
だから私は遺伝子レベルでもルナ・アシュレイ本人なの… 」
「なっ… !」
照矢は言葉が続かなくなった。
「… だがお前は俺の娘だ。
月なんぞに行かせる訳には行かん!」
そう言って立ち上がり、リビングを出て行った。
ルナは黙って見送るしかなかった。
「… 灰月… そっか、アシュレイ博士は日本に降りてから本国には帰れず日本人として生きる為にその苗字に名残りを残したのね… 」
櫻子はアシュレイ博士が月の涙事件の際に地球へ帰還すると決断した時の想いを感じた。
「姉ちゃん… その、何でその遺伝子は姉ちゃんにだけ伝わったんだよ?
それ、弟の俺も受け継いでる筈だよな?
何で姉ちゃんで俺じゃないんだ?」
カイトは自分も同じ遺伝子を持っているのなら、自分だってルナ・アシュレイと同じじゃないのかと問い掛けたかったのだ。
「うん… カイト、あんたにも受け継がれてるわよ…
でもカイトは男でしょ?
もし私が覚醒しなかったらあんたの娘か孫に遺伝子が残されてたわ」
そう、この遺伝子は男性には発現しない。
遺伝子は残されるが女性じゃないと発現しない様になっていたのだ。
つまりその遺伝子は照矢からルナに受け継がれ発現したのだ。
「… そっか… 俺が行けるんだったら姉ちゃんを行かせはしなかったのに… 」
カイトはルナが月に行く事をいつの間にか受け入れていた。
「… ありがとう、カイト… 」
「で、でもさ!一体どうやって月に行くのさ!?」
カイトはルナとカミナを交互に見て尋ねた。
「NEO JAXAの計画を利用します」
カミナは冷静にその問に答えた。
「は?… NEO JAXAの計画って… 確か今話題の『新星暦初の宇宙探査計画』とか言う… あれ?」
「はい、その為に既に『天照』と『月詠』、彼等の力を借りています」
少し不服そうに櫻子が口を挟んだ。
「カミナ君… キミ、ずっと『天照』の事を『彼』って言ってるけど…
『彼』じゃなくて『彼女』よ?女神様なんだから… 」
「え、そうだったんですか?… 失礼しました… ボクには日本の神話に関する情報が無くて… 」
「ふぅ…
これから地球を救うって量子コンピューターKAMINAも、月の涙のせいで地球の文化の情報はほとんど得られなかったみたいねぇ…
まぁ大した問題じゃないけど」
櫻子に図星を突かれてカミナ=KAMINAは恥じ入った。
「私が… アシュレイ博士はアメリカ人だったし、日本の神話にそこまで造詣が深くなくて… KAMINAにそこまで情報を入れてなかったんです… 」
ルナは自分のミスだと恥じ入った。
櫻子はそんな二人の様子を見て、余計な事を言ったかなと少し反省したが、やはり天照を彼と言われ続けていたのは気になって仕方なかったのだ。
' 天照自身は重要視してなかったけどね… '
それは高度な人工知能を持たず、人格と言うものが存在しない量子コンピューターには些末な問題だったのだろう。
そんな他愛も無い会話をしていても、カイトは心配で仕方なかった。
「あの… 西谷さん、話戻しますけど…
NEO JAXAの計画を利用するってどういう事ですか… あのロケットは月には行かないでしょ?」
「そうね、カイト君が言う通りあのロケットは月には行かないわ。
でも月に行く軌道と速度さえ合わせたら取り敢えず三日もあれば月の重力には引っ掛かるし…
ま、そこ迄行かなくてもお迎えも来てくれるみたいだからそれは天照と月詠でNEO JAXAの計画に介入して色々と変更をしてるから大丈夫よ」
そう言ってカイトに微笑んだ。
「でもそんな事しちゃって大丈夫なんすか?… 」
「あら、地球に謎の隕石が衝突しそうなのにそんな事心配するの?」
「あ、いえ… そうじゃないです… はい… 」
カイトは櫻子に言いくるめられてしまった。
だが実際に櫻子の言う通りなのだから仕方がない。
「あ、そうだ、今『謎の隕石』って言いましたよね?
… カミナ、あんたその隕石の事知らなかったのか?仮にも外宇宙観測が本来の仕事なんだろ」
あくまでもカミナには強気に出るカイトだった。
「いえ、発見はかなり前にしていました。この隕石の正体もほぼ分かっています。
しかし地球にこの危機を知らせる手段が無かったんです… 」
言われてみればこれもその通りだった。
だから嫌でも姉は月に行かなくてはならないのだから。
「… カミナ君、隕石の正体について分かってるの? 天照にはその情報は知らされてないみたいだけど」
櫻子は怪訝そうな顔でカミナを見た。
「まだ確定情報ではないので… 」
「確定情報じゃなくてもその可能性を人間は知る権利があるわ」
櫻子は少し強い口調で言った。
櫻子はこれは人間が力を合わせて立ち向かうべき問題だと考えていたからだ。
だから天照が政府にこの情報をリークすると言う提案に賛同し、月詠も動員してNEO JAXAの計画への介入も認めたのだ。
' 例えそれが藤村先生を傷付け、考古科学と言う学問が終焉するとしても… '
櫻子も一人の考古科学研究者として、父の跡を継ぐ者として、その学問の成果を出すのは今をおいて他にはないと決断したのだ。
「エラスティス… 」
ルナが呟く様に言った。
「えらす…ん?」
カイトは知らなかった。それが月の涙事件の原因になった隕石の名だと言う事を。
櫻子は信じられないと言う表情を浮かべた。
「エラスティス… なの?… 」
「… なんなんすか… その隕石?」
その忌まわしい隕石の名前を知る者は最早一部しか存在しなかった。
「月の涙事件の元凶… それがエラスティスよ… 」
ルナの言葉にカイトは驚愕し、櫻子の表情も険しくなった。
「まじかよ… 」
「月の涙の再来… 」
二人は呟いた。
少しの間を置いて櫻子がカミナに尋ねた。
「… それで… いつ決行するの?」
「はい、今夜ここを発ちます」
ルナも頷いた。
「そんなぁ… 」
カイトは情けない声を出した。
~.
櫻子はタクシーで天野教授の家に向かった。
藤村 規夫教授の動きが分からない状況で、櫻子は身の安全の為に天野教授の家で世話になっていたからだ。
櫻子は天照教授の家で二人のバックアップをする事にした。
そしてリビングでの話の後数時間後、出発の準備を整えた二人はリビングにいた。
間もなく日付けが変わる時間だ。
カイトも心配そうに準備を手伝った後、リビングで二人を見送る為に待っていた。
「… 姉ちゃん… やる事やったら帰って来るんだよな?… 姉ちゃんの家はここだぜ… 」
「ありがと、カイト。ちゃんとやり遂げて帰って来るから… 父さんを頼むわ」
「お、おう… 」
姉弟の短いが想いが込められた会話が交わされる。
そしてカミナに向けてカイトは拳を突き出した。
「カイト君… これは?」
「あんたも拳出せ… 」
カミナは言われるがままカイトと同じ様に拳を突き出した。
コツンとカイトは拳をカミナの拳にぶつけた。
「しっかり仕事して来いよ!」
「はい!行ってきます!」
カミナは笑顔で応えた。
ルナは荷物を背負ってもう一度長年住み慣れた部屋を見回した。
父の姿はない。
でも父の気持ちは分かっている。
二人は静かに出発する為に工場のある裏口から出た。
ルナはカミナを案内する為に先にドアから外へ出た。
その後を追ってカミナも続いて出ようとした所、後ろから声がした。
振り向くとそこには照矢が居た。
照矢はずっと工場に居たのだった。
「話は聞いてた… カミナ君、ルナを頼むぞ… 」
カミナはそんな事を言われるとは思ってなかったので軽く驚いたが、照矢の言葉にじっと目を見て答えた。
「はい、必ずルナさんは護ります。本当に色々とお世話になりました」
照矢は頷くと工場に戻って行った。
照矢の背中を見送ると、カミナはルナの後を追った。
照矢は工場の中で力が抜けた様に椅子にドカッと座り、娘のこれからの苦難を想い涙を流していた。
ルナは敷地の外で自宅の姿を目に焼き付けていた。
そこに少し駆け足でカミナが出て来た。
「父さんでしょ?」
「え、ええ… 分かるんですか?」
「そりゃあ親娘だもん… 」
カミナは親と子の繋がりとはこういう物かと一つ学んだ。
「じゃあ行こうか、カミナくん!」
「はい!ルナさん!」
二人は日付けが変わった暗い夜道を歩き始めた。
二人はなるべく人目に付かない様にこの時間に出発したのだ。
NEO JAXAの宇宙センターへの道程は遠いが、徒歩と公共の交通機関で行くつもりだ。
そうして歩いていると、後ろから車が近付いて来た。
カミナはルナを庇う様に道の端に避けた。
ルナは車のライトで眩しかったが、この車の音には聞き覚えがあった。
その車は二人の真横に来て停まった。
黒い大型の四輪駆動車だ。
すると助手席の窓が ' ウィーン ' と開いた。
カミナは警戒した。
しかし車の中からは陽気な声が聞こえてきた。
「よお、お二人さん!こんな真夜中に荷物背負ってデートかい?」
声を聞いたルナはパァッと明るい顔になった。
「師匠!」
「え、村正範士!?」
「もう寒いから乗りな!」
「え、でも… 」
「いいから!親父さんに頼まれてな。俺はお前達のボディガードだ!」
実は照矢はリビングを出た後、外で皆の会話を聞いていたのだ。
今夜こっそり二人が出発する事を知り、月光拳の村正範士に二人を手伝って欲しいと電話で頼み込んでいたのだった。
二人は照矢とその依頼を道場を休んでまで快諾してくれた村正に心底感謝した。
時間の無い二人には最高の助っ人だった。
こうしてルナとカミナ、そして頼れる助っ人の三人は地球を護る為、真夜中にこの町を旅立ったのだった。
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