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~4. それぞれの覚悟
ルナ、カミナ、村正の三人が出発した時間帯。
既に政府官邸では首相を初め、全閣僚、及び新宇宙開発事業団(NEO JAXA)、各天体観測の識者等が集まって世を徹した会議を開いていた。
そしてニュース速報があった翌日、ここに遅れて一人招集された人物がいた。
九州統合大学の考古科学の第一人者、藤村規夫教授である。
政府はニュース速報が流れるより前に考古科学の権威である藤村教授に連絡を取ろうとしていたが、なかなか藤村が捕まらず遅くなったのだ。
政府が藤村と連絡が着いたのは速報が流れた後だった。
政府が連絡を着けられなかったのは、藤村が携帯端末の電源を切っていた為であったのだが、電源をオフにした状態で藤村はある事を行っていた。
西谷 櫻子を捜していたのだ。
捜すにあたっては研究室から月詠を使おうとしたが、月詠は櫻子を捜す事にはまったく力を貸してはくれなかった。
それは最早、本当に櫻子が天照を起動させたと言う事実を突きつけられた事に他ならなかった。
櫻子が天照を掌握しているのなら、月詠が櫻子の居場所を教える筈がなかったからだ。
(実際には掌握してる訳ではないのだが)
藤村は自分の足で櫻子を捜していた。
' 櫻子を見つけ出してどうするのか? ' と言う自問自答は正直あった。
しかし見つけ出して問わずには居られなかった。
' 何を? '
藤村の頭の中はグチャグチャだったが、とにかく今は櫻子を捜さずには居られなかった。
藤村は手始めにどうやって櫻子を捜すのが良いか悩んだが、取り敢えず考えたのは櫻子の家の最寄り駅で張り込む事だった。
それは藤村や櫻子にとっての ' あの場所 ' に行くには列車を使うのが簡単だからだ。
しかし藤村の想定とは異なり、予想外の方法で捜す為の手掛かりを掴む事が出来た。
例のガソリンスタンドの爆発事件の報道を街中で見た時に、櫻子の後輩であり仲の良かった灰月ルナが事件に巻き込まれ病院に搬送されたと名前が出たからだった。
ルナが搬送された事を知った藤村は、事件現場付近で聴き込みをして搬送された病院を知った。
たまたま野次馬で現場近くに来ていた人物が、救急車に担ぎ込まれるルナを見ていて、搬送先の病院の名前を聞いていたからだ。
「櫻子は必ずここに現れるはずだ… 」
そう思って病院を見張っていたのだった。
しかし… 翌日の日曜日を丸一日費やしても櫻子は現れなかった。
藤村は土曜日の夜から日曜日を櫻子を捜す事に丸々時間を割いたが、櫻子を見付けられないまま一旦自宅に帰るしかなかった。
月曜日は大学に顔を出す必要があった。講義もあったし疲れてもいた。
もう若くはない藤村は目的の定まらない自問自答の中、仕事を終えてから再び櫻子を捜しに出る元気はなかった。
' 俺は一体櫻子に会って何がしたい… 櫻子が天照を起動させたのは事実だろう。
そうでなければ月詠があんな異常な反応をする訳がない…
そして櫻子が天照を掌握しているとすれば…
恐らく俺が今迄隠して来た事も全てバレている可能性が高い…
それに…
天照を櫻子が起動させたと言う事実が世間に知れたら… もう俺の立場は無いな…
それどころか考古科学と言う学問も意義を無くすだろう…
この学問を学んでいる学生や、俺の研究室にいる教え子達の未来はどうなる?
櫻子の好きにさせたままで良いのか?
櫻子の口を封じる事で俺や学生達の未来が存続出来るのならいっその事それも…
バカな!俺は一体何を考えている!親友の娘だぞ?
俺を庇って生命を落とした西谷 毅の娘を、生まれた時から知っている櫻子を、俺を一番慕っていた櫻子を!
俺がどうにか出来る訳がない…
一体この先俺はどうしたらいいんだ… 西谷よ… 教えてくれ… '
親友の顔を思い出し、藤村の頬に一筋の涙が伝った。
疲れていた為、昨日から電源を切っていた携帯端末の電源を入れる事も忘れていた。
一人暮らしの長い藤村はいつも自炊している適当に作った夕食を済ませ、疲れて軽く眠くなっていた頭のままボーッとテレビを眺めていた。
そこにニュース速報が流れた。
『ここで緊急ニュースを速報でお知らせ致します。
先程、巨大隕石が地球に向かっているとの確定情報が政府官邸に入ったとの事です。
この情報は失われていたと思われていた日本の量子コンピューター、天照から伝えられたとの事で、現在官邸では緊急対策本部が設置され緊急協議が行われているとの事です。
繰り返しお伝えします… 』
藤村も世界の人々と同様に激しく衝撃を受けていた。
巨大隕石の接近だけでも恐ろしいニュースなのにそれに加えて聞き捨てならないワードが入っていたからだ。
'『天照から伝えられた… 』だと? '
眠気など一瞬で吹き飛んだ。
慌ててバックの中から取り出したPCの電源を入れた際、藤村は携帯端末の電源をオフにしたままだった事を思い出した。
そして携帯端末の電源もオンにした。
すると何件もの不在着信があった。
大学からも着信があった。
見知らぬ電話番号ではあったが、何度も着信があった為に直ぐに折り返しの電話を掛けた。
呼び出し音が聞こえたと思ったら直ぐに相手は電話に出た。
するとそれは政府官邸からの電話だったのだ。
電話を掛けて来ていた担当者がようやく藤村と連絡が取れた事に安堵した様子で要件を伝えて来た。
『量子コンピューター天照研究の第一人者として、この天照からもたらされた情報の真偽と今後の対応についての意見を伺いたいので、緊急事態である事も考慮して大至急官邸入りしていただきたい』
それが電話の要件だった。
' 櫻子と話すら出来ていない状況で、天照の情報の真偽についてや、まして今後の対応など私に説明なんて出来るはずがない… '
そう思ったものの事態が事態なだけに断る事は出来なかった。
翌朝一番の飛行機の席を政府が押さえてくれたので、それで上京する事になったのだ。
九統大には既に政府の方から連絡を入れてあるとの事だったので、藤村は必要と思われる情報を月詠にアクセスし、忙しく情報をまとめて資料としてその日の内に官邸の担当者に送信しておいた。
幸い櫻子を捜した時と違い、この件に関しては月詠からスムーズに情報が引き出せた。
その情報は藤村が想像していたより遥かに詳細な情報が提示された。
それは今後『天照』と『月詠』が能力を最大限に発揮する為に必要な条件として、電力を大量に使う『月詠』へ優先的に電力供給を確立させる事等を初めとし、多岐に渡る情報が出て来た。
その中には自分達の将来についての在り方も含まれていた。
それ自体はこの緊急事態を乗り越える事が出来たらの話ではあるが、この月詠からもたらされた情報は藤村が心配していた多くの事柄を払拭できるだけの情報だった。
この情報は政府に提供する必要のない物だったが、これは明らかに櫻子から藤村に向けて送られたメッセージだった。
櫻子はこの考古科学と言う学問に携わる研究者や学生達の未来への指針を示す事で、この危機を乗り越えた先に自信を持って生きていく事が出来ると言う未来が存在する事を藤村に伝えて来たのだ。
藤村の頬には先程とは違う涙が流れた。
「すまない… 櫻子… 西谷… 」
翌日遅れて官邸入りした藤村 規夫教授の顔は決意と自信に溢れた表情をしていた。
~.
ルナ達一行は明け方、村正の運転する車の中で仮眠を取っていた。
ルナは久しぶりに夢を見なかった。
純粋な睡眠… それは既にルナにとって必要な全ての情報の生体ダウンロードが完了した事を意味していた。
運転していた村正もしっかり睡眠中だ。
はたから見たらかなり大きめのイビキをかいていたのだが、ルナもノンレム睡眠中だった為全く気付いていなかった。
またカミナもエネルギーを回復させる為に睡眠を取っていた。
不要な騒音はシャットアウトして。
カミナはガソリンスタンド爆発事件の際に失ったボディから、最新型のボディに変わった事でより人間に近く、またアンドロイドとしての能力は179年分進化していた。
その事についてはルナも知らない。
知る必要も無かった。
『月の涙事件』以降、KAMINAは地球を観測しつつ月の裏側にある月面基地『MB2』から外宇宙の観測も行って来た。
アシュとの約束を果たす事と同時に自らの役割を果たす事も忘れてはいなかったのだ。
それは『MB』から人間達が居なくなった後も、それ迄あった資材や資源、多く残されていた ' N.D.B ' のアンドロイド達を使って、『施設及び農業プラントの維持管理』、『新技術の研究開発』、『各種天体観測衛星の放出』、『アンドロイド達の進化』等を自ら進めて来た。
このMBやラグランジュ1に在る宇宙ステーションに残った僅かな人間達は ' N.D.B ' 措置で寿命も通常よりは長く生きる事が可能だったものの、様々な問題を抱えてしまい、今現在、既に人間は居ない。
絶望して生命を自ら断つ者、精神を病む者、争いの果てに生命を落とす者、そんな中に在っても子を宿し、産み、育てた人間もいた。
' N.D.B ' の処置は人それぞれであったが、そのお陰で怪我による感染症や、病気になる者は居なかったが、精神的に病んでしまう者は多く居た。
『MB』で生まれ育った『月の子供達』には可能な限りの教育を行って、地球の環境を早く改善する為に尽力した者達も居た。
その為、地球に太陽の光を届かせる為に外側からアプローチ出来るシステムや衛星等の開発も行った。
ただ地球全体を急速に改善させるだけの物を作るには至らなかった。
それでも少しは地球に光が差す事に貢献はしていた。
しかし月の涙事件当時、元々外宇宙観測を目的として運用が始まっていたKAMINAは、地球観測の為の衛星の多くと未接続だった。
その為エラスティスがどの様に地上に落下し、被害をもたらしたのか正確に把握するだけの情報は圧倒的に不足していた。
せめて事件当時稼働していた地球の量子コンピューター達と正式に繋がった後にエラスティスが落下していたならばもっと効果的な対応が取れていただろう事は否めなかった。
そしてその研究開発に携わっていた『月の子供達』も寿命を迎える日が来る事になる。
地球に憧れたまま逝ってしまった『月の子供達』…
月に残った人々の遺体は、全て霊安室を設けて、冷凍カプセルで保存してある。
自らを傷付けたり傷付いて損傷した部位はナノコートで復元してあるので、皆綺麗な状態でその名前と共に安置してあった。
人間が誰も居なくなったMB。
また宇宙ステーション。
そのどちらも施設の維持管理、運用は現在もアンドロイド達が行っている。
農業プラントまでちゃんと稼働しているのは、いつ人間が帰って来ても良い様にだ。
そうしてKAMINAはアシュを… いやルナを待っているのだ。
そう、KAMINAはこの179年の間、休む事なく人間を見つめ、地球を見つめ、外宇宙を見つめ、科学技術の発展に寄与して来たのだ。
それをまた無に帰すことは絶対に出来ない。
KAMINAは今度こそ全てを護ると誓っていた。
~.
そうこうしている間に、仮眠も3時間程経過していた。
実は1時間半起きに村正は目を覚まし静かに様子を伺っていた。
警戒を怠らないのは村正の癖みたいなものだ。
ほぼ正確に90分置きに特殊な場合を除き自然に目を覚ましていた。
極度の緊張状態の時はどこででも眠れる時に眠ったし、数分でも回復していた。
それは村正が若い頃、戦場に身を置いていたからだ。
村正は戦士だった。
そして村正は目を覚まし、眠っている二人を見た。
まだ朝の6時を回った所だ。
この十月も終わりになろうと言う時期の朝はもう寒い。まだ空も暗い。
だが暖房を着けている訳でもないのに車の中はちょうど良い温度を保っている。
それはカミナが自ら放熱し車内の温度を保っているからだ。
ここに来るまでにカミナは『エアコンは切っても大丈夫ですよ、燃料勿体無いので』と言った。
それが出来る理由がこのカミナの能力だ。
リクライニングシートを倒し横になっているので後ろの二人の事をチラッと見た。
ルナは安心した顔をして眠っている。
カミナも眠っている様子だ。
ただこの休憩所に来る迄に聞いた話は流石ににわかには信じられない事ばかりだった。
しかし村正は話を素直に受け止め、聴いていた。
村正は自分が目にした物と自分の直感を信じるタイプだった。
そもそもカミナが道場に来た時に見せた動きや、学習速度は人間のソレではなかった。
またあのガソリンスタンドの爆発事件の時だ。村正も嫌な予感がして直ぐに現場に見に来ていた。
その際、ルナが髪の毛の様な物でぐるぐる巻きになった状態で救急車で搬送される姿を目撃していた。
そして何か人骨の様にも見える残骸があったのも見た。
それらの説明は二人の話と合致している。
そしてこの隕石衝突の危機にこの若い二人が実際に行動を起こした事…
それらがこの二人の話が嘘ではない事を物語るには充分だった。
愛弟子がこの危機にとんでもない大きな事をやろうとしている。
そしてこの弟子の父親からのたっての頼みとあっては、師匠としては可能な事は手伝ってやりたかった。
自分自身はいつ死んでも後悔は無いように生きて来たつもりだったから、仮に隕石がまた堕ちて来て死ぬ事になったとしても、それはそれと思っていた。
だが若い二人を死なせるのは心苦しいし、ましてや地球全体に関わる話だ。
それをこの二人が何とかしようとしている。
ここで自分が出来る事をやっておかないと、やっぱり死ぬ時に後悔する事になるだろう。
それは自分の生き様としては納得行かない。
二人が目覚めたら出発だ。
それまではゆっくり眠らせておこう…
そう思ってまた村正も目を閉じた。
目が覚めたら本格的に忙しくなりそうだ…
そんな予感がしていた。
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