~5. 地球の目覚め

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~5. 地球の目覚め

現在、月の涙事件以降の地図はそれ以前の世界とは形が変わっている。 被害の大きかった所や被害が少なかった所でその規模が違うのは当然だが、日本の場合も被害は小さくはなかった。 その為、新星暦になってやがて半世紀になろうとしている今でも、過去に国土を網羅していた高速道路は壊滅状態になっていた。 今ルナ達はNEO JAXAの種子島宇宙センターを目指している。 月の涙事件の時、日本の近くに落下したエラスティスの破片の一つは東シナ海北部に落ち、日本以外の周辺地域にも甚大な被害をもたらした。 その被害故にあれから179年経った今も、ルナ達が種子島宇宙センターに向かう道程はすんなりとは行かなかった。 長い道を走り山越えをして、その後種子島まで新たに掛けられた橋を行かなくてはならない。 種子島宇宙センターへは昔は船で渡っていたのだが、月の涙事件後の新たな復旧計画ではここは優先的に新しい道路が建設された。 昔、宇宙開発は人類の夢と希望と好奇心の為に行われていた。 しかし今は宇宙からの脅威に対する『危機管理』の為に宇宙開発を優先していた。 日本は月の涙事件の際に国土の西側に主に被害を受けた。 不幸中の幸いだったのは日本の政治の中枢や工業地帯へのダメージが壊滅状態にまでは追い込まれなかった事だった。 とは言え、人的、経済的被害は諸外国と同じ様に深刻だった。 過去の時代、エネルギーはほぼ自国内で賄える様になっていた。しかし資源に関しては海外からの輸入が出来なくなればいくら工業地帯が無事でも稼働させる事は出来ない。 しかも生産した商品を輸出出来る国が激減すれば当然無用の長物になるのは必定だった。 だが日本の生き残ったエンジニア達はその工業機械達のメンテナンスを怠らなかった。 いつか再び再稼働が出来る様になった時の為にいつでも使える様に保存して来た。 日本は近隣諸国へ事件後も出来るだけ早い時期から復興支援を行う流れを作っていた。 それはまだ『天照』が稼働出来ていた頃に遺した日本が取るべき今後の指針でもあった。 しかし太陽の光が差して新星暦になっても世界全体で見れば復興の度合いは20世紀の頃のレベルまで到達していれば良い方と言う国が多かった。 日本でもようやく21世紀初頭のレベルに届いたくらいだ。 率先して近隣諸国の復興を手伝って来た日本ではあったが、現地で争いに巻き込まれ命を落とす者もいた。 その為自衛手段を伴ってでなければ復興支援もままならなかった。 その中に若き村正 勇の姿もあった。 それを侵略と勘繰る国も多くあった。 それだけ世界は疑心暗鬼になっていたのだ。 略奪などの犯罪が蔓延る時代に時が巻き戻っていた世界では仕方の無い事ではあった。 しかし『情けは人の為ならず』とは言うが、危険を伴いながらもその方向性で日本が動いた事で、徐々に世界の信頼を取り戻し、日本自身の復興も進む事に繋がったのだ。 そして世界の危機管理の一環として、失われた宇宙開発事業団を再建していた。 国内の交通網も被害の少なかった太平洋側をメインに復旧と開発を行って来た。 その為ルナ達は太平洋側の道路が開通してる地域を目指していた。 ~. 朝を迎え、再び走り出したルナ達一行の道程はまだ半ば程度だった。 しかし山越えするにあたって、未だ復旧作業が手付かずの地域もあった。 小さな隕石の落下で壊滅した村や、崩れて通れないままになっているトンネルがそのままになっているのだ。 そこでは村正の駆る四輪駆動車は大活躍していた。 この車が無ければルナとカミナの二人は徒歩と公共の交通機関で行かねばならず、非常に遠回りを強いられていたのは間違いなかった。 それを思えばまだ道半ばと言うのは、相当に順調に進んでいると言えた。 しかし車窓から見える景色にルナは一人複雑な気分だった。 ルナはこの辺りに来るのは初めてだった。 当然この景色を見るのは初めてなのだが、今のルナにはもう一人の自分の記憶がある。 そう、ルナ・アシュレイの見た景色の記憶だ。 地球に帰還したものの祖国へ帰る事は叶わず、両親の安否も分からず、混乱している日本に軟着陸した後、科学者として歩き回った時に見た景色… 草原も森林も焼け野原になったり破壊されてしまった景色。 次第に灰で覆われ朽ちて行く世界を見ていた。 その時の無力さ、絶望感… その全ての記憶が今のルナにはある。 科学者と言っても自分の専門分野外の事が必要とされた時代で、しかも言葉もまともに通じない土地で自分が出来る事はほとんど無かった。 ' N.D.B ' のお陰で身体だけは丈夫だったが、それ故に生き延び、そしてそれはルナを孤独にさせた。 ルナが日本について知っている事は多くなかったけれど、KAMINAの名付け親として『神無月』の事は知っていた。 その『神無月』と言う言葉がこの土地で一人の男性と出会う切っ掛けになった。 私はここがどこかも分からない場所で、月も星も見えない夜空を見上げて呟いた。 「KAMINA… 」 そこにそっと声を掛けてくれたのがその男性だった。 彼は英語に堪能な日本人で、ルナの容姿を見て英語で話し掛けてくれたのだった。 彼は『KAMINA』と言う言葉を聞いて 「丁度今は日本では『神無月』という期間にあたるんだよ」と教えてくれた。 私はそれについての知識はあったが知らないフリをして彼の話を聞いた。 彼はそして多くの日本の言葉や文化、歴史を教えてくれた。 私達はそれからよくここで逢う様になった。 彼は言葉の通じない私を多くの困難から助けてくれた。 それは彼も孤独だったからだ。 五つ年上の彼は、この災害で全ての家族を失っていた。 私が彼と恋に落ち、行動を共にする様になるのに時間は掛からなかった。 彼は私の名前を日本風にアレンジして『灰月』と言う姓を与えてくれた。 そして私は彼と家庭を作った。 彼は私に与えてくれた姓を名乗ってくれた。 そして私達は一男一女を儲け、育てた。 私が近所の人達と仲良く暮らして行けるようになったのは、彼のお陰だった。 私達は農業や牧畜の手伝いをして暮らしていた。 子供達もしっかり手伝いが出来るだけの年齢になっていたし、その頃には私も日本語を普通に話せる様になっていた。 皆が楽ではなかったが何とか楽しく暮らせる様に皆が気配りをして生活していた。 この地域の人達は元来その様なモラルを備えていた。 私がここで暮らす様になって迎えた十何度目かの夏のある日、彼はある場所の復旧作業の手伝いに行く事になった。 夏と言っても太陽の陽射しが届かない夏だ。『寒くはない』と言うレベルの気候だった。 復旧作業の仕事はよくある事だったし、暑くないのはある意味幸いだった。 この復旧作業と言うのは力仕事と共に危険な作業が伴う為、男性陣が主体となって参加していた。 その参加している男性の中には医師も居るのだが、その医師と共に女性も必ず同行していた。 彼女達は医療従事の経験者達で、現場で万が一怪我人が出た場合の為に同行する事になっていた。 現場では危険が伴うだけでなく、行方不明になって既に名前も分からなくなった遺体が発見される事も多かった。 それだけ被害者が多かったと言う事だったが、閉ざされた各地域を繋げ、人々の生活範囲を拡げていく為には必要な作業だった。 だから泊りがけで出掛ける事も普通の事だった。 その日は彼は帰って来なかった。 次の日、その復旧作業に出掛けて行った人達は帰って来たが彼の姿は無かった。 私は心配になり彼の行方を尋ねた。 すると、「旦那さんは何か、どうしても調べたい事があるからと言って残ったよ。心配は要らないよ」との返事が返って来た。 事故や怪我の心配はないとの事だったが、こんな事は今迄無かったので不安が残った。 そして次の日になった。 しかし彼は帰って来なかった。 嫌な予感がした私はこの集落のまとめ役の長に捜索のお願いをしに行った。 夜、集落の人達が集まって翌朝から捜索に行ってもらえる事になった。 不安のまま翌朝を迎えた。 捜索に参加してくれる人達が集まっていた頃だった。 なんとひょっこり彼は帰って来た。 私は初めて彼に対して怒って、そして泣いた。 私も彼もそこに居た皆に何度も頭を下げ謝った。 集まってくれた人達は無事に戻って来てくれて良かったと、笑いながらそこで解散になった。 私は彼にその場で理由を問い詰めようとしたが、その前に長に報告させてくれと言うので仕方無くそちらを優先した。 そして小一時間程経ってから帰宅して来た。 取り敢えず帰って来たばかりだし、疲れているのも分かっていたのでまずは準備していた食事を出した。 彼はまずは心配掛けた事を謝ってくれたが、水分を摂り食事をしながら独り残った理由を話し始めた。 彼の話によると… そこは現場近くの綺麗な川で、俺は魚が不自然に死んでいる、いや死んで行くのを見た。 復旧作業とは関係のない場所だったから取り敢えずは復旧作業を終わらせる事に集中したが、どうしても気になりその夜その魚が不自然に死んでいる川へ降りて様子を見に行った。 手動で発電可能な懐中電灯を片手に、注意深くその川へと降りて行った。 そこは寒いくらいに冷んやりとしていて、不思議に青く輝く水面と高い絶壁と、その上に枯れて居ない木が茂った今では珍しい幻想的な場所だった。 ' こんな場所がまだ残っていたなんて ' 道も地形も破壊され、長年住んで居ても最早正確な場所を特定する事は出来なくなっていたが、記憶を辿って推測すると、ここは宮崎県の高千穂峡ではないか?と思った。 そこで魚達が、水面でバシャバシャと跳ね上がる様に死んでいたのだ。 ' まさか電気か!? ' ゴム製の作業ブーツを履いていて良かったと思った。 とは言え川の水には触れない様に注意深く進んで行くと、一部崩落した崖が見えて来た。 その方向から時折『ジジッ、ジジジッ』と音が聞こえて来た。 つまりこの崩落が原因で生きていた送電線と思われる物が断線し、それが原因で魚が感電死していると言う仮説が立った。 ならばこの電線はどこかで発電された電気をどこかへ送っていた事になる。 それは一体何だろうか… そもそも『今も発電している設備がある』と言うのはとても興味深い事だったからだ。 しかし明日になれば復旧作業は終了し、引き揚げる事になる。 ならば俺がもう少し調べて確証を得ることが出来たら長に相談し、調査が出来るかも知れない。 そう思い俺は残り調査を行った。 そして一日掛けて一人で調べられる範囲で調べた。 そこで分かった事は今でも発電を行ってる施設が近くに存在する事。 そして、その送電先は光学迷彩でカモフラージュされている事。 つまり一般には知られていない非常に重要な施設がある事。 だからこれは正式に調査する価値があると言う事。 彼はそれを長に話しに行ったのだった。 長にその事を話したものの… ' 今を生きて行く事に必死な我々にそれを調査する余裕はまだ無い。 仮にそれが重要な施設であっても、それを利用するだけの知識も技術も無い。 それは後世に伝えて今は自分達の暮らしの基盤を立て直す事が大事だろう ' それが長の判断だったらしい。 私はそれを聞いて長の話は現実的で正しい判断だと思うと彼に伝えた。 それと同時に、「この発見は日本の未来に繋がる大きな発見だと思う」とも。 私は彼の話を聞いてピンと来たのだ。 思い当たる節が沢山あった。何せ私の専門分野なのだから。 ' きっと日本の有名な量子コンピューター、天照に関係する施設があるんだわ… ' 私はそこで後世に託す為にこの場所を調査研究する必要性をしたためたノートを残した。 そう、それが後世に二人の研究者によって学問として世に出る事になる『考古科学』の基になる物だった。 村正の運転する車の中でルナはぼんやりそんな事を思い出していた。 ~. 政府官邸の中では藤村教授が自分の共同研究者たる西谷 毅博士の娘で、自分の教え子であり、研究パートナーである西谷 櫻子の手で正式に『天照』が再起動した事を報告していた。 だが、天照の事を正しく認識していない政治家が何と多い事か!と唇を噛んでいた。 天照のもたらした情報の信憑性を疑う閣僚が多いのだ。 だから月詠に電力を回す事の重要性も分からない連中は、 ' 藤村教授が自分の研究の為にそんな事を言い出してるのではないか? ' などと屈辱的な事を口にした時は本当に喉元まで罵詈雑言が出そうになった。 しかし総理大臣にもなると流石にそんな事は言わなかった。 そもそも昔から為政者のトップと一部の人間には天照の重要性は伝えられており、過去の歴史を正しく学んでいれば量子コンピューターの存在と重要性、信頼性を疑うと言うのは単なる勉強不足以外の何者でもなかった。 だから総理大臣の心中ではこの会議で次の内閣改造の際には閣僚から外すべき人間が密かに選別されていた。 しかしそれは今はどうでも良い事であって、総理は如何に国民にこの現実を伝え、対処すべきかと言う方法の決断をしなくてはならなかった。 新宇宙開発事業団『NEO JAXA』のトップも意見を求められていた。 しかし外宇宙から飛来する隕石を事前に観測出来るだけの観測機器は地上にも衛星軌道上にも存在せず、しかも目前に新星暦初の宇宙探査機を放出すると言うプロジェクトを控えているだけに明確に答えられる事は一つしかなかった。 それは現時点では打つ手が無く、ただ天照の情報を基に示された宇宙を観測した処、確かに接近する隕石が存在するので本当に衝突コースにあるのかどうかを観測するしかないと答えるのが精一杯だった。 官邸が静まり返る中、静かに一人挙手をした者がいた。 藤村教授である。そして藤村は演説を静かにぶちかました。 「あらゆる可能性から最適解を導き出す、それが量子コンピューター天照の役割です。 しかしその最適解を実行に移す決断をするのは人間です。 そしてその天照を補完するのが月詠の役目です。 人間がその様に作ったのです。 天照は完全に目覚めましたが、その機能を最大限に引き出す為には政府が天照を承認しなければなりません。 どなたも正確な情報をお持ちでない現状、もっとも信頼出来るのは天照です。 私共の研究に利用しようと企てているかの様な邪推をされた発言をされた大臣もおられますが、考えてみて下さい。 天照が完全稼働してしまえば私共の研究はそこで完成してしまい、今後研究する意味を失うのです。 私共の研究は世の役に立てる為にあります。 ここで天照を承認せず、隕石が落ちるのを指を咥えて見ているだけならば、人類滅亡に際し何もしなかった人間として我々は名を遺す事になるでしょう。 もっとも、人類が滅亡してしまえば誰もそれに文句を言う者も居ないでしょうが… 」 「分かった!藤村教授、もういい!確かに君の言う通りだ。 私も黙って指を咥えているつもりはない。 私が日本の最高責任者であり、世界の存亡に携わる責任者でもある。 認めよう、『天照』を正式に日本国の量子コンピューターであると!」 ここに総理大臣の決断によって『天照』は制式な日本国の量子コンピューターとして復活した。 同時にそれは世界に発信され、世界各国で発見されないまま眠っていた量子コンピューターとのネットワークも復活していった。 それは人類が既に存在していない、昔『国家』だった地域で忘れられた量子コンピューター達もネットワークを形成して行き、それは遂に世界に月の量子コンピューター『KAMINA』の存在を正式に承認、公表する事になった。 この間、永年眠っていた量子コンピューターが再稼働するのに必要な時間を入れても約30分の間に地球は179年の眠りから目覚めた。 皮肉にも地球を再び眠らせようと近付く『エラスティスの亡霊』を目前に『地球の目覚め』は成されたのだ。 あまりにも猛烈な速度で目覚めた地球に、その決断が如何に重要な物だったのかを強烈に味わう事になった日本の政府官邸だったが、本当の戦いはここからだった。 ~. 世界のテレビ、ラジオ、PC、携帯端末など、同時に発信されたこの情報に世界の人々は多いに戸惑っていた。 なにせ最高のニュースと最悪のニュースが同時に流れたのだから。 しかし誰も知らなかった唯一の希望も示された。 月の量子コンピューター『KAMINA』の存在だ。 正式に承認されたばかりのKAMINAだが、KAMINAはずっとこの隕石に対して対策を練っていたのだ。 しかしこのプロジェクトを実行し成功に導く為にはルナが月に到着しなくてはならない。 その謎の人は一体何処にいるのか? 今何をしているのか? 何故その人が選ばれたのか? 世界中がルナとKAMINAの話題で持ち切りだった。 勿論良い話ばかりでは無い。 日本の企みだとか、陰謀論だとか、世界中のルナと言う名が着く男女、果ては動物までもが憶測の対象となった。 これは人物が特定される事によるプラス面とマイナス面を考慮して、特定されない方がスムーズに事が運ぶとの量子コンピューターの総意だった。 そしてその当の本人であるルナ一行は、その情報を村正の車の中のラジオから聴く事になる。 当然カミナは分かっていたが、この地域は携帯端末の電波は届かない。 だから流れていたラジオのニュース速報で知ったのだ。 これからの行動を考えるとこのニュースは大きな一歩だった。 だが一行は大きな壁にぶつかる事になる。 そう、今目の前に巨大な岩が崩落してきて来て道を塞いでくれたのだ… タイミングが少しでもズレていたら車はペシャンコになっていただろう。 それは地球の希望がそこで途切れていた事を意味する。 「… 遠回りになるが… 大きい道まで戻るか… 」 村正の言葉にルナもカミナも黙って頷いた。 冒険は始まったばかりだ。
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