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~7. 君臨する者
その頃、NEO JAXAの新種子島宇宙センターでは技術者達が政府からの謎の命令によってセンター内にあるロケットに搭載する為に作られた、衛星を収納するカプセルの改造作業を行っていた。
改造手順はセンター内のコンピューターに、詳しい図面と共に送られて来ていた。
だが改造作業にあたっていた技術スタッフはフラストレーションを抱えていた。
技術スタッフの班長や実際に改造を行う様に命令を受けたスタッフ達はその詳細な指示書と図面に描かれた構造を見て感嘆の声をあげた。
作業班長の『竹井 悟』は思っていた。
' 誰がこの図面を引いたんだ?どこでこんなに進んだ考え方を学んだ? '
他の技術者達も驚いたし、興味深々だった。初めだけは。
その簡易的であるにも関わらず革新的な技術を以て、唐突に改造をしろと命令されて作るそれは、明らかに人を宇宙に運ぶ為の物だった。
これを今進めていた仕事を中断して最優先で行わねばならない理由が技術スタッフの手を鈍らせていた。
それを竹井も心に抱えながら予定通りに作業が進む様に指示を飛ばしていた。
間も無く自分達が心血を注いで取り組んでいた事業、即ち『新星暦になって世界初の宇宙探査機の打ち上げ』と言う事業を中断し、突然この様な誰が乗るかも分からない、ただ人を宇宙に放出する為だけの物を作れと言われたのだから混乱もしようと言うものだ。
だが理由の説明は勿論あった。
今ニュースになっている地球へ近づく隕石を防ぐ為の物なのだと言う。
しかしこれはナンセンスだと竹井班長を始め技術スタッフ全員が思った。
突然大昔の量子コンピューターが復活し、' ソレ ' が言う事を信じて自分達の仕事を無期限に延期し、ただ人を放出する為だけの物を作れと言われても納得出来る者は居なかった。
竹井達は思っていた。
' 何故二人の人間を宇宙に放出するだけの機能しか着いていないんだ? '
' こんな物で何をしようと言うのか? '
' 本当にその量子コンピューターとやらの情報はアテになるのか? '
' そもそもその隕石は本当に地球衝突コースに乗ってるのか? '
' そんな訳の分からない話で目前に控えた自分達のミッションを無期限延期しなくてはならないのか? '
竹井や技術スタッフだけでなく、このミッションに関わって来たほぼ全員が感じていた事だった。
竹井も確かにその量子コンピューターについては歴史の授業でも習ったし、大学でも技術史で少しは学んで来た。
しかし唐突にそれが復活したからと言って人間の判断よりも優先されると言われて納得出来などしなかった。
寧ろ自分達の気持ちを蔑ろにしているとさえ感じていた。
竹井達は、今自分達が行っている改造作業が非常に優れた先進テクノロジーだと分かっていた。
これ程先進的機能を有しながらシンプルな構造物の作業指示を、非常に高精度で効率的に指示されている時点で竹井達は渋々ながらもその量子コンピューターの信憑性を体感していた。
だからこの命令に従っているだけなのだった。
基本的な改造に必要な材料や工作機械、工具等はここに既にある物で対応出来た。
間も無くこれに取り付ける予定の専用座席も宮崎県の工場から納品される予定だ。
その工場にもNEO JAXAの技術者達と同様に指示書が送られていて、専用シートが特注で作られている。
今回の宇宙探査機のミッションにおける必要な様々な部品の多くはこの工場で作られていた。
しかしこの発注されたシートがよもや今回のミッションで使われるとは工場側も知らされていなかった。
新たな実験に使われるのだろうと言う認識だったのだ。
そんな作業も目処が立ち、専用シートの到着を待つ間に竹井達技術スタッフは休憩に入った。
休憩室の時計の針は3時を少し回った所だ。
各々でおやつを食べたりお茶を飲んだりしていた。
竹井は席に着いてホットコーヒーを飲んでいた。
「竹井班長」
そう呼ばれて竹井は頭を上げた。
声を掛けて来たのは技術スタッフの『宮平 智幸』だった。
宮平はおもむろに竹井の前の席に座りながら菓子パンと炭酸飲料をテーブルに置いた。
宮平は宇宙に憧れ、大学を出てNEO JAXAに入った若手の技術者だ。
若手と言っても入社して5年程は経つか。
「どうした?」
「… 竹井班長はこの今の作業、どう思います?」
「どうって?」
「ステラ(星)を載せずに代わりに今のを載せるって話、納得出来てるんですか?」
ステラとは本来のミッションで放出予定の宇宙探査機の名だ。
「… 納得なんてしてないさ… 」
竹井も本音を吐露した。
「やっぱり… 他の皆とも話したんですけど、皆かなり不満に思ってますよ、今回の仕事!」
「分かってるよ、そんな事は。だがこれは政府からの正式な命令に基づいての仕事だ。やらん訳にはいかんだろ。それに… 」
「巨大隕石、ですか?」
「… そうだ。そんな物が来ると言われちゃ尚更やらん訳にはいかん… 」
「… 確かに本当に巨大隕石が地球に落下したら今度こそ人類は、いや地球が終わるかも知れませんが… 」
「ならやれる事はしないと仕方ないだろ。ステラを打ち上げても観測したデータを受け取る側の俺らが滅亡したんじゃ話にならん」
「それは勿論分かってますよ、皆。でも今作ってる物が巨大隕石の落下を阻止出来るなんて誰も思っていないでしょう?」
「… 」
竹井もそれには全く同感だった。
たかだか人間二人を宇宙に放り出す事に何の意味があるのか?
政府は何を考えているのか?
「俺、もしかして政府は諦めてるんじゃないかって思うんですよ…
でもそんな発表出来る訳ない。
だから形だけはやれる事はやったって格好つけたいだけなんじゃないかって… 」
宮平の表情は暗かった。
宮平は去年の12月に結婚していた。
奥さんはもうすぐ出産予定なのだ。明るい未来を夢見て仕事もプライベートも充実した日々を送っていた所にこんな残酷なニュースと仕事が飛び込んで来たのだ。
' まったく酷い話だ… '
「宮平、本当の事は俺にも分からん。今与えられてる情報と状況だけ見れば俺だってそう思いたくもなる。
だけどな… 本当に量子コンピューターってのが、授業で習った様に『あらゆる可能性の中から最適解を提示する』って代物なら、俺達はやれる事はやっておくべきなんじゃないか?」
「… 」
「お前の様にまだ若く、明るい未来を信じて生きてる人達は世界中に沢山いる。
お前ももうすぐ父親になるんだろ?
だったら奥さんや生まれてくる子供達の為にも出来る事をやっておくべきだと俺は思うよ」
「… 分かりました… 確かに不安を言ってても何にもなりませんしね…
でも竹井班長、宇宙に上がる二人って誰なんでしょうね?そんな事に選ばれる人物って… 」
「さぁてね、必要最低限の情報しか与えられてないからな、俺達も。
でも軍人さんかなんかじゃないのか?」
「… そうですよね。きっと特殊な訓練を受けた人が来るんでしょうね」
二人はきっと頼りになる人物が来るのだろうと思った。
そこに館内放送が流れた。
『搭載カプセル用のシートが搬入されました。休憩時間終了後、作業に取り掛かって下さい。繰り返します… 』
休憩時間を終えた竹井班長以下、技術スタッフは作業場に出て行った。
~.
タクシーの中のルナとカミナは陽気な運転士の話相手をしながら新種子島宇宙センターに繋がる長い橋の上にいた。
道は宮崎県日南市から串間市を通り長いトンネルで佐多岬近くに抜けて、そこから有料道路の橋が馬毛島を経由して種子島に繋がっていた。
その橋が近付くと運転士はその長大な橋の説明を始めた。
橋は新星暦に入ってから増えた台風を考慮して作られた為、最大瞬間風速100m/sと言う激しい風に耐えられる設計になっており、最早過去の橋の概念を覆している物だった。
この時代、最も進んだ技術だと言えた。
しかもその激しい風の中でも車が安全に通行出来る様になっており、非常に分厚いアクリルチューブの中を走る感覚だ。途中には休憩所もあり、ガソリンスタンドもある。
避難所としても使える立派な構造物だった。
但しそんな暴風に耐えられる橋でも、一旦橋から降りれば車は軽く吹き飛ばされるので、交通量と風速によっては出入口が封鎖され、橋の上(中)で立ち往生する事になる。
病人や怪我人が出た場合や、事故が起こった場合も考慮し、道路の下には緊急車両専用の道路と歩行者専用道路もあり、更に下には線路も敷設され鉄道も通行可能になっていた。
この線路はまだまだ遠方まで繋げる計画で、現在も工事は進行中であった。
だが幸いにもルナ達は天候に恵まれ、長い海の上を景色を眺めながら走る事が出来ていた。
空を覆う透明な天井は日光と雨で汚れが自然に分解され流れ落ちる様になっていて透明度を保っていた。
潮でくすんだりはしないのだ。
タクシーの運転士は自慢気に説明をしながら種子島に向かって行った。
橋を降りる頃、運転士は今後の自らの予定を話し始めた。
今週でタクシードライバーを辞め、奥さんと国内旅行に出掛けるのだそうだ。
「人生、いつ終わりが来るか分かりませんからねぇ…
妻にも苦労掛けっぱなしでしたから、楽しい思い出も作っておこうと思いましてね?アハハ!」
ルナもカミナもそこで初めてこの運転士がなぜ終始明るく努めていたのかを理解した。
『巨大隕石が来る前であっても、人生楽しめるだけ楽しんでおきたい。
お客さんにも楽しんで生きてもらいたい』
そんな運転士の思いやりだったのだ。
ルナ達は新種子島宇宙センターの近くのコンビニでタクシーを降りた。
そしてその運転士に丁寧に礼を述べ、タクシーが見えなくなるまで手を振って見送った。
「… 私達が頑張ってあの運転士さんがこの先も何度でも奥さんと旅行出来る様にしないとね」
ルナはタクシーを見送りながらカミナに言った。
「そうですね… 」
カミナも改めて決意を固めた様に呟いた。
~.
二人は軽く食事を済ませ新種子島宇宙センターに向かった。
ルナは途中で別れた村正に
' 今、新種子島宇宙センターに到着しました '
とメールを送った。
既読がつかないのできっとどこかを走っているのだろう。
そしてようやく新種子島宇宙センターの入口に辿り着いた。
時刻は夕方も4時を回っていた。
守衛の居る所でカミナが入館許可の手続きをしていた。
守衛は二人の名前を確認し、PCに送られて来ていた顔写真と二人を見比べ、車に案内した。
二人は観光ではないので現在作業が進められている施設に直行してもらった。
守衛はほとんど口を開かず目的の施設まで二人を送り届けて、施設の入館手続きを終え去って行った。
ルナは興味深く辺りを見回しながら先を歩くカミナに着いて行った。
二人は今まさに二人が乗り込むカプセルの改造作業を行っている最中の場所に来た。
作業をしているスタッフが二人な気付き、誰かを呼びに行った。
そして一人の男性が現れた。
竹井だった。
竹井は二人を見て立ち止まり、怪訝な表情を見せたがすぐに近付いて来た。
「ここの開発スタッフの班長をしてる竹井です。君達は… 」
「政府から連絡が行ってると思いますが… 初めまして、カミナです」
「灰月 ルナです」
竹井は表情が固まった。
竹井の後ろで作業をしていた他のスタッフ達もざわついた。
そこに宮平も出て来ていた。
「君達が… これに乗ると言うのか?」
「そうです。宜しくお願いします」
カミナもスタッフの怪訝な表情に気付いた。
ルナはカミナのすぐ脇に立っていたが、目の前の竹井も後ろのスタッフ達も厳しい顔をしているのを見て不安に駆られた。
竹井は改めて目の前の若い、余りにも若い二人を見た。
体躯に優れている訳でもなく、一人は黒ずくめだが普段着と手荷物と言う出で立ちの若い二人。
軍人などでは有り得ない。
こんな二人が宇宙に行って一体何をすると言うのか?
信じられなかった…。
他のスタッフも皆同じ様に感じていた。
「君達が政府から派遣されて来たパイロットだと言うのか!?」
そう語気を荒らげて尋ねながらスタッフの一人が近付いて来た。
宮平である。
「だからそうですが何か!?」
カミナも語気を強めて聞き返した。
「そんな馬鹿な!君達は何者… !」
竹井が宮平を制止した。
「済まない。部下が失礼した」
ルナはこの緊張した空気に無意識に半歩カミナに身を寄せた。
「我々は政府からどんな人物が派遣されて来るのかを聞かされていなくてね。
てっきり特殊な訓練を受けた軍人が来るのだろうと思っていたんだよ」
カミナは黙っていた。
「わ、私達は確かに軍人さんとかじゃないですけど… 今回の件では私達を天照も推薦してる筈ですが… 」
ルナは恐る恐る応じた。
「天照?… あぁ、例の復活したと言う量子コンピューターか。
しかし… その天照は一体全体何故、君達の様な若者を推薦したんだ?
見たところ二人ともまだ二十歳そこそこだろう?」
「え、えぇ… しかし年齢は問題ではないんです。私達じゃないと出来ない仕事なので… 」
ルナの説明に竹井は不満そうな顔をした。
「… 分からんな。説明になっていない。何故君達じゃないと出来ない仕事なんだ?」
竹井も地球の命運が掛かっている仕事を、こんな頼りない二人の若者に任せると言うのは理解し難く、納得がいかなかった。
「そうだ!お前達の様な子供に行かせるくらいなら俺が行った方がマシだ!」
宮平は信じられないと言う想いが怒りになり、怒鳴っていた。
「では貴方は宇宙に行って何をするか知っているんですか?」
カミナは宮平を睨んで質問した。
「うっ… 」
「知らないでしょう?それなのに『俺が行った方がマシ』とは非論理的ですね」
宮平は反論出来なかった。
「宮平、お前は黙っていろ!」
竹井が宮平を下がらせた。
「カミナ君と言ったね。部下の非礼を謝るよ。
しかし… 我々としてもね、長年の夢であるステラ… 宇宙探査機の打ち上げを急に中断させられ、
そして今回のミッションの詳細も知らされていない状況の中で君達に命を託すと言う事になる…
せめて政府が君達を使ってどうやって巨大隕石の落下を阻止しようと考えているのか教えてくれないか?」
「ぁ…」
ルナがそれに答えようと口を開こうとしたのをカミナは制止した。
ルナは喉まで出掛かった声を飲み込んでカミナを見た。
「… 政府は何も考えてません。全てはボクが考えた事です」
「…は?…なん…だって?」
竹井の声が震えた。
「カ、カミナくん!」
ルナも慌てた。
「どういう意味だ… ?ふざけているのか?」
竹井も静かに怒りをあらわにした。
ルナは息を呑んだ。
「言葉通りの意味です。ボクは嘘がつけないのでね。
そしてこれからやる事を説明してあなた方に理解してもらう必要もない。
巨大隕石はこんな事をしている間にも接近しているんだから!」
カミナは挑発する様にも聞こえるそんな言葉を放った。
' カミナくん、どうしちゃったの?!… こんな事を言う人じゃない筈よ! '
ルナは明らかなカミナの変化に戸惑いを隠せなかった。
アシュレイの記憶から考えてもカミナの反応は理解出来なかった。
眼前の大人達は絶句していた。
そして全員が怒りの声を上げ二人に詰め寄って来た。
『黙りなさい!』
大きなカミナの声が施設全館に響き渡った…
' え?… 何?… どこから聞こえたの? '
ルナは辺りを見回した。
眼前の大人達もキョロキョロと辺りを見回していた。
続いてカミナの声が響き渡る。
『これはこのミッションの最高指揮権を持つ量子コンピューターKAMINAの計画だ!
あなた達は速やかに作業を完了し、ボクら二人を宇宙に送り出せばいい!
こんな所で余計な時間を割いていたら、今度こそ本当に地球は滅ぶのだから!』
「カミナ…くん… 」
カミナの声は施設の館内スピーカーを通して大ボリュームで発せられていた。
「な、何だ… ?何故スピーカーから声が…?」
『ボクは量子コンピューターKAMINAの分身… 今は天照を含め世界の量子コンピューターを束ねる存在。
そして、地球を護る為の最高頭脳だ。
あなた達は速やかに作業を続行しなさい』
カミナの声は冷徹に館内に響いた。
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