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~9. 運命を切り拓くチカラ
ルナとカミナが乗り込むポッドの改造は完成した。
今、様々なテストと最終チェックを行っている所だ。
KAMINAから送られて来た設計図と作業工程の手順、そしてテストの方法に従って最終チェックを行っている。
それらのデータは全てKAMINAまで届いている。
その間には天照や月詠の他、世界で今迄生き延びて来た量子コンピューターと、そのサブコンピュータまでもチェックに使われている上に、ここにはトップレベルの技術スタッフの目もあるのだ。
これ以上に完璧な体制は考えられない中でのテストが実施されている。
これに伴い肝心の打ち上げロケットの最終チェックは明日実施される。
これには今作業を行っている技術スタッフの他にも、ロケット打ち上げの専門技術スタッフも参加して行われる。
こちらのテストデータも現在まで行われている分は既にKAMINAまで届いているが、万が一にも、いや億が一にもこの打ち上げが失敗してしまっては、それはただの『ロケット打ち上げ失敗』で終わる話ではない。
このロケット打ち上げは今や世界の命運を掛けた打ち上げなのだ。
当然世界中の目がこの新種子島宇宙センターに向けられていた。
改造されたポッドの仕上がりは完璧な物だった。
技術スタッフ達の安堵の声が聞かれた。
それはルナも同じだったが、カミナは微塵も油断していない。
当然だ。このミッションはまだスタート地点にすら立っていないのだ。
本来であればこのままロケットの方の最終チェックまでぶっ続けでやって、一刻も早くポッドを搭載して、打ち上げ迄持って行きたい所なのだ。
だが技術スタッフの体力もそうだが、ルナの体調も万全を期さねばならなかった。
ルナは今技術スタッフを労う為にスタッフ一人一人にお礼の挨拶をしていた。
それは先刻のカミナの非礼を詫びる意味もあったし、打ち上げまで皆の協力がスムーズに得られる様にする為でもあった。
自分の未熟さ故の軽率な行動の為にルナに迷惑を掛けている事にカミナは胸を痛め、KAMINAも猛省するしかなかった。
ただでさえこの場所に到着するまでにルナは相当に疲弊していたのに、余計なストレスを自分が掛けてしまったのだ。
ルナの体調を万全にしておく必要があった。
他にも気になる事はあった。
それは天候である。
日本の天気は変わりやすい。
日本の天気ほど予想の難しい地域はあまりないのだ。
現在の天気が打ち上げまで続いてくれれば良いのだが、南方に台風が近付いている事は既に把握していた。
打ち上げが遅れればそれだけエラスティスでのミッションの時間が削られる事になるのだから。
だが今はそれを気に病んでも仕方がなかったし、何よりルナに休息を取らせる必要があった。
技術スタッフ達も同様だ。
今回彼らは打ち上げ迄泊まり込みが続く。
彼らにも休息は必要だ。
ルナの挨拶回りも一段落着いて、皆少し遅い食事をする為に食堂に向かった。
時間は間もなく午後8時になろうとしていた。
食堂で食事を提供してもらうスタッフにも残業を強いる事になっていた。
多くの人々の力でこのミッションは行われている事をカミナの経験を通してKAMINAは理解を深めていた。
' 頭脳だけでは体は動かないと言うことか… '
そんな当たり前の事ですら頭の中の計算だけでは本当の意味で理解出来ていなかった事に気付いた。
カミナはルナと共に食堂で準備されている食事を受け取り席に着いた。
少し離れた所に、竹井と村正が座って食事をしながら話をしている姿が見えた。
~.
竹井は村正にルナとカミナについての話を聞いていた。
村正はルナについては小学生の頃から家族の事まで良く知っている事を、カミナについては出会ってまだ五日しか経っていない事から話し始めた。
竹井は驚いたが、特にこの五日の間どんな事が起こったのかを話した。
竹井はニュースで報道されていたガソリンスタンドの爆破事件を知っていた。
しかしその被害者があの二人だとは夢にも思っていなかった。
村正にしてもカミナに始めて出会った日にいきなりあの事件が起こったのだ。
道場にもあの爆発音は届いていたし、空を紅く染めていた炎を見た。
その後、カミナは死亡、ルナは意識不明で入院との話をルナの父の照矢から聞いて慌てて病院に見舞いに行ったのだった。
その際カミナの正体については簡単にではあったが照矢から聞かされて知ってはいた。
普通であれば到底信じられる話では無かったが、カミナの人間離れした身体能力、学習能力を目の当たりにしていた村正は自分でも不思議なくらいにすんなり受け入れる事が出来ていた。
そんな話を黙って信じた村正に照矢は驚いていた。
それに道場に帰宅した後、事件の翌日には弟子の河水 流について警察が調べに来たのだ。
だから照矢から突然あの二人に付き添ってやって欲しいと言うかなり無理な頼みも引き受けたのだった。
曲がりなりにも流も村正の弟子だ。
弟子の起こした事件の重大さを考えると、村正も居ても立ってもいられなかった。
そしてここに到着するまでの間に、二人の口から出会ってから今回の件に至る迄の詳細を聞いたのだ。
その上でカミナがここに到着して直ぐに起こした事について、自分が遅れて来た事で皆に迷惑を掛けてしまった事を竹井に謝罪した。
竹井は村正について人間性の良さと言うか、思考の柔軟性、洞察力などの『人間力』の高さに話を聞きながら感心していた。
その村正の話は、カミナが見せた力や、その後のルナの行動とカミナ自身の雰囲気の変化からも事実だと信じるに充分だった。
竹井はこれで部下達をしっかり引っ張って行く為の根拠を得た。
「村正さん、貴重なお話しを有難う御座いました。
これで部下が何か言って来ても仕事をしっかりやり切る自信が出来ました… 」
村正の顔がパッと明るくなった。
「いや、そう言ってもらえると私も来た意味があったってもんです!
皆さんにあの二人を無事に送り出してもらえないと、下手したら本当に人間は終わるかも知れませんから… 」
村正は珍しく寂しげな表情をした。
「こんな状況でなければ村正さんとは一杯御一緒したかったところですが… 」
竹井は手で盃をクイッとやる仕草をしてニヤッとしてみせた。
「いやぁ、こう見えて私は実は下戸なんですよ?」
「ええっ、本当ですか!?」
村正もニヤリとして言った。
「今じゃ酒樽を一人じゃ空けられなくなりました… ワッハッハッハッ!」
竹井は一瞬キョトンとした顔を見せたが、村正の豪快な冗談と笑い声に釣られて一緒になって笑い声をあげた。
その二人の笑い声に周りは何事かと注目した。
ルナとカミナも楽しそうに笑う二人を見た。
~.
日付が替わった頃…
KAMINAは地球に近づく巨大隕石に対し送り込んでいたアンドロイドを搭乗させた観測シャトルからの最新の観測データを受信していた。
その観測シャトルはラグランジュ1にある宇宙ステーションから発進していた艇で、カミナがルナと出逢うより数ヶ月前には出発していた。
その観測シャトルがその巨大隕石に最接近したのだ。
搭乗したアンドロイドは二人。観測機器の操作や、トラブルが起こった際には修理を行う事が出来た。
単純な天体観測であればアンドロイドを搭乗させる必要は無かったのだが、今回はあの『エラスティス』の可能性があった。
故に万全を期して観測に向かわせたのだった。
そもそも179年前の事件の直後はまだ充分な外宇宙観測の為の衛星や機器も揃っていなかった。
予定では月の裏側のMB2側から多くの観測衛星を飛ばす筈だったのだが、その前に『月の涙事件』が起こってしまった為、KAMINAはその時まだエラスティスを追跡するだけの『目』を持っていなかったのだ。
その後KAMINAは独自の判断で可能な範囲の観測衛星を飛ばし、地球に接近する巨大隕石を発見したのだ。
それは地球圏を離れたエラスティスが太陽の重力圏に捕らわれて、周回して来た可能性が高いとKAMINAは判断していたが、断定するには到ってなかった。
そして今まさに観測シャトルのアンドロイド達はその巨大隕石がエラスティスであると言う決定的な証拠を目撃していた。
過去人類が設置したロケットブースターが179年前の姿そのままにそこに存在していたのだ。
観測シャトルは巨大隕石、いやエラスティスと確定したソレに並走する形で飛翔しており、エラスティスがシャトルに追い付き並んだ時点でシャトルとエラスティスはロケットアンカーで繋がった。
アンカーは固定された時点で形状を変え、材質も硬質化させながらしなやかさを持つ強靭な棒状の物質に変化した。
またそのタイミングに合わせて観測シャトルはエラスティスと同じ速度に達する様にロケットエンジンを吹かして加速していた。
これから観測シャトルはアンドロイド達により詳細なデータを集め、KAMINAへ情報を送りながら地球圏へエラスティスと共に帰って来る事になる。
その直後、世界各国に地球への衝突コースに乗っている巨大隕石が月の涙事件の元凶となった『エラスティス』であると言う確定情報としてもたらされた。
その報を驚愕と共に受けた日本政府や世界各国の政府は天照、月詠からリークされたデータを基に対策協議を本格化させた。
まず行われたのは世界の人々に対する今後のエラスティスに対処するプランの発表だった。
それはKAMINAによって選ばれた二人が月に向かい、その後エラスティスに接舷している観測シャトルと合流、既に設置してあるロケットブースターの点火を試す。
地球の重力圏から脱出出来るだけの加速をかけ、離脱させる。
またはロケットブースターの状態によってはエラスティスの軌道自体を変更する。
万が一ロケットブースターが作動不可の状態であれば、早い時点でエラスティス本体を破壊すると言う三段構えの計画だった。
このミッションを行う二人の情報は『ルナ、カミナ』と言う名前以外は開示されていない。
不要な報道は憶測を呼び、無用な混乱を招く原因になりうる為、ミッションに携わる一部の人にしか詳細は明かさないと言う事だった。
次に行われたのは万が一の時の避難場所の選定と、その人を避難させるシェルターの建設、そして食料、飲料水の確保と医療設備、医薬品と人員の確保等の様々な準備プランの策定開始だった。
エラスティスが飛来するまでの時間については事実は伏せられ、情報統制が敷かれた。
天体観測をする人間が居る限りその情報を完全にシャットアウトする事は出来ない事は分かって居たが、稼働する量子コンピューターとサブコンピューターがネットワークを監視していた。
これには179年前の事件の恐怖を和らげる為にも必要な措置だとして政府が承認した事だった。
実際問題として、今回衝突するとすれば前回とは大きく違う事があった。
それは隕石が分裂せず『巨大隕石のまま』衝突する事だ。
だが179年前の事件の詳細を知るのは実は世界の量子コンピューター達だけだ。
後は人間の伝聞で現在まで伝わっているに過ぎない。
勿論人間に生きる事以外の余裕が出て来た頃には、月の涙事件の研究者が現れ事件の詳細が段々と解明されていったと言う経緯はある。
しかし衝突した当時の恐怖を記憶している人間は誰もいない。
ただ一人の例外を除いて。
ルナである。
生体ダウンロードを完了した今のルナにはルナ・アシュレイの記憶がリアルに存在しているのだ。
知識として擬似体験した人間はいる。
それは西谷 櫻子だ。
櫻子は天照と繋がった事で天照の観測したデータを得たのだ。
だがそれはルナの記憶には及ばない。
ルナが体験した恐怖を共有出来ているのはカミナしかいないのだ。
故にアシュレイとKAMINAの約束もあったが、このタイミングでエラスティスに対処する人間はルナとカミナしか有り得なかった。
二人の意志は決まっていた。
' 今回は地球を守ってみせる!'
~.
今、新種子島宇宙センターで今回のミッションに携わる人間達の目の前で、ロケットの最終チェックが行われている。
同時にKAMINAによるチェックも進行している。
ロケットエンジンのテストもポッドの搭載も完了していた。
着々と準備は進んでいた。
「ルナさん、いよいよですね」
カミナの言葉には感慨深さがあった。
「そうね… いよいよね… 」
ようやく宇宙へのいや、このミッションのスタートラインに立とうとしているのだ。
不安も緊張もあった。
しかしここに居る多くのスタッフや、このミッションに携わった多くの会った事もない人達に対する感謝も忘れてはいない。
その人達の想いも背負っているのだ。
' ここまで一緒に付き合ってくれた師匠、そして家で待っている父さんとカイト… '
そして見ず知らずの今生きている世界の人々や、地球の生きとし生けるもの全ての『明日』の為にこのミッションをやり遂げねばならないと、ルナの肩には自然と力が入っていた。
『ポンッ』
そんなルナを見かねてか、村正がルナの肩を叩いた。
「どうした、今からリキんでちゃ本番で戦えねぇぞ?力を抜けよ」
「師匠… はい、そうですね… 」
ルナは何度もこの人に助けられて来た。
村正の指導がルナの人格形成に大きな影響を与えていたのは間違いなかった。
村正が居なかったらルナはきっとカミナと出逢っていなかっただろう。
今迄色んな人助けをして来たルナだったが、月光拳を学んだ事で人助けをする手段を増やす事が出来た。
ルナは思った。
' 自分の身は勿論、カイトや見ず知らずの人、そしてカミナくんを暴漢から救う事が出来た。
それは私が誰なのかを知る事になったし、地球を救える可能性を与えてもらった。
師匠が居なかったらKAMINAの願いは叶わず、アシュレイの声も聞こえず、誰も知らないままエラスティスによって私達は黙って滅ぼされていただろう。
師匠が着いてきてくれたお陰で今地球を救う為のスタートラインに立てる… '
「本当に有難う御座いました、師匠!」
自然とルナは深々と村正に頭を下げていた。
「おいおい、何だよ急に?」
村正は少し驚いたが、ルナの想いを感じ取った。
「お前の仕事はこれからだ。この仕事を成し遂げて帰って来た日にゃ俺は… いや、人類全員がお前達に頭を下げなきゃならなくなる。
一生頭が上がらないくらいにな。
だからさ… あんまり考え過ぎるな」
村正の言葉にルナは目頭が熱くなった。
「… ハイッ」
村正はウンウンと頷いた。
「ところでカミナ君… お前達は宇宙服はどうするんだ?」
村正は二人を見ながら尋ねた。
「ボクは元々大丈夫なんですけど、ボクのこの上着がルナさんの宇宙服になります」
そう言って、黒のレザージャケットだと皆が思っていた上着の襟を握って開いてみせた。
「そ、そうか… 本当にいつも何でもアリだな… 」
村正はまた謎の技術で造られたそれがルナの宇宙服になるのだろうと想像した。
' まぁ、あのガソリンスタンド爆破事件で怪我すらしなかったんだから… そう言う事なんだろ… '
そう言ってルナを見た。
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