~10. 皆の想いで宇宙へ!

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~10. 皆の想いで宇宙へ!

二人を乗せて打ち上げられる『Hi-F1ロケット』の最終チェックが終了し、既に発射場への移動が完了していた。 ルナ達が到着して既に三日が過ぎ四日目に入っていた。 全長が60mを越えるこの『Hi-F1ロケット』の先端の白いフェアリング内に格納されたルナとカミナが乗り込むポッドには『サジタリウス』の名前が着けられていた。 正式な名前ではなかったが、このポッドの仕事に携わった皆の総意で名付けられた。 ' エラスティスを必ず撃ち落として欲しい! ' そう言う事だ。 『サジタリウス』のキャプテンはカミナだ。 カミナはサジタリウスだけでなく、『Hi-F1ロケット』の姿勢制御も行う。 基本的に既に全てがコンピューターの制御下にあったが、緊急時の制御はカミナが全てを制御する。 だが打ち上げスタッフの半数は打ち上げ延期を進言していた。 理由は大型の『台風17号』が昨日沖縄に上陸していたからだ。 そう、既にそこまで嵐が来ているのだ。 最大瞬間風速が20m/sに到達すればロケット打ち上げは中止が鉄則だ。 それに今まで散々テストを行って来たロケットとはワケが違う。 今回は有人である上に、万が一失敗したらエラスティスを止める手立てが消えてしまうのだから無理もない事だった。 KAMINAはもとより、天照や他の量子コンピューターはカミナがキャプテンをする事と高気圧が台風をギリギリ押し止めている今打ち上げるべきだと政府に進言していた。 政府も新種子島宇宙センターへそう通達していた。 とは言っても日本の天気予測は非常に複雑で、打ち上げに反対している現場のスタッフはその量子コンピューターの予測を信じきれなかったし、カミナの実力も知らないのだ。 ましてやルナは今迄宇宙飛行士として必要な訓練を全く受けた事すらない。 こんな事は通常認められる話ではない。 しかし政府からの正式な要請である事に加え、地球存亡に関わる緊急事態である事から発射管制スタッフの間でも意見が割れていた。 本来は宇宙探査機『ステラ』を放出する為のHi-F1ロケットである。 それを『有人の為に突貫工事で作ったポッド』を、宇宙飛行士でもない人間を乗せて飛ばそうと言うのだから納得行かないのが人情と言うものだ。 だが時間が無いのも事実。 人類は今、全てにおいて背水の陣だった。 ~. 発射管制室は騒然としていた。 NEO JAXAの理事であり、新種子島宇宙センターの所長でありLCDR(発射指揮者)の『龍野 大彦(たつのひろひこ)』は腕を組み深刻な顔をしていた。 政府や量子コンピューターの指示では『打ち上げを実行せよ』だ。 しかし現場判断では『延期』が当然過ぎる判断だった。 そもそも打ち上げのマニュアルは厳格に定められている。 これは完全に賭けなのだ。 延期したところでエラスティスの軌道変更に間に合わなければ地球は滅ぶ。 しかしHi-F1ロケットの打ち上げが失敗したらそれもまた地球は滅ぶ事になる。 目の前に居る若者二人の命は無駄に失われ、残された人間も後追いだ。 龍野の前には今、技術スタッフの竹井と宮平も来ていた。 「龍野所長… 悩むのは分かりますが、政府からの指示に従うべきじゃないんですか?」 竹井である。 「竹井君、しかしこの若者二人の命に関わるんです。この二人をもし無駄に死なせる事になったら私は… 」 龍野は決断しきれないでいた。 「カミナ、お前はどう考えてるんだよ?ルナさんもさ」 宮平は実際に乗り込む二人に意見を求めた。 「ボクは一刻も早く打ち上げるべきだと思います。風速が限界に到達する前に」 量子コンピューターであるカミナは当然の様にそう答えた。 「私は… 龍野所長、私の話はここのセンターに居るスタッフ皆さんに聞いて欲しいのですが… 」 ルナは龍野一人に重責を負わせたくなかった。 だからスタッフ全員の総意として打ち上げを決断して欲しかったのだ。 「龍野所長、ルナさんは貴方一人に責任を負わせたくないんだと思いますよ」 宮平は正しくルナの想いを龍野に伝えた。 龍野はそれを聞いてハッとした。 ' この娘達はもう覚悟を決めているんだ… 宇宙に行ってもそれで終わりじゃない。 そこからがこの二人の本当の仕事なんだ… ' 「… 分かった。君の想いを皆に伝えてくれ… 」 龍野は館内放送のマイクのスイッチを入れた。 「こちらは発射管制室の龍野だ。これからHi-F1に搭乗するルナさんの話を映像と共に流す。 これを聞いてもらってから最終的な打ち上げの判断をする。 ではルナさん… 」 館内モニターにルナとカミナの映像が映し出された。 管制室のスタッフは直に、他の部署の者は近くのモニターに映し出された二人を見た。 村正は休憩室のモニターで二人を見ていた。 準備が整った事を確認したルナはゆっくり話し始めた。 「皆さん、今回隣に居るカミナくんと一緒にこちらのロケットに搭乗する『灰月ルナ』です」 龍野と技術スタッフは既にルナのフルネームを知っていたが、他の部署のスタッフは知らない者が多かった為、初めて搭乗する二人の顔を見た者も居た。 それは関係者以外には二人の詳細が極秘にされていた為だったが、ルナは皆に顔も名前も公表した。 初めて二人を見たスタッフからはどよめきが起こった。 二人が余りにも若いからだ。 「今回、こちらで準備していただいたポッド、『サジタリウス』のキャプテンは隣に居るカミナくんです。 今、初めて私達二人の姿を見たスタッフの方々はきっと驚かれている事と思います。そして皆さんが今感じてらっしゃる不安もよく理解しています。 ですが今は私の話を聞いて欲しいのです。 昨日沖縄に上陸した台風17号の接近に伴い、ロケット打ち上げを決行するか延期するかをこちらの龍野所長がお独りで決断を迫られています。 皆さんが本来打ち上げる予定だった『ステラ』を打ち上げず、素性の分からない私達二人を急遽宇宙へ飛ばさねばならない理不尽。 しかしこの素性の分からない若造を送り出せと言う政府の決定。 そして通常であれば打ち上げ延期にする筈の天候。 しかしこうしている間にも179年前に起こった『月の涙』の元凶となった巨大隕石『エラスティス』が再び近付いています。 政府からは公表されてませんが、このエラスティスが地球に到達するのは… 後13日後です… 」 館内放送を見ていたスタッフの殆どが絶句し、沈黙した。 龍野もその事実を今知った一人だ。 竹井、宮平を始めとする技術スタッフはその事は既に知っていた。 村正は黙ってコーヒーを飲みながら聞いていた。 ルナは話を続けた。 「皆さん、残念ですがこれは事実です。申し訳ないですが驚いている時間もありません。 一刻の猶予もありません。 私達を見て頼りなく思う方も居らっしゃるでしょうし、私達の様な若輩者に任せられないと思われる方が居るのも当然な事です。 しかし今このミッションの全てを把握して、行動出来るのは私達二人しか世界に居ません。 私達の打ち上げが失敗すればその時点で地球の滅びは確定です。 エラスティスでの作業が間に合わなくても滅びは確定です。 その決断をこちらの龍野所長が独りで抱えて苦悩されています。 私は皆さんの、人々の総意でエラスティスへ向かいたいのです。 それも一刻も早く… 」 新種子島宇宙センターのスタッフ達は龍野大彦が抱えていた大きな葛藤を理解した。 それはスタッフ誰もが分かっていた事実ではあるが、その責任の決断を所長一人が背負う事までは分かっていなかった。 誰だってそんな大きな責任を抱えきれる筈がない。 政府からの命令だと、コンピューターの指示だからと割り切れる程、楽観的になれる訳がない。 大統領でも総理大臣でも将軍でもないのだ。 今迄人の命に責任を持った事がない人間が、突然全人類の運命を握る役割を持たされて簡単にそれが実行出来るだろうか? しかしこのモニターに映っている若い二人はその決断を待っている。 その先に待っている更に大きな責任を果たす覚悟を持っている事が画面を見ている皆に伝わっていた。 「… 私達の様な経験の浅い二人が何故この様な重大な責任のある任務に赴く事になったのか。それは皆さん知りたい事だと思います。 しかしそれは私達が宇宙に行った後でお話しさせていただくと言う事で今は納得して欲しいのです。 何故ならそれを説明するには余りにも長い話になる上に、宇宙に行ってからでないと誰も信じられない筈だから… だから皆さんお願いします。皆さんの力で私達二人を宇宙へ送り出してください。 どうか、どうかお願いします!」 ルナは管制室のマイクが着いているコンソールに頭がぶつかる程頭を下げた。 いや、『ゴンッ』と頭がぶつかる音が確かにした。 カミナはすぐにルナの両肩に手を置いて顔を近付け気遣った。 そんな様子を見ていたスタッフの脳裏には様々な想いがよぎったが、それでもルナの願いにノーと言える者は居なかった。 この二人の若者の決意、龍野の苦悩を知ればノーと簡単に言える筈もなかった。 「灰月さん、頭を上げてください。お願いします… 」 龍野はずっと頭を下げているルナに頭を上げる様に促した。 ルナの顔に寄り添う様にしていたカミナもゆっくりルナに頭を上げる様に促した。 ゆっくり顔を上げたルナの額はぶつけた為か少し紅くなっていた。 管制室のスタッフの一人が挙手をすると同時に質問をした。 「灰月さん、貴女の、貴方達の決意はよく分かりました。しかし今後の風速の変動は予測が立てられません。 しかし我々がHi-F1を打ち上げるまでの手順は沢山あります。 全員の足並みを揃えて打ち上げるには半日は掛かります。 例え今すぐに打ち上げ準備に入っても打ち上げる頃には恐らく… 恐らく瞬間最大風速は20m/sを超えますよ」 質問したスタッフも打ち上げられるものなら打ち上げてあげたいと思っていた。 しかし現実の問題は厳然としてそこにあった。 ルナは少し躊躇った為にその質問に答える迄、数秒間必要とした。 「… 実はそれらの問題をクリアする方法を私達は持っています」 スタッフ達はざわついた。 「え!?それは一体な… 」 ルナは最後までその言葉を聞かずに続けた。 「その手段の為には私達の我儘を許してもらう必要があります。きっと猛反対されそうな内容ですが… 」 ルナはそう言って目線を落とした。 龍野は恐る恐るルナに尋ねた。 「灰月さん、それは一体どう言う事ですか?… 」 龍野は本名を明かしたルナを苗字で呼んだ。 ルナは顔を上げ龍野の方を見た。 「とんでもない事と承知の上で言わせていただきますが… 打ち上げに係る手順の全てをカミナくんに任せて欲しいんです」 「ええっ!?」 モニターの向こう側のスタッフ達の声まで聞こえる様だった。 「な、何を言って… 」 「皆さん、ここに私達しかこのミッションに対応出来ない理由の一つがあります。 … 今回キャプテンを務める彼、カミナくんは… 」 ルナの次の言葉に一部のスタッフを除いた全ての人間が耳を疑った。 『人間ではありません』 ルナは確かにそう言ったのだ。 「彼は人間ではなく、月の量子コンピューターKAMINAのアンドロイド端末です… 彼は世界中の全てのコンピューターに瞬時にアクセスし、情報を得る事は勿論、全てを掌握する能力を持っています。 そしてその許可を出せるのは、今は私なんです」 それを聞いていたスタッフは今日何度目かの絶句をする事になった。 「ですから、彼に手順のコントロールを一任する許可を私にいただければ、 燃料を注入する様な物理的に必要な時間を除けば、他のチェックは時間を必要としません。 しかもそれは持続的に行われます。 また天候等外部の状況変化に対しても我が国の天照を始めとする諸外国に現存する量子コンピューターのサポートを受けられます。 そしてそれは同時に機体制御に反映されます。ですから… 」 「そんな事をどうやって信じろって言うんだ!?」 他のスタッフから声が上がった。 すると竹井と宮平がルナとカミナの横に立った。 「彼らが言っている事は事実だ!」 宮平が大きな声で皆に訴えた。 続いて竹井も口を開いた。 「我々技術スタッフは全員彼の能力を目の当たりにしている。 今回使用されるポッド『サジタリウス』は彼がもたらした設計図と工程手順で造る事が出来た物だ。 それは私達が知るどの技術よりも進んだ物だった」 沈黙が管制室を包んだ。 ルナが二人の話を補完する様に話をし始めた。 「今こちらのコンピューターを全てコントロールする訳にはいかないので、別の彼の能力の一旦をお見せします。 カミナくん、私に宇宙服を着せてくれる?」 カミナは頷くと着ているレザージャケットを脱いでルナに着せた。 すると瞬時にそれはルナの全身を包み込んだかと思うと、非常にスマートでスタイリッシュなヘルメットまで着いたスーツになった。 まるでSF漫画に出て来るパイロットスーツの様だった。 「カミナくん、これ色を白にして」 ルナがそう注文すると、カミナはルナのその黒いスーツを手で触れた。 その触れた部位からそのスーツは真っ白に変わっていった。 スタッフ達はまるで手品を見ているかの様だった。 それは隣で見ていた竹井も、宮平も、龍野も同じだった。 ルナはヘルメットの横を指でタッチしてバイザーを開くと話を続けた。 「この宇宙服は今在る私達の技術に彼のナノコートテクノロジーに加え、カーボンナノチューブ(CNT)を合成して出来ています。 このスーツは宇宙でデブリが当たっても穴も開きませんし、衝撃も99%カットします」 皆、もう何をルナが言っているのか理解の範疇を越えていて、ただ口をポカーンと開けるしかなかった。 龍野は気を取り直して皆に訴えた。 「… 諸君、ご覧の通りだ。 私は打ち上げを決行したいと思う。 打ち上げを実行しても良いと思う者は各部署のリーダーに申告して5分以内に管制室に連絡をして欲しい」 龍野はそう言うとコンソールのマイクのスイッチを切った。 すぐに各部署から打ち上げ実行を認める返事が集まって来た。 「カミナ君… 君にコントロールを全て預けたら打ち上げまでどれくらいで出来るんだ?」 「3時間もあれば大丈夫です」 龍野はこれからスタッフが台風の様に忙しくなるなと思った。 全ての部署から返事が管制室に届いた。 打ち上げ賛成者の数は100%だった。
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